初めての町 4
「いやー。俺、あんなに大量の金貨、初めて見たっす。まだあれ程の金は用意出来てないっすけど、俺きちんと支払いはするんで」
冒険者ギルドを出た3人は、レイベルトの案内で屋台巡りをしている。
今食べているのは勇者が広めた食べ物の一つ、ホットドッグ。
ジューシーな粗挽きソーセージが酸味の強いトマトソースを纏い、小麦の香りが強いパンが全てを包みこむ。
実に、実に素晴らしい一品だ。
「あの、俺の話し聞いて欲しいんっすけど?」
「美味いな」
「美味しいですね」
「聞いてないっすね」
2人はホットドッグを旨い旨いと言ってぱくつき、レイベルトの話しを聞くつもりはないと態度で示す。
「くっ、ちゃんと払うんで、今に見てると良いっす!」
貰うつもりのない2人だが、レイベルトに諦める様子はない。
「あっちのジュースも美味しいっすよ」
妙な捨て台詞を2人に投げかけ、次の屋台へ案内する。レオやイチに話しかけたそうな人々のあしらいもレイベルトがしてくれているので、2人はとても助かっていた。
「あ、けったいな色の割に美味しい」
広場から一つ入った人気のない路地で、プフという青いフルーツのジュースを恐る恐るのむ。
すっきりとした癖のない甘さが、疲れた体に嬉しい。
「実が欲しかったら、明日案内するっす」
「お願いします」
明日、朝市もレイベルトの案内で行く予定だった。
「ありがとうございます。でも、レイベルト君って、本当に律義ですねぇ」
「え?」
「領主様の為の蜜なんだから、私だったら領主様に払って貰うと思います」
「えっと、やっと母親の恩を返したのに、借りを作りたくないっす」
「真面目ですねぇ」
「イチ、そこまでにしておけ」
「はーい」
レオはフードの上からイチの頭を撫で、それ以上の問いかけを止める。
そこから先は触れるべきではない。面倒そうだ、という判断だった。
「レイベルト、私達に面倒を掛けない程度に好きにしろ。ただ、私達は今日と明日の案内で満足だ」
「それは俺の気が済まないんで、お断りするっす」
真面目なレイベルトに、イチとレオの好感度は上がりっぱなしだ。
「好きにしろ」
「そうします。で、他に行きたい所は他にないっすか?」
「んー、鉄板が手に入る所ってないですか?」
フライパンで焼き肉は面倒なのだ、鉄板が欲しい。お好み焼きも、鉄板が手に入ったら焼きたい。
「鉄板で、何をするんっすか?」
「料理」
「りょうり?」
「焚き火にかけて、肉とか焼くんです」
「屋台、みたいな?」
「そんな感じです」
「鉄板。んー」
金属を扱う職人は二種類ある。武器を扱う鍛冶職人と、鍋や釜などを扱う金物職人だ。
イチの言う鉄板は金物職人の範疇だろうが、店に置いてあるかどうかは分からない。
鉄板なんて物は、鍋と違って使う者が少ないからだ。
「あるかどうかは分かんないっすけど、金物屋に行ってみましょう」
3人が鉄板を求めて金物屋へ向かっていた調度その頃。
大陸においてヒトの住む最北、魔族の国パーガトリィ。魔の森に最も近く、最も他国に近い南の町クロウルを治めるクロウル辺境伯アーバンの居城。
正体不明の毒に冒され数日前まで命の危機にあり、ベットから上半身を起こす事すら出来なかった領主アーバンは、冒険者ガイアス達が持ち帰った事になっている精霊樹の蜜のお陰で、ベットの中で書類仕事が出来るまでに回復していた。
そんな今のアーバンの寝室兼執務室で、彼は2人の客を迎えていた。
冒険者ギルドのギルドマスター、セルバンテスと町の城門を任せる衛兵達の隊長、シグマ。
彼等はアーバンの視線の先で、向かい会ってお茶をしている。
セルバンテスとシグマとしては早く報告をしたいのだが、書類がある程度片付くまでは待たされていた。
「さあ、旦那様。これが最後です。もう少しですので我慢してください」
「ぬう」
今、此処で1番エラいのは、領主であるアーバンではなく、彼の従者兼秘書を務めるリブラだ。
苦手な書類仕事をさっさと切り上げ、セルバンテスとシグマの報告を聞きたがるアーバンを諫め、仕事をきりが良くなるまで続けさせる。
「お疲れ様でした。お茶を用意致します。セルバンテス様、シグマ様、お待たせして申し訳ありませんでた」
「いえいえ、リブラ殿。領主様を待つ事も配下の役目です」
「つうかよ、仕事をさぼろうとする領主様が悪ぃよ」
処理の終わった書類を脇に抱え頭を下げるリブラに、セルバンテスとシグマはそれぞれに反応を返す。
「お前達まで、俺を攻めるな!」
ベットの上で、アーバンは病み上がりとは思えないほど元気に声を上げる。が、
