第十八羽 アオちゃんの自転車

 第十八羽 アオちゃんの自転車


 休みの日だからってゆっくりと休んでいられません。

 ソラさんはもっと早く起きているはずです。


「あら。フキ。今日も早いのね」


 ソラさんは余裕の笑みを浮かべながら言います。


「ご飯は炊けていますか?」

「ええ。みんなが起きる時間ぴったりに」

「じゃあ、朝ご飯は?」

「もうちょっとしたら作るかしら。あまり早く作っても意味がないし」


 ソラさんは梃でもキッチンから動かないようです。


「では、私は洗濯機を回しておきますね」


 ちっ、という舌打ちの音が聞こえます。

 ソラさんが舌打ちをしたのでしょう。


 私たちはここ最近このような勝負を繰り広げてきました。

 ここのところ、ソラさんに早起きでは勝ててませんが、負けず嫌いなソラさんのことですから、私が早く起きてしまうと思い寝ずに起きているかもしれません。


 私は脱衣所に向かおうと玄関に通じる廊下に出ます。

 それと同時に玄関の扉が開きました。


「おはようございます」

「おはよう。フキ」


 キワムさんがちょうどトレーニングから戻ってきたようでした。

 そう。

 とても偶然です。

 いつも時間ピッタリに戻ってくるキワムさんですから、簡単に偶然を装うこともできますが、とても偶然です。

 ただ、朝一番にキワムさんに挨拶できてとても嬉しいだけです。


「ご飯にしますか?お風呂にしますか?それとも私ですか?」

「シャワーを浴びてくる」


 頑張って勇気を出したのですが、あっさりとスルーです。


「わかりました。上がられたらすぐにご飯にします。あと、スポーツドリンクも置いておきますね」

「ありがとう」


 キワムさんの大きな背中が遠ざかっていきます。


「ありがとう――か」


 私は思わずほっぺたに手を当てます。


 今日はとってもいい日になる気がします。


 私はちらり、と台所にいるソラさんを見ます。

 それだけでソラさんは全てを悟ったようでした。

 急いで料理を作り始めるソラさんをしり目に、私はキワムさんの着替えとタオル、そしてスポーツドリンクもしっかりと用意します。


 そして、キワムさんのいる浴室へ。


 別に突撃したりはしません。

 どこかのブラコンや、金髪ツインテとは格が違います。


 ゆっくりと衣服を置くと、昨夜から脱ぎ散らかされた洗濯物を洗濯機に入れます。


 その中にはキワムさんの衣服がある訳で。


 さきほど汗をかいた下着もあるわけで。


 それはしっとりと湿っていて、重みがありました。


 私は思わず抑えきれない衝動とともにその下着を顔に――


「何をしてるんだ?」

「!!」


 私は急いでキワムさんのパンツを洗濯機に入れます。

 シャワーから出てきたキワムさんは生まれた時の姿で、それはすなわち原始的な。

 プリミティブなお姿なわけで――


「って、なんですか!その不自然な光は!」


 キワムさんのマンモスさんは白く不自然な光で隠されています。


「規制線だろう。どちらかというと、自主規制だな」


 うぐぐ。


 そうしているうちにキワムさんは私に背を向けて体を拭きます。


「お尻にも――」

「誰も男の裸体などみたくないだろう」

「幼女はいいんですか!?」

「一応線がかかっている設定だ。なにせ、15歳以上などの規制はしてないからな」


 色々と大人の事情があるようです。


「でも、よく裸を見られて平気ですね」


 私なら殴りつけています。

 どこをとは言いません。


「ミワが似たようなことをしているからな」

「それはひどく問題なのでは!?」


 確かに私も結果的に同罪かもしれません。

 しかし、ラッキースケベと堂々とガン見するのとではいろいろと違う気がします。


 キワムさんが下着を着始めたので私は洗濯物を急いで入れて洗濯を始めます。



 朝食においては私の出番がないので割愛でいいでしょう。


