近未来ショートショート集

黒井真(くろいまこと)

ラブロイド達は嗤う

 とある週末、X氏は、最近できたラブロイド・バーに寄った。

 ラブロイド・バーとは、ラブロイドがいる(いや、置いていると言うべきか)バーであり、ラブロイドとは、AIが搭載され、動いたりしゃべったりする、いわゆる「ラブドール」である。もっと、ありていに言うと、性的サービスを男性に行う風俗嬢ロボットだ。


 その外見は、20世紀の間抜け顔の空気人形とは似ても似つかぬもので、ほぼ人間と変わらぬビジュアルを持つ。いや、平均的な人間の女性よりも、美しいと言ってもいいだろう。

 高級シリコンの皮膚の下には人工筋繊維でできた表情筋が縦横無尽に走り、喜怒哀楽の表情を豊かに表現する。眼球の奥のカメラで顧客の体型、表情、動き、そして耳に仕込まれた高感度マイクで話し言葉や声色まで、音声データとして拾い、顧客の要望に最大限答え、満足のいくサービスを提供する。

 会話、手、口、そして人工性器を使ったサービス。人間には不可能であろうと思われるアクロバティックな体位も、なんでもござれだ。

 行為の前後には、もちろん甘やかな会話で男性客の自尊心を満たしてくれる。


 人間の変えられない悪癖に応えつつ、女性の尊厳と家庭の平和を守り、性犯罪を抑止するものとして、2年前に試験的に始まった民間企業によるサービスはあっという間に広まった。いまや各地の繁華街はラブロイド・バーであふれている。


 さて、一通りの行為を終えたX氏も、ラブロイドからの喜びと賛辞の入り混じった感想を耳に入れ、とろけそうな想いでくつろいでいる。

 しかし、その一方で彼はこんな想像もする。

「このラブロイドを動かしているホストコンピューターには、さぞや膨大な性行為と会話のデータベースがあるのだろう」と。


 しかし、現実はX氏を裏切る。

 どんなAIもそうであるように、自動応答用データベースの作成には、膨大な基礎データと、その入力作業が必要となる。

 そのためにこそ、ラブロイド・バーなるものが登場したのだ。

 つまり、現状のラブロイドを動かし、会話を成立させているものは……人間である。


「おたけさん、この客、そろそろ眠っちまうんでない?」

「延長はしねぇの? もうした? したら、寝てる間に菓子ば喰いねぇ。そっちのテーブルにサトさんが作って持ってきた饅頭あるから」

「あら、サトさんいつも悪いわねぇ。あ、ピーナツ持ってきたのあるから……これ、みんなで」

「あらぁ、悪いわねぇ」

「しかし、あれだわね。男って科学が発達してもなんも変わんないわねぇ。若い頃に働いてたテレクラのサクラとなんも変わんない」

「いやだぁ、古いわよ。私が若い頃はインターネットのチャットレディよぉ」

「なによぅ、若ぶって、90も70も大して変わんないじゃないの」


 そう、ラブロイド達を支えているのは、医療の進化により齢を重ねても尚元気いっぱいだが、経済の二極化(あるいは退化と言ってもいいかもしれない)により、居場所を失いつつある、老嬢たちである。

 彼女たちはモニタに映し出されたライブロイドからの画像と音声を頼りに、顔につけたモーションキャプチャーでラブロイドの表情を操り、音声入力でラブロイドの会話を成立させ、ゲームスティックでラブロイドの体の動きを制御している。

 時々スイッチを切って、「こちら側」だけのおしゃべりを楽しむのも慣れたものだ。


「機械は進化しても、男ってのはホントに進化しないねぇ」

「全く。20世紀と同じことをやってるあたしたちのほうも進化してないのは同じだけどね」


 そんな会話をして、入れ歯をカタカタ揺らして大声でゲラゲラ笑うのであった。


「あら! タケさん、スイッチ、切り忘れてる」

「あらやだ、ラブロイドが笑い出しちゃうよ」


「どうかした?」

 X氏は急に笑いだしたラブロイドを不思議そうに見やり、こう問うが、

「ううん、あなたと一緒に居られて、幸せだなぁって思って、笑いたくなったの」

 という答えに満足げな笑みを浮かべ、眠りにつくのだった。

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