初めての町 7

 「黒獅子さん達かい?」

 青い鹿亭に、領主の館から文官が使者としてやって来た。

 「あの人達なら、朝早くにチェックアウト済みだよ」

 「町を出られたのですか!?」

 チェックアウト済みという無情な事実に、使者は取り乱す。

 黒獅子とその連れを呼んでいるのは、領主と客の侯爵令嬢なのだ。行き違いました、とはとても言えない。

 「それはあたしには分からないよ」

 「そ、そうですよね。申し訳ありません」

 「ああ、でも」

 「何か、心当たりでも!?」

 「心当たりというか、レイベルトが迎えに来て、一緒に出掛けて行ったよ」

 「どちらへ向かわれたか、分かりません か?」

 「さあねぇ。でも、あの時間なら市じゃないかねぇ」

 「そうですか、ありがとうございます」

 宿で黒獅子一行に出会えなかった事はとても残念だが、思った以上にしっかりした手掛かりを得たと、使者は女将に頭を下げ、勇んで宿を出た。

 ―ひとまず、門へ行って足止めの依頼をして、それから、

 それから、ふっと使者は意識を無くすのだった。 



 野菜と果物をたっぷり買い込み、昼の分までたっぷりと腹を満たす。

 満ちた腹を擦りながら、レオを見上げる。

 「?」

 レオも同じように腹を擦っているのだが、何だか不満気に見える。

 「どうしたが?」

 「腹は満ちたのだがな、魔素の吸収率が悪い」

 「つまり?」

 「迷宮の食べ物と比べ、魔素の含有率が低い」

 それはつまり、食べ物からしか魔素を補給出来ないレオにとって、死活問題だ。

 迷宮の外の食べ物で、レオは生命活動を維持する事が難しい。レオの、迷宮に引き籠もる正統な理由が出来てしまった。

 「そうかあ。でもまあ、私がおったら大丈夫よ」

 イチが持ち込んだ彼方の食べ物は、魔素をたっぷり含んでいる。そしてイベントリの容量は無限大。2人が一緒にいるかぎり、レオに引き籠もる理由は与えない。

 「む?そうか」

 「そうそう。そろそろレオ君のフォークを買いに行こうや」

 「ああ」

 「レイベルト君、案内よろしくお願いします」

 「了解っす」

 イチとレオの遣り取りを大人しく見守っていたレイベルトは、2人の先に立って案内を再開する。

 食器や掃除道具等の日用品を扱う店の集まった一画は、市場の奥にある。その数ある店の中でも、レイベルトは獣人が売り子をしている店を選ぶ。

 獣人は得てして人族よりも体格が良い者が多いので、彼等が扱う食器は人族が扱う物よりも大きいのだ。なので、獣人用の物が欲しいなら、獣人が商う店に行った方が良い。

 「ふむ、なかなかだな」

 少し黒い金属製のフォークとスプーンを交互に手にしながら、満足げに頷く。

 気に入ったようだ。

 「それにする?」

 「ああ。この重さが良い」

 「私にも持たせて?」

 「片手ではなく、両手を出せ」

 「!?」

 出した両手に乗せられたフォークの予想外の重さに、びっくり。

 「おっも」

 「これは、見た目以上に金属の密度が濃いのだよ」

 「へぇ」 

 気に入った物が見つかったからなのか、レオの機嫌が良い。

 「それは、黒鉄製の食器っす」

 「へぇ」

 「そういえば、総黒鉄製の槍を使っている者もいたな」

 「「へぇ」」

 武器になる程、黒鉄は重く丈夫な金属と言うことらしい。

 「お兄さん、このフォークとスプーンをください」

 レオの手からスプーンも取り上げ、狸の耳と尻尾を持つ、見た目は同年代に見える男に声をかける。

 獣人は短命な種でも300年は生きるそうなので、見た目が30代でもそれ以上の年齢である可能性の方が高いのだ。

 「お買い上げ、ありがとうございます」

 金を払い、麻布の包みを受け取り、そのままレオの手に乗せる。

 「よし、次は汁椀やね」

 狸のお兄さんに別れを告げ、次なる買い物へ。

 「お前の持っているような木製の椀は無いと思うがな」

 「え?」