 私はお掃除を始めます。

 特に人が増えてからというもの、散らかす人が増えているようです。


「うふっ。うふふふ」


 でも、なんという良妻ぶりでしょう。

 中学生がある程度自分のことができるというのは当たり前です。

 でも、まだ小学六年生の身でありながら家事全般をこなすなど、将来有望ではありませんか。


「むふふふふ」


 ついつい、脳内にお花畑を描いてしまい、私は笑みをこぼします。


「一階は終わったから、次は二階ね」


 二階はそれぞれの個室となっています。

 昔、お父さんが部屋を作り過ぎたと言っていましたが、もしかしてこの事態を予測でもしていたのでしょうか。

 しっかりと六人分も部屋があって、それぞれ布団を敷いて寝ています。

 それぞれの部屋がどうなっているのかひどく気にはなりますが、流石にそれぞれの部屋に立ち入る訳にはいきません。

 二階のそれぞれの部屋に続いている廊下に出て、私は違和感に襲われました。


 一つだけ部屋の扉が開いているのです。


「アオちゃんの部屋だ……」


 とてもイケメンな女の子、アオちゃんの部屋の扉が開いているのでした。

 閉め忘れたのかと思いそっと部屋を覗くと、アオちゃんは魔法少女に変身していました。


「世界なんて滅びればいいんだ」

「何を望んでいるんですか!」


 私は思わず叫んでいました。


「邪魔するな!フキ!」

「ダメです。そんな短絡的に物事を考えては!」

「ボクは世界を滅ぼすんだ!」


 かなり本気のようで、アオちゃんは魔法で世界を滅ぼすつもりの様です。


「ソラさんも滅んじゃうよ!」


 物語の進行には問題がないので自主的に滅んでいただいても構いませんが。


「……」


 すると、アオちゃんは何も言わずバトンを落としました。


 そして突如として泣き始めました。


 **********


 泣きわめくアオちゃんをなんとかなだめた私は溜息を吐きます。


「そういえば昔、キワムさんが『世界を滅ぼす子はそもそもに魔法少女なれない』みたいなことを言ってたな」

「ボクの前であの蛆虫の話をしないでくれるかな」


 アオちゃんは元気いっぱいのようです。


「で、どうして世界を滅ぼそうとしたの?」


 いつも年下ながらしっかりしているアオちゃんが泣きわめくほどのことですから、ソラさんにふられたとかそういうことだと思っていました。

 でも、そうなると色々フォローが大変そうです。


「これなんだ……」


 アオちゃんは俯きながら一枚のプリントを差し出します。


「なになに?自転車講習会?」


 プリントの内容を要約するとこうです。


 冬休みに小学五年生を対象に自転車講習会を開くそうです。

 昨今の自転車による事故がうんぬんかんぬん。


「これが一体?」


 すると、アオちゃんの目に涙が浮かびます。


「ボク、自転車に乗れないんだ」

「ええ!?」


 とても驚きでした。

 小学校高学年になっても自転車に乗れない子がいるなんて……


「やっぱりそんな反応して……」


 再び泣き始めるアオちゃんの姿を見て、アオちゃんは見た目は私達より成長しているけれど、心は私達より年下なのだと思い知らされました。

 きっとずっと前から悩んでいて、抱え込んでいたものが爆発して世界を滅ぼそうなどと考えたのでしょう。

 私のような反応を転校したてで周りの同級生にされてしまうなどという不安は考えても計り知れません。


「アオちゃん!頑張って自転車に乗れるようにしよう!」


 私はアオちゃんが可哀想で、ついそう言ってしまっていました。


 **********


 公園で私たちは自転車に乗る練習を始めました。


 私は初めて自転車に乗れた時のことを思い出してアオちゃんに教えていました。


「考えるな感じるんだ」

「真面目にやってくれないかな」


 でも、私のお父さんはそうとしか教えてくれませんでした。

 それに、初めて自転車の乗れた時のことは大分昔なのでよく思出せません。


