第23歌 その4

第23歌 その4




「なるほど。あの波野家と幹理事長が秘密の会談を持ったということは明らかなようだな」


「はい」


「それはこの国にとって脅威となる。だから――」


 暗闇の中、男は不気味にほくそ笑む。


「絶版だ――」




 我の名はザウエル。とある特務機関に所属するエージェントだ。


「そう言うことを自分で言って恥ずかしくないんですか?」


「余計なお世話だ!」


 聞こえてくる声に我は反射的に答えてしまっていた。


「どうしてザウエル先生が起こるんですか?」


 我は職員室で言い争っている二人を見る。一人は幼女。もう一人は新任の教師だ。


「な、なんでもない!」


 確かに、自分で特務機関のエージェントを名乗るとか、恥ずかしいにもほどがある。


「ほら。理事長。もうおままごとは済んだでしょう?」


「もっと私と遊べよぉ!幼女をいじめて楽しいか!?新手の変態なのか!?」


「残念ながら新手ではないんですよ。ほんと、なんでこんな幼女が理事長なんてやってるんだか」


 我は新任の教師を睨む。今回の件の元凶は全てこの男にある。理事長と波野家の話は反社会的勢力との関りというだけで簡単に排除できるものであるが、この男だけは危険なのだ。これ以上被害が広がらないために何か手を打っておかなければならない。




 体育教師はほぼ毎日体育を行う。どうして我が体育教師をやっているのかは訳が分からない。あまり運動は好きではないが、身体能力は様々な事情から高かったりする。体育教師の仕事はほとんどが生徒を監督することにあるが、お手本を見せることもしばしばある。生徒に情けない姿は見せられないので一番緊張する場面だ。


 サッカーでシュートのきめかたを見せようとしていた時だった。


 校舎からこちらの方へと向かってくる影がある。この学園で唯一の男子、新任教師のキワムである。


「なぜ、グラウンドに向かっている?というか、こっちに来るな!」


「おにいちゃん!待って!」


「待ちなさい!キワム。話はついてないのよ?」


「先生☆ツキちゃんから逃げられると思ったら大間違いだぞ☆」


「そうですよ!キワムさん。早く私と婚約して魔法少女になってください!」


「蕗谷メブキ!趣旨が違っているぞ!」


「ふーん。冷静に突っ込めるんだ」


「全速力で走っている時に言うセリフではないな、委員長」


「俺の乙女心を傷付けやがって!」


「先生!是非とも次のコミケで出す同人誌のモデルになってほしいのですわ!」


「何故だ……100メートルを1秒で走っているというのに――!?」


 我は避ける術もなく新任教師にぶつかる。秒速100メートルは音速の三分の一だぞ。分速で60キロメートル。時速は3600キロメートルだ。もう訳が分からない。


「逆に我が生きていることこそ奇跡だな」


「いててて」


 新任教師は我の胸に手を置いていた。


「逆にお約束過ぎてつまらないな」


「揉みごたえもないからな」


 我は体中で勢いをつけながら新任教師を蹴り飛ばした。


「俺の肋骨に響く蹴りとは。お前はただものではないな」


「それは我のセリフだが」


 この男の骨は鉄でできているのか。重いは痛いはで大変なのだが。


「一体お前は何をしている!それと、そこの生徒ども!お前たちのクラスは今体育だろうが!」


「だって……おにいちゃんが大好きなんだもん!」


「うむ。理由になってないな」


「だって、体育嫌いだもん☆」


「正直なのはいいことだ。次」


「えっと、魔法少女になってみませんか?」


「我を誘ってどうする」


「別に、先生のことなんて好きじゃないんだからね!」


「今さらキャラ改変で人気を得ようと思うな。死亡キャラ。それにツンデレとか、古すぎるだろ」


「なんでわたしだけそんなにひどく当たるんですか!?」


「お、俺は別に何でもねえんだからな!」


「これが100点満点のツンデレだ」


「俺は男が好きだ!なのですわ――だぜ!」


「もう、何を言っているのかわからん」


「!?俺は男が好きだ!」


「突然何を言い出すんだ!キミは!」


 新任教師はとち狂ったように言った。


「そもそもだな。そういう性的趣向を笑いにするなど、下品にもほどがあろう。それで一体どれだけの人が傷付くと思っているんだ」


「全くの正論です。申し訳ありません」


 どうして我が正論を吐かねばならないのか。


「それに、特定の生徒とだけ懇意に接するのはよくない。全員平等に接するべきだ」


「俺は自分から不平等に接しようとは思っていない。というか、全般的にこいつらが悪い」


「いいわけをするんだね?」


 我は格好の獲物を手に入れたとばかりに舌なめずりをする。


「そろそろ作者も番外編に飽き始めたころだからね。一瞬で決めさせてもらおう」


 相手の準備を待っていなければならない義理はない。


 我は時間を止めた。


「さて。我が誰よりも早くなっているのか。それとも本当に世界に時間が止まってしまったのか。それを解明する手立てはないな」


 我は超能力者だった。その能力ゆえにとある組織から雇われた。我の任務はただ一つ。目の前の新任教師を殺すことだけだった。


「何が人類最強だ!」


 我は新任教師を殴ろうと近づく。


 その瞬間、新任教師がピクリと動いた。


 我は驚きのあまり後ろに飛び退く。


「なんだ。磁石が張り付けてあるのか。しかし――」


 新任教師が同質の力を手に入れないとも限らなかったので我は辺りに散らばっているナイフをかき集め、新任教師に向かって放つ。


 放たれたナイフは新任教師のすぐそばで停止する。


「さあ、消えてしまえ!」


 我は時間を動かす。


 だが、新任教師は時間が動き出す前にナイフの折から抜け出した。


「どういうことだ!?」


「それは違う」


 新任教師は我を見つめる。


「時計の針は戻したり勧めたりすることができる。でも、今は今だけなんだ!」


「話がかみ合わないだと!?」


 むしろ、そっちの方に我は驚いてしまった。


「お前では俺には勝てない。ザウエル女史」


「なにをふざけたことを――!」


 我は再び時間を止め、新任教師を襲うが――


「我の体が動かない!?」


 どうして、我の時間が止まっている!?


「道力が勝った者の能力が優先される」


「そんな何年も前にぽっとだけ出た設定を――」


「今や懸賞金はインフレだがな」


 新任教師は我に背を向け歩き出す。


「俺には女を蹴る趣味はない」


「バカ……」


 本当にバカだ。


 ほんと……バカ。




「で?絶版社長たるわたしの出番はどこかな?え?もう一生ないだって?放送が終わっても息子は実に人気者だというのにか!えむぅは来週出るのか楽しみだ!」






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