家と他所の迷宮 10
「階段やない!」
階層から階層へ移動する手段を、イチは階段だと思っていたのだが違った。転移の為の巨大な魔方陣が、でーんとあって驚いた。
「入口は階段やのに!」
「積層型の迷宮の中での上下移動は、大概が転移陣だな。帰りは楽だぞ」
「?」
「何処の魔方陣からでも、1階層目の階段近くの小部屋に行けるっす。でも、好きな階層には行けないっす。後戻りは出来るっす」
「へぇ」
帰りにだけしか使えないというのは少し不便だが、一瞬で帰れると言うのは有難いが、レオが行けるだけ行くと宣言したので、イチとレイベルトとしてはハードな日程に冷や汗か止まらない。
「行くっすか?」
先んじて転移陣に入ってしゃがみ込み、レイベルトはレオとイチを振り返る。
「うむ」
レオはイチをひょいっと抱き上げ、転移陣に入ってレイベルトの肩に手を置く。
この転移陣は魔力を通せば発動するのだが、魔力を通した者に触れていなければ魔方陣の中に入っていても転移しない。
―魔の森とか、蟻の巣の転移陣と一緒ながやねぇ
イチは感心しながらレオの頭に両手と顎を乗せて、レイベルトの動きを見守る。
「じゃ、行くっす」
レイベルトは転移陣にそっと魔力を通し、浮遊感と共に周りの様子が変わる。
草が深い。
2階層目、到着。
「さあ、次だ」
「はいっ!あっちっす!」
地図を頼りに転移陣のある方角を指差す。一面の草原なので、方向さえ間違わなければ迷うことはない。
「本当は、角兎とか転がり丸虫に気を付けないといけないんっすけどねー」
「逃げてってますね!」
草丈が高くなっているので、草の中に隠れている魔物の奇襲に注意する必要があるのだが、この階層でもレオの気配に怯えて逃げて行ってしまっているので、気にする必要がない。
そうそう、転がり丸虫というのは、団子虫に似た丸まると30㎝程の丸になる肉食の虫だ。齧られても大したダメージはないのだが、血が止まり辛くなる厄介な虫だ。
「楽ちんっすね」
「楽ちんですねー」
イチの言う楽ちんは、二重の意味だ。
魔物に襲われなくて楽ちん。レオが運んでくれるから、楽ちん。
「イチさんはねー。まあ、でも、こんな草っ原は歩き辛いっすから、レオさんに運んでもらうのが一番っす」
「うむ。む?」
レオから逃げるように離れて行く魔物に、運悪く遭遇し襲われている冒険者のパーティーが遠くにいた。
「ありゃ。えっと、こういう場合は手を出したらダメなんですよね」
「そうっす。下手に手を出したら、泥棒扱いをされる時もあるんで、関わらない事が一番っす」
「なるほど」
「迷宮に入る者は自己責任だ。気にするな」
「ん。まあ、私に人助けなんてする実力は無いしね」
レオ君頼りだもの!と、恥ずかし気も無く胸を張る。
胸を張って言い切るのだが、心配は心配なようで、はらはらと遠ざかって行く冒険者達と魔物の攻防を見守る。
突然襲われた冒険者達は、最初は慌てていたが直ぐに立て直して反撃、撃退していたのでほっとした。
いくら、イチがレオの背中でグロい光景に慣れたとは言え、誰が傷付く事に慣れた訳ではない。
怪我はしていても、深刻ではなさそうでほっとする。
「イチさんって、優しい人っすね」
「?」
「冒険者は自己責任っすからね、見ず知らずの相手を心配する事なんて無いっすよ」
―なんやろう。越えられない世界の差を感じる!
「レイベルト君って、案外シビアですね」
「俺はスラム育ちっすから」
―人に歴史有りってやつながやろうか?
にっこり笑顔なレイベルトに、イチは曖昧な笑みを向ける。
「スラム育ちなら、シビアになるのも納得ですね」
「ええ。自分の事を何とかしてからじゃなきゃ、他人の事なんて気にしていられないっす。自分が死んじゃうっす」
―重い!実感がこもりすぎて重いよ!
レオも、レイベルトの言葉に大きく頷いている。
「イチは、まず自分の事を心配しろ。お前は、弱いのだから」
「うぅ、了解デス」
レオの言葉に落ち込むイチ。
慰めるように、ポンチョの下で小さく動くクーとマーが愛おしい。
―危ないものには近付かんようにしよう
クーとマーを交互に撫で、レオの腕から背中によいしょと移動する。
此処から次第に草が深くなり、木が生えるようになってくると言う事で、万一の事を考えてレオの両手を開け、落ちないようにクーの糸で固定される。
聖域と、蟻の巣でのいつものスタイル。
クーとマーもポンチョの下から這い出て、イチの肩に陣取る。
これで、何か不測の事態が起きても大抵は大丈夫。イチが弱くても、クーとマーが対応してくれる。
「これで、完璧!」
「うむ」
「・・・・・まあ、お2人が良いなら良いと思うっす」
イチとレオにとってはいつもの、一番安全なスタイルなのだが、初めて見るレイベルトには可笑しくも、ほのぼのとしたものに見えた。
少なくとも、迷宮に相応しい格好とは見えないのだが、イチとレオがこれが当たり前とばかりに平然としているので、レイベルトは思ったように突っ込めない。
時々いる冒険者達の視線を集めつつ、濃くなる草をかき分けながら、一直線に転移陣を目指す。
3階層、4階層目と難なく越え、6階層目の何でもない所で結界を張ってちょっと長めの食事休憩。
イチとレオが、冒険者達との接触を極力避けようとしたが故の行動だった。
「7階層目から下は冒険者も少ないんで、安全地帯で休んだらどうっすか?」
2人が冒険者に対して大きな苦手意識を持っていることはレイベルトも分かっているが、迷宮に入っている以上冒険者に関わらないで居ることは出来ないので、少しでも関わって慣れて欲しかった。
「んー、」
「何事も慣れっすよ?」
「む」
「まぁ、そうなんですけどね」
冒険者の集まるクロウルの町に出入りをしているし、レオは迷宮に入る事が楽しいようだし、冒険者達にずっと関わらないでいるという事は不可能だ。
一応、分かってはいるつもりだ。
レイベルトのような、接しやすい冒険者だっている。
昨日、ホットケーキに群がった冒険者達は確かにガラが悪かったが、とても素直にいう事を聞いてくれた。
ホットケーキを求めてイチに絡もうとした冒険者は、同じ冒険者が鉄拳制裁で止めてくれた。
冒険者は、怖いだけではない。が、怖いものは怖いのだ。
「うーん、じゃあ、私達と冒険者の間に立ってくださいね?」
「え?」
「や、ほら、私ってガラの悪い連中が怖いチキン野郎ですし、レオ君は愛想ゼロです。クッションになってくれる人がいないと、不幸な目に会う人が増えるだけです」
イチはガラの悪い、かつ知らない冒険者に対すると腰が引ける。レオは、イチ以外への対応が塩過ぎる。
クッション役が居なければ、イチを守ろうとするレオによってボコられる冒険者が激増する事だろう。
「何だか、簡単に想像出来て悲しい気持になったっす」
へにょりと、レイベルトの眉が下がる。
「でも、まあ、前もやった事っす。任せて欲しいっす」
レイベルトはソロの冒険者として活動しているが、社交性が無い訳ではない。
「うむ」
「お願いします」
冒険者に対して腰の引けているイチと、イチ以外に対して愛想の無いレオにとって、彼は非常に貴重な友人だった。
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