「とにかく勇気を出して前に漕げばいいんだよ」

「無理だ」

「初めから諦めちゃダメだよ」

「……」


 ボテン。


 アオちゃんはすぐにこけてしまいます。


「そうだ。私が後ろを持っておくから、安心して漕いで」

「そもそも自転車なんて安定性の悪いもの、人間が乗れているのがおかしいんだ」

「でも、みんな乗れてるから」

 アオちゃんは何度も後ろを振り向いて私の顔を見ました。

 その度に私は心配ないよ、と笑顔で返します。


 でも、アオちゃんの顔はすぐれませんでした。


 そして、私はアオちゃんの乗っている自転車から手を離して――


「すごい!アオちゃん、自転車に乗れてるよ!」


 その瞬間、アオちゃんは大きくこけてしまいました。


「うぅっ――」


 アオちゃんは痛そうに膝を抱えています。


「大丈夫?」


 アオちゃんの膝からは血が流れ出していました。


 ************


「ごめんなさい!」


 私はとんでもないことをしてしまった、とアオちゃんに頭を下げます。

 けれども、アオちゃんはそっぽを向いたままで何も言いません。


「もう、いいんだ。無理なんだから」


 そう呟くとアオちゃんは足を引きづって歩いていきます。


「そんな……無理しちゃ……」

「放っておいてくれ」


 そう言われてしまうと私はその場から一歩も動けなくなりました。


 また、私のお節介でアオちゃんに怪我をさせてしまうかもしれない。

 そう思うと足がすくんでしまって、体が震えて――


「ったく、ほんとのろまでどんくさくて、見てらんねえよ」


 振り向いた先にはコルトがいました。


「何の用?」


 私はコンパクトを取り出そうとして、家にコンパクトを忘れてしまったことに気がつきます。


「どうしたんだ?変身しねえのか?」

「……」


 私が無言のままいると、コルトはだんだんと顔を曇らせていきます。

 とても不審がっているようでした。


「なあ、俺の予想があってなかったらあれなんだがよ。もしかして、その、あれか?そろそろお前もそういう時期だもんな」

「な、なにを勘違いしてるんですか?」

「べ、別に勘違いしてねえよ。それと俺を下の名前で呼ぶなよ?」

「しものなまえ?」

「シタだ!した!」

「コルトの下の名前はなんて言うの?」

「言うわけねえだろうが!」


 その後しばらく私たちは無言になります。


「で、お前、もしかして、コンパクトを忘れたのか?」


 私は恐る恐る首を縦に振ります。


「……くふ」


 私は驚いてコルトの顔を見ます。


「ケシャシャシャシャシャシャ!」

「突然気持ちの悪い笑い方に!?」

「誰がパイソンだ!俺の名前はコルト様だ!」

「コルトの下の名前ってパイソンなんですか?」

「何で知っている?」


 だって、この魔女、普通に自爆していましたし。


「間抜けな魔法少女を倒す絶好の機会なんだろうが……」


 コルトは杖を大きく掲げます。


 私は絶体絶命だと悟ります。


 けれども、コルトの杖は掲げられた手の上でぽむっと消えてしまいます。


「不器用すぎて見てられねえんだよ、お前らはよ」


 コルトは深くため息をつきました。


 ***********


 コルトは公園を突っ切っていきます。

 そっちはさきほどアオちゃんが向かって行った方角です。

 コルトはターゲットを私からアオちゃんに変えただけのようです。

 私は心配になってコルトについて行きます。


「お前は確か――」


 アオちゃんはコルトを警戒して立ち上がろうとします。


「ぐっ」


 でも、足が痛くて苦しそうでした。


「そんなんでコルト様に立ち向かうなんざ、10年早いっての」


 意外と短いようです。


「何か言ったか?」

「いいえ。何も」


 コルトは唐突にアオちゃんの手を引くとどこかへ連れ去ろうとします。

 人体実験をして改造人間になってしまうのでしょうか?

