自分を信じてー4

  やっぱり簡単には決まらないか。

 開始と同時に飛び出して先制を狙ったけど上手くはいかなかった。

  風祭先輩の剣は長身の先輩に劣らない大きさの大剣だった。

 それにも係わらず私の連撃を軽やかに全て剣で受け切った。

 大剣は破壊力が大きい分、大きさ故に動きが鈍いのが特徴だけど、この分だとあまり動きの鈍さは期待できそうにない。

 おまけに先輩は危ないと言いつつも余裕そうだ。

「今度はこっちの番な!」

  先輩はその場で剣を力強く振り回す、そこからでは到底私には当たるはずがない。

 空気を震わす音で先輩の狙いを理解し慌てて先輩の動きを思い出す。

 予想通りすぐに剣が振り回された通りの直線状に物凄い風圧が襲って来たが間一髪で風をすべて避け切る。

 まともに食らえば吹き飛ばされ壁に打ち付けられていただろう。

「流石だなー。全部避けるか」

  それにしても人間が作り出せる風の威力とは思えない。

 ここまでの距離と風圧の風を作り出すなんてどれだけ腕力があるのか、恐ろしい。

  この風、殺傷力は低いだろうけど範囲が広く、当たれば動きを止められるだろう。

 そしてそのまま間合いを詰められてすぐに斬撃をもろに入れられる。

 風祭先輩の豪腕から繰り出される斬撃なら一発KOもありえなくない。

 ということはこの風の攻撃を一回でも受けてしまえば負けが決まると思っていい。

 さっきは先輩の動きをすべて見られていたから風の動きも予測できたが、見えていない状態から繰り出されたら予測する術はない。余所見や油断は一切できない。

 接近戦に持ち込めたとしても私はあの斬撃を受け止められるだろうか。

 押し込まれてしまう気がして力比べは正直あまり自信はない。

 とすると全て避けるしかない。

  一撃も食らわずして勝つ。

 今までデジタルフロンティアの試合は初戦以外全部それで勝ち抜いてきたとはいえ目の前の先輩にそれが遂行できるか。

  初めて緊張が走る。と同時に高揚している自分が居ることに気がついて苦笑してしまう。私はどう足掻いても真剣勝負が好きなんだな…。


「行くぜ!」

  掛け声と共に突進してきた風祭先輩。

 剣が体の一部なのではないかと疑いたくなるほど片手で軽やかかつ力強い連続攻撃を繰り出してくるので必死に避け続ける。

 隙を見つけて反撃しようにも距離を一定以上取らないと避けられず、私の剣は届かない。

「本当よく避けるな。そろそろ一撃決めさせてくれよ!」

  こっちは少し息が上がっているのに相手には呼吸の乱れは一切ない。

 あれだけの大剣を振り回し続ければ体力も削られるはずなのに、体力も人並み外れているのか。

「埒があかないな、しょうがない。久々にやるか!」

 すると先輩は大剣を両手で握り大きく振りかぶる。

『おーっと!!本日のお客様は大変ラッキーです!風祭選手の異名の元になった大技"風車"が見られそうですよ!!』

 何をするのかと身構えると一際大きな実況が聞こえてくる。

 "風車"?一体どんな技なのかな…気を引き締め直す。

    

     *


  将吾は自分を軸として剣を羽根に見立てて勢いよく回り始める。

 すると次第に周囲に風が生まれていく。

 あの子も異変に気づいたみたいだけど、もう遅い。

 動きを鈍らせる風圧の渦が将吾の周りに出来上がればもう彼には近づけない。  

 "風車"の攻略法は風の障壁が完成する前に将吾の妨害をするしかない。

 風は次第に強まり、リング全体を埋め対戦相手の逃げ場を奪う。

 人工竜巻の完成だ。

 こんな荒業、将吾の馬鹿力と大剣を力強く回し続ける体力がないと成立しない。

 この技を見る度に将吾は獣なのではないかと思う。

 

