CH‐U‐KA【作者ver】

小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】

.センシャ

.1

 片道三車線、計六車線。二車線を旧車両が走り、残りの二車線を新車両が自動的に走っている。両脇の歩道も、六車線をまたぐ巨大歩道橋も他の道路と比べると真新しくてとても都会的だ。数世代前には日本でがっかりされる観光名所であったこの旧時計台も時計塔に代わっており、まさにここが表の都であることをチュウカは改めて感じていた。



 目線を隣の巨大コンクリ建造物に囲まれた狭い一本道に移すと、そこには人々が隠れ家と呼ぶラーメン屋とか喫茶店とかが繁盛していた。その周囲にはにいくつもの健康的な道路があり、一本の不健全な道路があった。



 大都会の裏だ。



 人口が百九十万を頂上として下降し始めていたこの大都市では世界的なお祭りの後に急成長し、今では二百五十万の人々が呼吸を絶え間なく行うことができる街にまでなっていた。

 しかし、それは表側でしかなかった。いや、煌びやかな面を表とするのであれば夜にネオンが煌びやかになる裏街の方がよっぽど表側ではなかろうか。明かりが橙色になり始めた『裏街昭和通り』を見て安心し、それからちょっとした異変に気付いた。



 双眼鏡の望遠率とピントを調整して視界をクリアにする。三……いや、四人いる。あそこは街側入り口にある郵便局の裏手だ。どうやらカツアゲでもされているようだった。気の弱そうな男の子が路地の行き止まりに押し込まれ、それから胸ぐらをつかまれて唾を吐かれている。カツアゲなどこっち側では塀にへばりつくナメクジ程度の存在でしかないが、俺の街で諍いは見過ごせない。それもどうやら全員裏町の人間じゃねぇ。悪事を止めさせたあとに全員追い返してやる。



 チュウカは双眼鏡をベルトに掛けて飛んだ。



 表街あっちでは一切見かけなくなった瓦屋根を吹き飛ばしながら着地し、それからまた次の屋根へと飛んだ。地中に埋め忘れた電線を弾ませ、販売停止してしまった三十年以上前の駄菓子広告の看板に取り付けられた照明を掴み、三階建て木造建物の間にぶら下げられた時代錯誤な懸垂幕の上に立った。やつらはそのすぐ下にいたので見下ろしていると会話が聞こえてきた。



「これしかないのかよ、使えねぇな」

「じゃあそこの店から盗って来いよ。パクリチョコレートの子どもなんかだから、それぐらい余裕だろ?」



 黄色くて黄ばんだシャツを着た細いやつは首を振った。



「俺らこれから用事あるんだよ。お金必要なの。なあ、早くしてくれよ」



 腹部に一発。座り込んだ。



「ヒヒ」



 思わず出てきた声に三人組が上を反射的に見た。ああ、しまったな。面白かったからついつい笑ってしまったな。



「誰だ? あいつ」



 その言葉に弱そうな黄色も俺のことを見てきた。そんな縋るような涙目はやめろよ、笑いが止まらないぜ。



「ヒヒヒ」

「誰だよ、てめぇ。ふん、目黒はもう卒業してこの街にはいないんだ。今日からこの街は俺たちのものだ――ぐわぁ」



 飛び降りたチュウカはそのまま背中の巨大な偽中華包丁のような金属で殴り飛ばした。



「サカキバラ! よくもうちのサカキバ――ぐわぁ」



 それからチュウカは体を軸に包丁を一回転させることで残りの二人の顔面から出血させるほどの強打を浴びせた。完全に戦意を失った悪ガキ三人はよろよろと「そうかこいつチュウカだ」「チュウカだ、チュウカだ」「くそぅ」と怯え切った姿で路地から出て曲がった。



 今度は細い黄色シャツをチュウカは見た。偽中華包丁を背負い直してから、一気にその距離を詰めて靴ひものないスニーカーで壁を蹴った。



「てめぇは誰だ」

「……あ、ぁぁ、ぇぇ、ええと――」



 チュウカは薄い黄色を引っ張って通りの方へ投げ飛ばした。その体はあまりにも軽く、チュウカの思い通りに軌道を描いた。少しの空の旅から地面に戻ってきた黄色は着地に失敗し、腰の辺りをさすって痛そうに地べたに座り込むが、すぐに立ちあがらざるを得ない状況となる。見上げた時にはすでにチュウカが偽中華包丁を宙で振り上げていたからだ。