 現代風だとネビュラガスでハザードレベルが上がったり――

 もしくは人気のない公園であんなことやこんなことを――


「テメエが考えてることなんざ、絶対にねえからな!」


 コルトは私の予想に反してアオちゃんを水道のある所まで連れて行きました。

 予想が外れて少し残念です。


「何のつもりだ」

「傷口に砂でも入ったらいけねえだろうが。体ん中に砂が一生残るんだぜ。世の中には頭にずっと石を詰め込んで生きてるやつもいるんだ」

「そういうことではなく――ひゃ」


 水が冷たかったのかアオちゃんは可愛い声を出します。


「ほれ。じっとしてろよ」


 コルトは背中のポーチから消毒液を出します。


「いたっ」

「女だったら我慢しろよ」

「うぐぐ」


 悔しがって上目遣いに紅くなっているアオちゃん、最高です!


 コルトは今度はガーゼと包帯を取り出しました。

 器用に傷口に巻き付けていきます。


 その時、コルトの胸元に何かが見えました。

 それはひび割れたような疵の痕――


「ほれ。ったく、傷の処置くらい自分でできるようになれよ」

「一体どういうつもりだ」


 アオちゃんはコルトを睨みます。


「魔法少女の敵である魔女がボクたちに何をしようというんだ」

「アオちゃん!」

「魔法少女ってのは礼の一つもできないってのかい」

「そうだよ。パイソンはツンデレなんだから」

「パイソンって言うな!」

「どうして?」

「そ、それは――なんでもねえよ。それより――自転車に乗るんだろ?」

「乗らない」


 そう言ってアオちゃんは走って行ってしまいます。


「おい、まだ傷が塞がってねえんだから無理するんじゃねえぞ!」


 **********


「ねえ、コルト。どうして私たちに優しくするの?敵なのに」

「別に俺は優しくなんてしてねえんだよ。俺はただ、やりたいことは何でもやる。例え世界を敵に回しても。ただ、それだけなんだよ」


 つまり、コルトが世界を敵に回してでもやりたいことは私達を助けることだったのでしょうか。


「アオちゃん、自転車に乗りたくないって……」


 私がアオちゃんを自転車嫌いにさせてしまったのです。


「本当にそう思ってんのか?」


 コルトは溜息を吐きます。


「お前、あのオトコオンナがどんな箒を作ってたか覚えてるか?」

「え?」


 私は第十二羽のことを思い出します。


「確か自転車でした!」

「自転車に乗れないのに自転車型の箒に乗るってのは変じゃねえか?」


 そう言われて確かに、と思い立ちます。


「でも、一体どうして――」

「ああ、もう!お前らは俺なんかより一緒にいたんだろうが」


 コルトは頭を掻き乱します。


「そりゃ、自転車に乗りたかったからに決まってるだろ。自転車が嫌いな奴が自転車の箒に乗るかよ」

「でも、アオちゃんを私が自転車嫌いにしてしまった……」

「ま、とてつもなく押しつけがましかったな。そこは反省しろよ。でも、俺はそんなことねえと思うがな」


 コルトはさっと立ち上がる。


「別にこのトンマを取って食ったりはしねえよ。オトコオンナ」

「ボクにはアオって言う名前がある」

「アオちゃん!」


 木陰からアオちゃんが姿を現します。


「んで?結局どうするんだ?」


 私は祈るような気持でアオちゃんを見つめます。


「このちんちくりんがなにを考えているのか分からないから付き合ってやろう」


 私の心の中で嬉しさが弾けます。


 そして、私とコルトとアオちゃんは一緒に自転車の練習を始めました。


 **********


「というかさ、お前らどうして最初から補助輪なしでやってるわけ?」


 コルトにそう言われて私はハッとなります。

 補助輪をつけていたのが昔すぎて忘れてしまっていました。


「だって、ガキっぽいじゃん」


 アオちゃんは補助輪の存在を知っていたようでした。


「どっちがガキかっつーの。補助輪つけてやったことねえの?」

「あるわけないだろっ!」


 コルトは大きくため息をつきます。


「まずは補助輪からだ。それができてから補助輪なしだ」


 コルトは杖を振ります。

 すると、アオちゃんの自転車に補助輪がつきました。


「それと、こけないようにもっとサドルを下げるぞ」


 コルトは器用にサドルを下げます。


「立ち漕ぎとか、バックドラフトとか好きにやってなれろ」


 アオちゃんは少々不服そうながらも自転車をこぎ始めました。


「案外、面倒見がいいんですね」

「俺のことか!?」


 コルトは目を大きく開いて顔を赤くしています。


「照れてますね」

「て、照れてねえっつーの。俺はただ、テメェらのことがほっとけないと思っただけで――」


 そろそろいいか、とコルトはアオちゃんの自転車から補助輪を外します。


「大丈夫……かな」


 アオちゃんは心配そうにコルトに聞きました。


「大丈夫だよ。さっき見ててお前は筋があると思ったぜ。だから、今度はこけずにいけるはずだ。やり方が悪かったんだよ、やり方が」


 コルトは私の方を見てニヤリと笑います。


「アオちゃん。ごめんなさい」


 私はいたたまれなくなってアオちゃんに謝りました。


「大丈夫だよ。別に怒ってないから」


 その一言で私は救われた気持ちになります。


「俺たちには時間が残されてねえんだ。さっさと片づけようぜ」


 コルトはアオちゃんの自転車の後ろを持ちます。


「ほら、アホの娘も持てや」

「私はフキです!」


 私も同じようにアオちゃんの自転車を持ちました。


「後ろなんか気にせずに走りまくれ。自転車はスピードが出ればバランスが安定する!」


 アオちゃんは自転車をこぎ始めます。

 私とやっている時はすぐにバランスを崩したのに、補助輪での練習のおかげか、バランスが安定しています。


(離せ)