 ――終わったわね。

 勝敗が決まったと思いリングから視線を逸らす。

「まだだ」

「え?」

 佳祐が断言するので再びリングに視線を戻すと、天沢さんは風が発生していない将吾の遥か頭上に居た。

 仮想空間であるリングと観客席の境目である透明の壁を駆け上がり、風の力を逆に利用して上に逃げていた。

 なんて脚力と判断力だ。と褒めてあげたいが将吾も馬鹿ではない。

 相手が風に飲まれていなければ現れる場所は頭上だと分かり切っている。

 "風車"を終えた将吾は当然迎え撃とうと構えていた。これで本当に終わり。

 将吾の斬撃を正面から受けて天沢さんは負ける。


「はあああああっ!!」

  天沢さんは落下の勢いに任せ、将吾目掛けて自分の剣を投擲のように思い切り投げつけた。

 予想外の渾身の一投を将吾は持ち前の怪力で大剣を使い天沢さんの剣を弾き返す。

 その選択が悪かった。剣ひとつ、ただ避ければよかった。

  空から降り注ぐ雷にも見えた剣の威力に恐れたか、剣士が剣を手放したことへの動揺か将吾は判断ミスをした。

 将吾が剣を弾き返すのを見計らい、大剣の影に隠れつつ落下してきた天沢さんは将吾の脳天へと蹴りを入れた。

 獣と見紛う将吾もこの一発は耐え切れなかったようで、気を失い倒れ込んでしまう。

  意識を失うということはデジタルフロンティアの試合では失格を意味する。

 将吾のライフポイントは一気にゼロになる。

  …信じられない。将吾が負けた…?

  試合終了のブザーと観客の歓声が重なりこれが現実だと突き付けられる。

 タイミングの計り方、咄嗟の判断と瞬発力、それを可能にする身体能力。

 どれをとっても天沢さんの完璧な勝利だった。

 どこでそんな技術が身に付くのだろうか。冷や汗が背を伝う。

 

 これだけの人材だと気づいて佳祐は天沢さんを気に掛けていたのだろうか。

 横目で隣の佳祐を見る。

 まただ。天沢さんが初戦の時に決めた連撃を見た時と同じ、佳祐は穏やかに笑っていた。

 あなたのそんな顔、今まで見たことない。

 ねえ、佳祐にとってあの子は何?

 そう問いたかったけれど、佳祐は直ぐに客席を出て行ってしまった。

 

