第25話 『死食鬼』紅崎凜華
周囲にいた人々全ての頭が弾け飛び、血と臓物と肉塊で彩られた商店街。
その元凶はたった一人の少女によるものだった。
明るめのセミショートの黒髪に黒い瞳。
全身には縫い跡があり、肌は痣と鬱血と腐食だらけで青みがかっていた。それに左右の腕もごくわずかだが、太さが異なっている。まるで継ぎ接いで体を作られたかのようだ。
生気すら感じられない不健康さ。
彼女はまるで『
だけど、わたしが驚いたのは彼女の外見ではない。
彼女の名前。
「こう、さき…………!?」
こうさき。彼女は確かに、『紅崎』と名乗った。
フルネームは『紅崎凜華』。
隣にいる紅崎リコと語感が似ているではないか。いや、まさか、そんな。
そんなはずは。
わたしは、縋るようにリコの方に視線を向ける。
「う、そ……。何で…………?」
リコは。
大きく目を見開いて、ふるふると体を震わせていた。
信じられないものを見たかのような表情。
ああ、ダメだ。
その反応は、わたしの疑問を裏付けてしまっている。
――――おねがい、リコ。否定して。
だけど、リコは唇を震わせながら確かにこう言ってしまったのだ。
「……っ。おねえちゃん…………?」
「!?」
おねえちゃん。おねえちゃん。おねえちゃん……――――。
わたしの中でリコの言葉が反芻される。
リコとの付き合いの中で彼女の存在に対する言及は一度もなかった。
家族。
ともすればわたし以上に想いを寄せている人物。
この明らかに異様な人物が、そんな存在にあたる人物であることなど信じたくなかった。
「リコ――――!」
「おねえちゃん、どうして……? どうしてこんなところにいるの…………!?」
わたしの言葉を遮り、リコは『姉』に言葉を投げかける。
まるで、数年ぶりに再会した人物が変わり果てたかのよう。
いや、あの姿を見れば変わり果てたと考えるも当然か。
対して、凜華は裂けた口を広げ、赤い舌を出して答える。
「あなただーれー?」
「…………は?」
「…………え?」
凜華の言葉にわたしとリコ同時に腑抜けた声を出してしまう。
明らかに人体的に曲げてはいけない角度まで首を傾げ彼女は問う。
「わーたーしぃ、あなたのこと知らないんですけどけどぉ?」
凜華の返答にリコはしばらく呆けたあと。
両の瞳から涙を流し、堰を切ったかのようにリコが叫びだした。
「えっ、待って、おねえちゃん! 私だよ! 紅崎リコ! この名前もおねえちゃんがつけてくれたじゃない!」
「知らなーい」
「私に色々教えてくれたのもおねえちゃんだった! 東の国のことだって!」
「知らないってばー」
「あの時だって、私に『生きて』って願って逃がしてくれたじゃない!!」
「だから知らないってー」
「そんな…………」
顔を手で覆ってしまい、リコが泣き出してしまう。
リコにどんな過去があったのかは知らない。さきほどのやり取りで凜華とは親密な間柄だったことはよく分かった。
……それでも、今の彼女は敵だ。少なくともリコのことは覚えていないだろうし、今の惨状を引き起こしたのも彼女で間違いない。
なにしろ、彼女は不死者だ。それは間違いない。
であれば彼女は殺害対象。狂気のままに無作為に人々を殺し続ける不死者を許すことなどあってはならない……!