「え?」


 コルトが小声で私にそう言いました。

 コルトと私はそっと手を離します。


「ほれほれ。まだ持ってるから安心しろ。今度はハンドルを使ってちょっとだけ曲がってみろ」


 手を離しているにもかかわらず、コルトはアオちゃんの後ろについていって話しかけます。


 嬉しさと楽しさでいっぱいの表情をしたアオちゃんは自転車で公園を走り回ります。


「乗れてる……」


 心の奥底から熱いものがこみ上げてきました。


「アオちゃん、自転車乗れてるよ!」


 私は嬉しさのあまり、近くにちょうどよく立っていたコルトに抱きつきます。


「おい、やめろ。離れろよ」


 アオちゃんはもう一人で自転車に乗れていました。

 これでアオちゃんは悩まずに済みます。


「ありがとう。コルト。コルトのおかげでアオちゃんが自転車に乗れるようになった!」

「べ、別に礼なんか――って、俺はこんなことをするために来たんじゃねえ!」


 コルトは突然私を突き飛ばします。


「俺はテメェらの敵だ。とんだ間抜けのせいで色々と狂っちまったが、もう容赦はしねえ!」


 明らかに殺気と呼べるものがコルトから発せられていました。


 コルトは大きな杖を振って、私に魔砲を浴びせます。


「え?」

 絶体絶命だと思った瞬間、アオちゃんが飛び出してきて魔砲を弾きました。


「テメェはそこのバカみたいにコンパクトを忘れてはなかったようだな」

「フキをバカ呼ばわりするな!」


 アオちゃんは大声で叫びます。


「フキは確かに、年上ぶってボクに教えようとするくせに教え方が下手で厚かましくて――」

「おい、その辺にしといてやれよ」


 私のライフはゼロです。


「でも、ボクのために一生懸命だった!そんなフキを侮辱することはボクが許さない!」

「アオちゃん――」


 私はとても嬉しかったです。


「何をやってもうまくできないダメな娘だけど、誰かのためには一生懸命なんだ!」

「ちっ。きれいごと言いやがって」


 コルトは物凄くバツが悪そうでした。


「こうなったら――」


 コルトは胸元に手を突っ込みます。

「お前らとは俺がサシで戦ってやるよ」


 コルトは胸元から手を戻し、杖を構えます。

「アオちゃん――」

「大丈夫。フキはボクが守るから」


 とても心強い言葉でした。


「かかってきやがれ!」


 コルトは魔砲を撃ちまくります。

 アオちゃんに向かってきた魔砲はアオちゃんのそばまで近づくと、少し屈折します。


「こいつ、強い――」


 この技は前に見たことがあります。

 ビームを曲げる技だったと思いますが、アオちゃんは苦戦しているようです。


「あのパツキンガールには後れを取ったが、お前ら魔法少女が魔女に勝てるわけねえだろ。年季が違うんだよ。年季が!」

「なら、これならどうだ」


 アオちゃんのそばを通っていた魔砲から音符が飛び出していました。

 それらはコルトに向かって飛び掛かります。


「スタッカート!」


 ですが、コルトは地面を蹴って簡単に避けます。

 でも、コルトが回避に移ったおかげで魔砲は止みました。