     *


「すごい、すごいよ!!本当に勝っちゃった!!おめでとう!!」

  リングを後にして通路へ出ると興奮した西園さんが駆け寄ってきた。

 目には涙を浮かべていて驚いたが、悲しみの涙ではなさそうなのでほっとする。

 無事に勝ててよかった。

「ありがとう」

「私感動しちゃった!天沢さん本当に強いんだね…なんだか別次元の人みたい」

「そんな、大袈裟だよ」

「そうそう。千沙は極一般的な女学生でいたいんだからさ。親しみを込めて次から名前で呼ぶといいさ」

「ええ!?そんな私なんかが恐れ多い…」

 西園さんは気を遣ってか同学年の私達相手にもずっとどこか畏まった接し方をしてくれている。

 対して東雲さんは最初からずっと気さくで変わらない。

 そこが東雲さんの良い所だよな…羨ましくもある。

「千沙だって愛美に崇拝されるより友達がいいよね?」

  私はそんな大層な人間ではない。

 彼女のような真っすぐな人ならば友達でありたい。

「うん、そうだね。愛美ちゃんのおかげで久しぶりに楽しい試合が出来たよ。ありがとう」

「こちらこそありがとう…千沙ちゃん。理央ちゃんもありがとう。理央ちゃんがいなかったら実現しなかったね」

「私への感謝はまだ早いでしょ。きちんと今日の試合が大々的に取り上げてもらえないと」  

「しの…理央ちゃんはしっかりしてるね」

 私は恐る恐る東雲さんの名前を初めて口にする。

「やっと名前で呼んでくれたね、千沙」  

 私達は顔を見合わせ笑う。気兼ねなく三人で笑えることは心地よくて私はとても嬉しかった。きっとこれが友達なのかな。


「はー女子の友情は美しいね」

「風祭先輩!」

「あー負けた負けた!強いな千沙ちゃん」

 同じようにリングを出てきた風祭先輩は悔しそうだけど笑っていた。

「そんな、風祭先輩強かったです!」

「いやいや、完敗だったよ。悔しいけど、すっげー楽しかった!また試合しような」

「はい、ぜひ!」

 自分でも不思議なくらいするりと再戦を望んでいて驚いた。

  強敵と相対した時の高揚感。

 どうしたら攻略できるかと試行錯誤する緊張感。

 試合を終えた時の達成感。

 全てが私の気持ちを昂らせてくれる。この快感を長く忘れていた気がする。

  昔からずっと真剣勝負は好きだった、そう心が訴えてくる。

 何度も負けて悔しくて、もっと強くなりたくて。

 楽しくて無我夢中だった懐かしい感情。

 それなのに誰とそんな日々を過ごしたのか、どこで芽生えた感情なのか、何も思い出せない。

 今まで消極的だった私の態度の変わり様に風祭先輩は一瞬きょとんとしていたけど、すぐにいつもの明るい笑顔になった。

「やっぱり俺の目に狂いはなかったな!いいライバルがまた一人増えた」


  

  

「そうだ、次の試合見ていかないか?近い将来、絶対千沙ちゃんの相手になる」

  風祭先輩に連れられてそのまま観客席へと移動した。

 席は見事に満席で立ち見をするしかなさそうだ。

 会場は先程の私達の試合より熱気が加熱していた。

 特に女性の盛り上がりが一際目立った。

「あの人達、急に元気になったわね」

「そりゃ次の試合は月舘先輩だもの!外部のファンも多いし会場は大人の女性が多いでしょ?熱心な人は一日の初戦から最前席を陣取るからね!強くてかっこいい男性には、いつの時代も憧れるものなんだよ!」

 同じく興奮具合に引けをとっていない愛美ちゃんの弁も熱がこもっていた。

「愛美ちゃん、すごいね…」

「私もたまーに初戦から丸一日見続けたりしてるから…!」

「イケメン見世物のステージじゃあるまいし。もっと男くさいほうがちょうどいいんじゃないの?一応闘技でしょ」

「花宮先輩のファンはお揃いの法被着てたりするしコールとかもあるんだよ。デジタルフロンティアの選手ではないけど鳥羽会長のファンは軍隊も驚きの統率力があるし。風祭先輩のファンは一番幅広い年齢層で、いつもお祭り感があって賑やかで楽しいし。生徒会の先輩方はみんなファンが多いんだから!」

  愛美ちゃんは胸を張り誇らしげに教えてくれる。本当に好きなんだな。

 私にはそこまでの熱量を持って語れるものがない。

「知ってはいたけど会場での盛り上がりが私の思うのと違う。もっと荒々しい歓声があっていいのに」

 理央ちゃんはお気に召さないようで不満を零していた。

「あははは!ここも一応軍が運営する要人養成学園だからな。普段の学生生活ではここまでハメが外せないからデジタルフロンティアだと騒ぎ放題で皆浮かれてるんだよ。毎週行う頻度の多さに、デジタルフロンティアは姉妹校含めて四か所、この国ではここだけでしか開催されてないから注目度も高い。おかげで収益は右肩上がりらしい」