「うらぁ!」



 音にならない息をしながら黄色は必死に泳ぐ手で走り出した。チュウカもその様子を見て目を細め、古いビルの屋上に跳んだ。通りを挟んで左右の屋上を飛び回る。その通りはメイン通りの三本向こう側の通りで、道幅は車がすれ違うとこすれる程度しかない。徐々に暗くなって街灯が点滅を始めていた。そこを三人組が敗走し、黄色が逃走する。



 チュウカはその辺の家から雨どいを剥ぎ取ってから再び飛び降りた。黄色の真後ろに着地し偽包丁よりも俊敏のある雨どいで背中を強打。黄色はまた吹き飛んだ。今度は三人組の前に躍り出る形となり、全員がチュウカの方を振り向いた。



 それからは金属音と荒い空気の乱れが続いた。一行は明るいネオンのちらつく方へと曲がって行ったのでチュウカの笑顔は消えた。追跡する動きに遊びの余裕はなくなり、持ち前の運動神経で飛ぶように走り抜けた。



「お兄さん、遊んでってよー、ほらほら、今日だけ特別に――きゃあ」

「どうです? 一発しっぽりとしっかりとそれとなく最高に安くて可愛い子がこんなに――うわっ……あれ? チュウカか?」



 チュウカはその通りをエロ通りと呼んでいた。そこはスーツを着ながらやさぐれた顔の男におっぱいを吸わせたり、お酒を飲みながら横目で踊る下着一枚の女性を見ていたり、秘密の共有の後に演技をして疲れ果てた風俗嬢がたばこをふかしていたりするところだからだ。



 鼻の下とパンツを伸ばした猫背の男どもを吹き飛ばし、すれ違いざまに財布から札だけ抜き出して元に戻し、通りの従業員の声に手を上げて返しながら前の四人を追いかけ続けた。



 エロ通りを抜けて夕陽だけが照明の場所、怪しくも芳しい中華屋の並びを走り抜け、車が多数往来している交差点に差し掛かっては、追われているガキ共が躊躇うのを他所にチュウカが攻撃を仕掛けた。そのうち一発がバカに当たり、そのまま卒倒した。



 表街とは違って片道二車線の道路の舗装には穴が開き、白線がかすれて消えている。車も旧世代しか走っておらず、どこか錆び付いている。バイクとトラックがエンジンをうならせ、その前を悪ガキが人のまばらな交差点を渡っていく。ガキの一人が飲食店の新商品を告知しているのぼり旗を抜き取って武器とし、チュウカは交通ルールを無視して道路のど真ん中に飛び降り、歩行者側が青信号で停まっていた車の間に着地。横断歩道にガキを見つけると二人を追いかけて飛んだ。黄色のガキはすでにそこにはいない。



 やがて車は走りだし、クラクションが鳴る。ガキ共は逃げ場を車の上に求め、チュウカもそれに続いた。雲の少ない空から降り注ぐ橙の太陽がその全てを一色に染め上げ、市営バスの上でのチャンバラを街の景色とした。



「くそおおお! なんだってんだよ!」

「ククク」



 ガキが力任せに不格好な横振りをするが、それをしゃがんで回避。不敵な笑みで雨どいの攻撃が炸裂。先頭の戦闘ガキはしゃがんで事なきを得たが、すぐ後ろで経過を見ていたもう一人のガキに命中して落ちた。落下したガキは走り抜ける車の間を勢い止められずに弾けながら転がって行った。やがて彼は力尽き、中央分離帯にぶつかって昏倒した。



 バス屋上での殺陣は舞台を家庭用自動車へと移し、ボンネットから屋根、後部荷物収納庫へと車をとっかえひっかえしながら目まぐるしく行われた。飛び移るその度に、雨どいの鉄が車の鉄をへこませ、振り下ろされた偽中華包丁が時々車の機能を半壊させた。巨大偽中華包丁と中途半端な雨どいの二刀流を一度だけ交わしきれなかった新商品を宣伝している悪ガキは鼻血を滴らせながら歩道へ飛び逃げ、チュウカは余裕の表情で歩道の信号機に飛び、周囲の歩行者を困惑させた。



「くそおおお」



 これ以上逃げても無駄だと思ったのか旗から旗を取り、残った棒をバトンダンサーのように回転させながらチュウカへ突っ込んでいった。チュウカもこれに応戦。偽中華包丁で攻撃を受け止め、雨どいで武器を快晴の夕空へ高く突き飛ばした。武器のなくなった悪ガキはその行く末を仰ぎ見ながらその場で膝から崩れて座り込み、それをチュウカが一回転しながら蹴とばした。



 斯くして裏街に生まれかけた新しいガキ大将軍は全滅し、犯罪を未遂で終えた黄ばんだ少年が無事に家に帰って、ただチュウカがこの街で思いっきり吠えたのであった。


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