「まだまだまだ!」

「いいや、終わりだ」


 コルトの体には五線譜が巻き付いています。

 それでコルトは身動きが取れない様子でした。

 そこに魔砲でできた音符が飛び掛かります。


「コルト――」


 コルトは砂煙の中に沈みました。


「やったか?」

「ンなわけねェだろうが!」


 突如として砂煙が晴れ、五体満足なコルトが現れます。

 その背後には白いモフモフとした巨大なうさぎさんがいます。


「消し飛べ」


 うさぎさんの口が大きく開きます。

 そして、その中から長い管が飛び出してきて――


「BUNBUNさんの絵のぶれなさ、最高だな!」


 それが必殺技の名前であったかのようにうさぎさんの口から極大の魔砲が放たれます。


「アオちゃん!」


 私の盾となるようにアオちゃんは前に出て魔砲を受け止めました。


「ぐぐぐ」


 歯を食いしばるアオちゃんの口から血が一筋流れます。


 それは長い時間のように思えました。

 どんどんと押されていくアオちゃん。

 でも、アオちゃんは決して諦めません。

 私を置いて逃げ出すことなどしませんでした。

 必ず守り通すという強い意志で極大の魔砲をアオちゃんは防ぎ切りました。


「どうだ。思い知ったか?」


 コルトは口を歪めて笑います。

 それはとても狂気に満ちたものでした。


「今日はこのくらいにしてやろう。今のお前たちでは最弱の魔女であるコルト様さえも倒せねえんだ」


 そう言ってコルトは空に浮かびます。


「待って!コルト!」


 私は小さくなるコルトの背中に向かって叫びます。


「私たち、おともだちになれるよね。戦わないでなかよくなれるよね!」


 私の叫びがコルトに届いたかどうかは分かりません。


 でも、今日の出来事で分かりました。


 きっと、私たちとコルトは仲良くおともだちになれるはずだと。


「アオちゃん、大丈夫?」


 私はハンカチを出してアオちゃんの口の血を拭います。


「疲れてしまったよ」


 アオちゃんはその場にへたり込みました。


「でも、これで世界を滅ぼさずに済みそうだ。ありがとう。フキ」

「なんなら、お姉ちゃん、とかおねえたま、とか呼んでもいいんだよ?」


 こつん、とアオちゃんに頭を小突かれました。少し調子に乗り過ぎたみたいです。


 ***********


「どうしてハザードワームを使わなかったんダァ?」

「うるせぇ、ウェッソン。黙ってろ」

「まさか、魔法少女に味方しようと……」

「ンなわけねえだろ!」


 コルトはスミスに唾を浴びせる。


「うわぁ」

「ただ、その場に戦えねえ奴がいたのが気がかりだっただけだよ」


 そう言ってコルトは自室に戻っていく。


「流石は不良品といったところか」

「そういう言い方はよくないんじゃなくて?」


 ザウエルをピースメイカーが諫める。


「今はコルトと魔法少女を遊ばせておけばいいわ。わたしたちにはやることがあるのですもの」


 月は赤く光っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る