  風祭先輩は賑やかな雰囲気がよく似合う。

 笑いながらもフェンスに寄りかかってリングを注視していた。

 やがてファンファーレが鳴り響き、会場が一層騒がしくなる。


『皆様、お待ちかねですね!?いよいよ本日の最終試合!剛腕怪力、力比べなら誰にも負けない!Aランク加地大河対ランク戦連勝記録を尚も更新中!誰か敗北の味を教えてあげてください!Sランク月舘つきだて佳祐けいすけ。今日も記録を刻んでいくのか!?はたまた連勝を止めてみせるのか!?間もなく試合が始まりますよー!!』

  加地先輩が勢いよくリングインし力強く着地を決めると彼を鼓舞する男性達の声が一斉に飛び交う。

 加地先輩は制服の上からでも分かる逞しい筋肉が特徴的で活力に溢れた表情や仕草が見るからに強そうだ。

 戦い慣れているのか、この試合を心待ちにしていたのか昂った様子だが緊張は見られない。

  次いで月舘先輩が静かにリングインすれば観客に男性の影を見失ってしまうほど強烈な女性の歓声が割れんばかりに響き渡った。

 真っ先に目に入ったのは剣士を思わせる衣装だ。

 控えめな色合いで鎧などの重防具は装着していない、それなのに威を感じさせる貫禄に思わず息を呑む。彼の立ち振る舞いがそう感じさせるのだろうか。

 構えを見ても落ち着いていて相手に対して油断はない。

「月舘佳祐、デジタルフロンティア不動のトップ。1年の時にSランク入りしてから負けなしだ」


  試合は戦績に疑いを与えない完璧なものだった。

 相手に一切触れさせず、速く、確実に隙をつき、重い斬撃で攻めて月舘先輩が見事な勝利を収めた。

  何より驚いたのは静かさだ。

 月舘先輩自身が何も言葉を発さないだけではない。

 動作にも無駄がなくて、物音がとにかく小さいのだ。

 観客は皆それを知っているのだろう、試合が開始されると共に辺りは静まり返っていた。

 技が鮮やかに決まった時などには歓声が漏れたが、それもすぐに収束し、試合が終了すれば開始前よりも大きな歓声に会場は包まれる。

 まるで試合というより競技会にでもなったみたいだった。

「さすが頂点に立ち続ける人。素人目でも分かる、圧巻ね」

「俺とは正反対だってよく言われる」

 たしかに。月舘先輩の剣技を"静"と表現するならば風祭先輩は"豪"といった感じがする。

 私はこの人と戦って勝てるだろうか。

 不思議と私はどうやったら勝てるだろうと思案し、胸は高鳴っていた。



 私達の努力の結果。週明けに発行された校内新聞のトップをデジタルフロンティアの試合風景が大きく陣取り、Cクラス選手がAクラス選手を撃破した話題性と合わさり見事、愛美ちゃんのデザインした衣装が一番目立つ形で掲載された。

 すなわち私も随分と大きく映し出されていて嬉しさと恥ずかしさの二つの感情に襲われ私はトップ記事を長く直視できなかった。

 記事の文章をよく読めば衣装についてもコメントされており、デザインした人の名前、愛美ちゃんの名も連なっていた。彼女の技術と熱意がようやく評価されたのだ。


  アルフィードで働く愛美ちゃんのお兄さんもこの記事を読み、ご両親にも愛美ちゃんの情熱が知られることとなる。

 母親から電話があり、今まで頑なに否定されていたが学業が疎かにならない程度ならば趣味の範囲で続ければいいと認めてもらえたようだ。

 けれど、将来就く職の話となればまた別みたいで。

 愛美ちゃんの意向を全て受け入れてもらえた訳ではないようだった。

 せっかく思う通りに結果が得られても全てが上手くいくものではなかった。

  家族との付き合い方は正解がひとつではない。

 だけど、少しでも自分の好きなことを理解してもらえるなんて想像もできなかった。と嬉しそうに愛美ちゃんは笑ってくれた。

 これからも努力を続けていくつもりだと愛美ちゃんはあのキラキラとした瞳で宣言していた。

 彼女の輝き溢れる愛があれば大丈夫。

 私は友達の夢をこれからも応援したい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る