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片道三車線、計六車線。往復二車線を車が、端を自転車と歩行者が仲良く分けている。自動運転と手動運転が弁のない通行を行い、綺麗に聳え立つ高層ビル群は非常に都会的。
……冒頭はこれで相違なかったが、しかし現在は違う。
直線の美しさが際立つ街のメイン通り往路三車線を走る車はなく、既に封鎖されていた。表から裏街へと続く不健全な通りには軍人が蔓延り、一般人の姿はない。碁盤を模して張り巡らされた健全な道路には、野次馬が立ち入ることすら許されない。交通整理が整然と行われ、報道関係者さえ数を規制されて惨めだ。
メイン通りから裏街へ向かう道を信号五つ渡ると、高い建物は消え、辺りは時代に取り残された建物が並んでいる。街を構築している表の半分以下しかない面積の道路は、耐久値がゼロを下まわっているためにヒビだらけ。この通りに見られる木造家屋は軒並み細く商を行い、一本曲がった細々とした道路を挟んで密に二世代前の住宅マンションや忘れられかけたアパートが犇(ひし)めいている。この両壁を埋めるように、懸垂看板や横宣伝が各々過去から自己主張し、間に張られたロープに洗濯物が掛けられている。錆で外れかけた縁側には植物のいない植木鉢が倒れており、シャツ一枚で下着を忘れた女性がたばこを蒸かしている。その目の前を一話のカラスが飛び去った。
カラスはこの無駄な情報量で埋め尽くされた住宅街を奥へと進む。時々曲がる方向を変えながら器用に上下降(じょうかこう)しながら、何かを目指して飛び続ける。
このカラスがふと地に降りたと思えばきょろきょろして飛び立ち、また、ふと地面すれすれを飛んだかと思えばすぐに急上昇。そして密集したビル群にあるやや背の低いビル屋上にいる少年の肩を見つけ、納得したかのようにばさりと留まった。
その少年は片膝で息を潜めていた。カラスに視線も送らず、ただじっとしていた。
少年とカラスの視線の先には、表メイン通りとは反対側の表街と裏街の境目となる道路があった。無論、ここにも軍は戦車隊を駐留させている。そして、この少年の推察通り、ここが指揮官のいる本部隊である。
少年はこの場所までノンストップで来たため、少し息が上がっていた。寝不足のせいか、体力が落ちている気もしていた。だから、落ち着くことと機会を伺うために座っていた。だから、彼はいたずらカラスを見るなり、その一羽を肩から降ろして立ち上がった。もうこっそりと覗くのはやめる。機会など伺わない。自分で作る。その足でしっかりと立ち上がる。ああ、大丈夫、大丈夫だ。もうすぐ夜が来る。何も心配などいらない。
上の方で安心しきっていた陽は既に傾いて沈みかけ、平等な不安に巻き込まれるのだから、心配などいらない。
チュウカは見下ろす。そして偽中華包丁で景色を両断する……想像をする。
これから起こることが、まったく怖くないと言えばそれは嘘になる。欲を言えば馬鹿な大人を騙しているぐらいが身の丈に合っていて心地よく、世界など、街を一つ救うことなど、昔のアニメに任せていればそれでよいと思っていたのだから。
よかったはずだったのだから。
だが、今度この世界に現れた存在は、この俺を世界の異端者であるという烙印を押し、排除するのだという。世間の常識から外れ、一般的に推奨される教育と就職の道に乗らず、一度でも失敗を犯し、罪を犯し、道を外れることあればそれはまさに『人間失格』の烙印を焼き付けられる。名前も知らない、こちらに特別用事があるわけでもないはずの、ただ無自覚に世間を構築するご近所から隣街とその向こうを越えた人々によってスティグマされる。そして悪人は一生悪人であり、悪人として過ごすことを強要され、悪人のいない健全な社会のために視界に入らないどこかへ隔離する。行き場を失った理不尽によって引き起こされた感情は善人とは到底考えられないという理由で、責任から理不尽な被害者感情までの全てを押し付けられる。それを許容すべきであるとされる。
人間としてあり得ない、到底人間には思えないと、自分自身を人間であると信じて疑わない人たちから主観を客観的にを浴びせられる。
「そんなね、そんなことをね」
そんなことを言われたら仕方ないではないか。にげられないじゃないか。だから彼は向かわなければ行けない。立ち向かわなければいけない。さもなければこの街は世界に染まってしまうから。自分が別の他に染まり、自己では無くなって消えてしまう。己の信念など、他人にとっては無関係であるから自分へ押しとどめられるなど、それではただ自分が自己を取り込んで消えてしまうだけだ。彼が消えることは、それこそこの街の存在が過去と未来から消えることと道義。それだけは、文字通り彼の命に代えても守らなければいけない。
この街は、彼の街である。この街が彼を証明していて、彼が街そのもの。
理由は作られた。大義名分は確かに、ここに存在している。だから彼はいつものように笑い、自分の得物をためらいもせずに宙で振り抜いた。
「うらっ!」
チュウカの着地を受けた戦車は衝撃で軋んだが、へこんでしまうほど〝やわ〟ではなかった。しかし、獲物の一撃はその戦車にとって酷だった様で、突き刺さった前方で火が上がった。
嫌でもチュウカに気づいた軍人たちはやや騒がしくなった。無論、周囲は零コンマ数秒で厳戒態勢に。兵士の目玉よりも多い数の銃口が向けられた。緊張が走るのも無理はなく、チュウカが着地したのは本部隊部隊長兼作戦総合指揮官を務めるあの女性軍人が目を光らせていた、国外最強装甲車のすぐ真横に位置付けられていた軍の戦車であったからである。
「随分と派手な登場じゃないか、少年」
チュウカは偽中華包丁を戦車から引き剥がし、しっかりと握って横へ振った。洗車の出口から兵士がそっと顔を覗かせたがそこに刃先があり、そのままゆっくりと首を引っ込めた。
「出ていけ。この街は俺の街だ、今すぐ出ていけ。そして二度と来るな」
「そう。きっと君は今自分が置かれている立場、状況が分かっていないのね。大丈夫怖がることはないわよ……銃を下させて。ただし、警戒は解かないように」
軍隊長の女性は近くにいた兵士に伝えた。俺にも聞こえるように、わざと目の前で伝えたように思えた。
「もう一度言う。今すぐこの街から出ていけ」
「……いい? あなたは今この国の法律を犯した――簡単に言うと国と国民の約束事を破ったんじゃないかって疑われているの。悪いことした人には罰を与えないといけない。そのため――」
チュウカは獲物を背に戻した。女隊長は口を閉ざす。
チュウカとしては、ここで飛びかかってもなにも解決にはならない。そう判断したためである。しかし、相手の言い分に対してそう易々と尻尾を振ることが出来るほどの倫理観は持ち合わせていない。暴力と盗みを生活とし、街の法律そのものとなってきた彼にそれは無理な相談である。だからその眼差しには迷いも恐れも見えず、隠れもしない。
「なあ、隊長さん。ここで無駄に血を見せ合うこともないはずだと思うんだが、それでも俺と対立するつもりかい?」
「もちろん。悪者を人権や未成年を理由にして処罰しないなんて、まったく理屈が通らないもの。それこそ見逃して放置するなど、――あり得ない」
最後の一言はきっと二度と空を飛べないぐらい、ぐっと低かった。
「そうかい」
まだそんなことを言うのか。まだそれを言うのか。観念と同時に得た最強の覚悟だけで言うと、ポケットから取り出した拾い物のポケベルを鳴らした。
「仕方ない。開戦だ」
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