 「私は、お前の椀以外に見たことが無いぞ」

 「ええー」

 「汁椀?」

 「これです」

 無闇に探すよりも、町の住人であるレイベルトにイチがいつも使っている汁椀を見せる方が早い。

 「見た事ないっすー」

 「そっかぁ」

 レオの汁椀は、これからも丼で代用する事になった。

 買い物が終わり、後は帰るばかりとなったのだが、そこでレオの目がある店に止まった。

 様々な大きさ、材質で作られたブラシを扱う店。

 イチが首を傾げる間にさっとブラシを手に取り、躊躇うことなくお買い上げ。レイベルトが憧れを込めた目でその姿を見つめている姿が、印象的だった。

 金はイチに払わせる事無く、レオが払っていた。

 それを見たイチがレオに昨日の金を半分こにしようと主張し、短い問答の末、半分押し付ける事に成功した。

 「そろそろ帰ろうか」

 「え?ああ、うん」

 ―でも、なんでブラシながやろ?

 レオのする事は、たまに分からない。

 「あ、門まで送るっす」

 「ありがとう」

 「ああ」

 

 「おや、もう町を出られるので?」

 「えっと、隊長さんでしたっけ?」

 門番は町から出る者の確認も行っているようで、門の内側にも衛兵が2人づつ左右に立っている。

 イチが仮の身分証を返そうとした人は、昨日手続きをしてくれた衛兵の隊長だった。

 「はい、隊長です。シグマと申します」

 「イチです。こちはレオです」

 順番に、仮身分証をシグマに返す。

 「足りない物を買い揃えに来ただけですから。買い物が終わったので、家に帰ります」

 「そうでしたか。ところで、この町は楽しめましたか?」

 「妙な視線が鬱陶しかったですけど、ご飯は美味しかったです」

 「そ、そうですか、妙な視線が・・・・」

 シグマの目が、ちらりとレオに向けられる。

 「獣頭の黒獅子は、我等が国にとって特別な存在ですからね」

 此処、魔族の国建国と奴隷魔族の解放に手を貸した謎の英雄が、獣頭の黒獅子なのだから。

 ―彼、本人ですから!

 声に出来ない突っ込みを、心の中で入れる。

 「英雄と同じやって」

 「迷惑な話しだ」

 ―あー!私がこんなに笑うの我慢しゆうのに、平然としてからに!!

 イチは内心で、悶えに悶えていた。

 「そう、嫌わないでください。この町はまだましな方です」

 「らしいですね。レオ君経由でレイベルト君に教えてもらいました」

 「おや。そうでしたか」

 レオの影に隠れて、シグマからレイベルトは見えていなかったらしい。驚いたようにレイベルトと2人を見比べる。

 「お知り合いで?」

 「ええ、まあ」

 「見送りっす」

 「そうでしたか。ですが、門から出たら並んでくださいね?」

 「・・・・・・・」

 イチとレオ、シグマの見守るなか、レイベルトはそっと後退る。

 門の外には町に入るための人の列が出来ており、見送りの為とはいえ、並ぶのはとても面倒。

 「じゃ、また」

 「ではな」

 「待ってるっす!」

 借り身分証をシグマに返し、レイベルトに見送られてクロウルの町を後にした。

 


 「行ってしまいましたね」

 「そっすねぇ」

 大小の人影が見えなくなるまで見送り、踵を返したレイベルトにシグマから声がかかる。

 「まったく。本当に、貴方の交友関係は分かりませんね」

 「あー、それは俺もそう思うっす」

 呆れ顔のシグマに、レイベルトも困ったように眉を下げる。

 「君の事ですよ?」

 「すいません」

 シグマからの指摘に苦笑いを浮かべ、仕事を探しに冒険者ギルドへ向かう。

 自分の力で蜜の代金を払う為に。張り切るレイベルトだった。


 レイベルトが去った後の門に、領主館の

文官が慌ててた駆け込んで来るのだったがレオとイチの姿はとうに無く、肩を落とし、すごすごと去って行った。

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