「うっ」
くらりと貧血を起こしてリブラに支えられる。
リブラは書類をベットの脇によせ、アーバンをそっと寝かせて布団を掛ける。
「貴方は一応病み上がりなのですから、急な動きと大声は控えて下さい」
「め、面目ない」
「領主様、報告はリブラ殿に致しますので、休まれてはいかがでしょうか?」
「そうだな。後で聞いても、問題はない」
「ギルドマスターとシグマが揃って来たんだぞ?聞かなくてどうする。大丈夫だから、聞かせてくれ。リブラがいても良いか?」
「「勿論」」
リブラが3人の為に茶を淹れ直し、自分の分の茶を持ってベットの傍の椅子へ座るとシグマから順に報告を始める。
「では、私から」
「ああ」
「本日、獣頭の黒獅子が門を入りました」
「アルマ殿は、ノインと共にスタンピートの片付けの最中のはずだが。帰って来ているのか?」
問いかけはリブラに向けられるが、彼も戸惑いながら首を振る。
アーバンの息子であるノインも、彼の友人であるノーグヴェルグ伯爵家の4男獣頭の黒獅子アルマも、まだスタンピートの後片付けの最中で帰って来てはいない。
帰って来ているという報告も受けてはいない。
「アルマ様ではありません」
「アルマ殿ではない、獣頭の黒獅子だと?」
「なんと」
「それは、獅子族が騒ぎ出すぞ。シルヴィア嬢は?」
シルヴィアとは、ノインと共にこの町に滞在中のリーヴェル侯爵家の跡取り令嬢。ノインが婿入りする事が決まっている婚約者であり、獅子族の中でも特に獣頭や黒獅子に拘る家の一員である。
今まで魔の国パーガトリィで獣頭の黒獅子はアルマしか確認されていなかったが、もう1人となると問題だ。確実に新たな獣頭の黒獅子を取り込もうとするだろう。
「我々も今知った所ですので、まだご存知ないでしょうが、時間の問題でしょう」
「だよなぁ。まあ、五月蠅く言われる前に知らせるだけはしておこう。で?その黒獅子殿は何処へ?連れはいるのか?」
「青い鹿亭を紹介したので、今日はそこに泊まる筈です。連れは、1人おりました。顔は見ていませんが、若い人族の女性です」
「・・・・・なんということだ」
両手で、顔を覆う。
女性を連れ歩くという事は、その黒獅子には決めた相手がいるという事だ。
「血の雨が振るぞ」
シルヴィアが何もしなくとも、リーヴェル家が下手に連れの女性に手を出せば、黒獅子がこの町で暴れる事になる。
黒獅子は、戦闘特化型の獅子族の中でも更に戦闘に優れた種なのだ。万全で、かつ全盛期のアーバンであれば少しは相手を出来たであろうが、弱り、左目と左腕を失った今は荒ぶる黒獅子の前にも立てない。
「兎に角、シルヴィア嬢には下手に手を出さないよう釘を刺そう。他に、何か気付いた事はないか?」
「恐らく、我が国以外の出身なのでしょう。見慣れない服装で、身分証明書も所持していませんでした」
「そうか。彼等の動向は、衛兵達でそれとなく気にしておいてくれ」
「承知致しました。見廻りの際には、気を付けさせます」
「頼む」
頷き合うアーバンとシグマの間では、リブラが手にした紙に何事かをさらさらと書き付ける。
彼は衛兵達の他に、配下の密偵達を動かす為の指示書を作成中だった。
「で?セルバンテスの報告も黒獅子関係か?」
「それもある」
我関せずとばかりに出された菓子を口にしていたセルバンテスは、口の中の菓子を紅茶で流し込み、気が重いとばかりに溜息を吐く。
「何だよその反応。気になるじゃねぇか」
アーバンとセルバンテスは冒険者となった時期が近く、所属するパーティー同士の仲が良かった為、領主とその町のギルドマスターという関係になった今も、気安い付き合いをしていた。
「その黒獅子をレイベルトがギルドに案内して来やがった」
「なに?」
「へぇ」
「・・・・・・・」
セルバンテスの言葉に、部屋にいる3人はそれぞれに反応を返す。
「このタイミング。間違いなく、レイベルトが蜜を入手した相手はこの黒獅子殿だろう。何処でどう出会ったかは、謎だがな」
「「「・・・・・・・・」」」
3人は、深々と溜息を吐く。
「これは、黙っていよう。蜜の入手先だと知られると、益々面倒だ」
「ああ」
「ですね」
「はい」
「ガイアスには言って良いか?」
「ああ、言っておかないと俺がどやされる」
新たな獣頭の黒獅子の発見の報告と、シルヴィアに手出し無用と釘を刺す。蜜の入手先の可能性が高い事は言わない。などと決めて4人の集まりは解散した。
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