ミト

第1話:だいいちわ

 少なくとも、魔法は神聖だ。

 そして、魔法使いも神聖だ。

 汚れなく、多くの奇跡を起こす素晴らしいものだ。


「ミト。起きなさい。起きる時間ですよ」

 そう言って毛布をめくると、うずくまった小さな身体がモゾモゾと動く。力の無い目でこちらを向いたソレは起き抜けにいつも決まった言葉を喋る。

「みとはおすしがたべたいです」

「おはようございます。朝のおしごとの時間ですよ」

「おはようございますみとはおすしがたべたいです」

「起きましたね。魔法塔に向かいますよ。さぁ、立って」

「みとはおすしがたべたいです」

 国一番の魔法使いの小さな手を握り、魔法塔まで連れて行く。魔法塔での仕事が終われば次は食事や生活の世話をする。それが私の仕事だ。

「みとはおすしがたべたいです」

「はい。いつも通り、おしごとが終わったらおすしを食べましょうね」

 魔法使いは生まれながらにして神から魔法の力を授かっている。同時に、生まれながらにして供物を捧げている。それは例えば声であったり、視覚であったりで、ミトの場合は知性だった。

「ミト。今日もこれらの魔具にポカポカを入れてください」

「みとはおすしがたべたいです」

「わかっていますよ。ポカポカが終わったらおすしを用意しますからね」

「みとはおすしがたべたいです」

「いいですか。この箱の中の魔具全部にポカポカをいっぱい。いっぱいに入れてください。いつも通りポカポカがいっぱいになったら、おすしを用意しますからね。わかりましたか?」

「ぽかぽかわかりました」

 ミトの手が鈍く光る。木箱の中に敷き詰められている卵型の魔具は魔法の力を保存するものだ。今ミトが魔具に注いでいるのはポカポカ。要は熱の力だ。熱の力を蓄積した魔具は硬い岩盤を破壊したり大型の魔物を焼き払うのに使われる。また、非常時には敵国に投下される。ここ数十年、私が生まれてから今まではずっと非常時だ。つまりこの魔具は数日後にどこかの街を炎で包む。

「ぽかぽかおわりました」

 そう言って、目を線にさせたミトが私を見てくる。ミトは何も知らないし、仮に伝えたところで理解は出来ないのだろう。屈託のない笑顔に私も薄く笑い返す。

 魔法使いの中でもミトは特別だ。特別に力が強い。普通の魔法使いであれば一つの魔具に力を蓄積するのに丸一日はかかる。比べてミトは箱に敷き詰められた数百の魔具を数分で処理してしまう。

「お疲れ様です。偉いですよ。ミト」

「おつかれさまですみとはおすしがたべたいです」

「はいはい。わかりました。では食事にしましょうか」

「みとはおすしがたべたいです」

 食堂、とは言っても基本的に私とミトだけが使用する部屋に移動し、テーブルを挟んで対面に座る。ミトが「おすし」と呼ぶ物体、一口大に成型された米の塊の上に生魚の切り身を置いた物はテーブル上にすでに用意されている。こんな奇妙な食事を用意する調理担当も、思えば気の毒だ。

「では、食事にしましょうか」

「いただきます」

 そう言うと、ミトは両の手を顔の前で合わせて首を縦にふる。食事の前に必ずミトが行う奇行だ。私もそれに合わせる。

「いただきます」

 ミトと同じ動作をすると少し嬉しそうな顔をされる。私は目を反らし、別に用意されたパンを噛じる。

「どくもおすしたべます」

「いえ、遠慮しておきます」

 ドクは私の名前だ。曖昧に微笑みながらそう答えると少し残念そうな顔をされる。機嫌を取ってやりたいところもあるが、流石にこんな奇妙な物体を口に入れたくはない。

「どく」

「はい。どうしました?」

 決まって、食事が終わるタイミングでミトはぐずる。

「みとはぽかぽかあきました」

「でも、ポカポカをしないとおすしは食べられないですよ?」

「みとはおすしがたべたいです」

「だったら、明日もポカポカをお願いしますね」

「みとはぽかぽかあきました」

「でも、ポカポカをしないとおすしは食べられないですよ?」

「みとはおすしがたべたいです」

 このやり取りはミトが疲れるまで繰り返される。いつもの事だ。ポカポカをして、食事をとって、ぐずって、疲れて、眠る。毎日これが繰り返される。

 確かに飽きるだろう。私もそう思う。

 ミトの仕事はポカポカだけだ。もし、ミトがもう少し複雑な指示を理解出来たとしたら他にも仕事はあったのだろうが、魔法使いの仕事はいつの時代もどこの国でも、ろくなものではない。

 代表的なものであげれば動物や魔物の奴隷化だ。服従魔法は火を扱うより敷居が低いらしく扱える魔法使いは多い。国によっては奴隷化の対象に人間も含まれる。奴隷の用途は労働の道具、賭け試合の駒、性玩具など。

 他にも、隣国では死の雨が振り続け、国民は生きる為に高額の聖水を買い、雨が降る度に身体を浄化しなければいけない。雨に衰弱魔法をかけているのは聖水を販売している国営の教会だ。

 魔法の実情を知ってから、見るもの知るもの醜悪に満ちている。差す嫌気も数ヶ月で尽きた。どうやら私も慣れてしまってきている。


 だが、少なくとも、魔法は神聖だ。

 そして、魔法使いも神聖だ。

 汚れなく、多くの奇跡を起こす素晴らしいものだ。

 私の目の前でぐずる少女を見ながら、まだ、それだけは信じたいと思う。

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