「おっ、刀とはいい趣味。じゃあ、あなたがセレスティア・ヴァレンタインなのかな?」
「わたしの名前を知ってるってことは……。やっぱり咲良の差金!」
「っ!? セラ、何やってるの!?」
凜華の言葉にリコが顔を上げ、抜刀したわたしを見て驚きの声をあげる。
「ごめんね、リコ。わたしはこの人のことをよく知らない。でもこの人が敵だってことはよく分かる。だから、殺さないとダメなの」
「セラ、待って、やめて!」
リコの静止する声を待たず、わたしは彼女に向かって駆け出す。
対して凜華は臆する様子もなく、ゆらゆらと体を揺らしながらだらしなく笑うだけだ。
ざくり、躊躇なく凜華の心臓に刀を突き立てる。
「おねえちゃんっ!!」
背後に響くリコの悲痛な叫び声。
わたしは、思わずそれを聞いた瞬間に言いようのない感情が湧き上がる。
――――どうして、この人ばかり見てるの。どうして、わたしのことを見てくれないの。どうして、わたしにやめてって言うの。
どうして、どうして、どうして。
嫉妬。
今までわたしに芽生えなかった感情が、わたしの胸の内に広がりどす黒く渦巻いていく。
自分への焦り、リコへの苛立ち、凜華への怒り。
それらが募り、溢れる感情を抑えきれぬままわたしは凜華の方へ顔を上げて。
ようやく、彼女が持つ異常に気付く。
「あらら」
胸を刺されても凜華は痛みに呻くことなく平然と笑っていた。
しかし彼女は不死者。今さら痛みを感じない程度で驚くことはない。
そう、驚く点はそこではないのだ。
痛みを感じないということは、突き刺さった状態から動ける可能性が高い。だから、わたしは先に刀を抜いて後ろへ下がり距離を取った。
貫通した傷跡から凜華の血が勢いよく噴き出す……ことはなかった。
それどころか、わたしの刀にも血液は一切付着されていなかった。
「!?」
どういうことだ。
不死者はあくまでも不死身。『死んでも生き返る』のではなく、『死なずに生き続ける』存在だ。そのため、体に必要な部位・器官・成分は再生し続ける。
つまり、本来は血液も流れていないとおかしいのだ。
これじゃあ、まるで。まるで彼女は本当に『
「えへへへへぇ、気付いちゃったぁ?」
相変わらずゆらゆらと体を揺らしながら凜華が嗤う。
「わーたーしぃ、とおっくに死んじゃってるんですよぉ。それをー。『お母様』が改造してくれてぇー。わーたーしぃ、生き返っちゃったんですですぅ」
「生き返った……!?」
「そ、んな…………」
彼女の言葉にわたしもリコも絶句してしまう。
死者の蘇生。
あらゆる科学の知識でも、科学を超えた超常的な力でも不可能と証明された領域。
それを、咲良は成し遂げたとでもいうのか。
その代償が、彼女の人格の崩壊だったとでもいうのか。
だけど正直に彼女の話など信じられなかった。あまりにも現実味がなくて信じられるわけなどなかった。
……そして、恐らくその話を一番信じたくなかったのはリコであった。
「そんな、嘘……。嘘だ、そんなの!」
「リコ!」
頭を抱え体を震わせながらリコが喚きだす。
「それじゃ、おねえちゃんはあの時に死んじゃって……。あ、ああ、私だ……。私のせいだ! あの時、私が逃げたから!!」
「リコ、落ち着いて!」
「ごめん、なさい…………、ごめんなさいっ! 私がいなければ、おねえちゃんが私の代わりにならなければこんなことに、ああっ、ああああああああ!!」
「リコ!!」
パニックに陥るリコに駆け寄りたいが、眼前に敵がいる状況で迂闊にそんな真似はできない。
そして、凜華の方に視線を再び向けてわたしはもう一つ、彼女の異常性に気付く。
わたしが刺した彼女の左胸。そこには未だに傷跡が残っていた。
傷跡は塞がっておらず、きれいに残ったままだ。
……つまり、彼女は再生能力を持たない。
……つまり、体の機能さえ止めてしまえば彼女は死ぬ。
……つまり、彼女を殺すのは簡単だ。
「…………あは」
そこまで考えて。
かちん、とわたしの頭の中で何かが噛み合ったような音がして。
同時に、ぷつりとわたしの中で何かが切れるような音がして。
「っ!? いや、セラ、お願いだからやめて!」
背後で聞こえてくるリコの声。
でも、今度こそ彼女の言葉はわたしには響かなかった。もうリコの事情だなんてどうでもよかった。
紅崎凜華。今は彼女さえ殺せればどうでもいい。
そのためには、距離を詰める必要がある。
一瞬で間合いをゼロにできるほどの移動。普通に考えてそんなことは不可能だ。一歩ずつ詰め寄るしかない。
だけど、わたしには不思議とその方法をイメージすることができた。
――――これなら、殺せる!
「セラぁ!!」
リコがわたしを止めようと最後の抵抗をしたのだろう。
わたしが動き出すのと、リコが背中を掴むのは同時だった。
一瞬。ほんの一瞬だけ、わたしの視界が黒い闇に覆われ。
直後、眼前に凜華の顔があった。
「は?」
「え?」
驚きの声をあげる凜華と掴んだはずのわたしが消えたことに困惑の声をあげるリコ。
その隙にわたしは刀を彼女の首に振り下ろし。
すぱん、と。
あっけなく、凜華の首が宙を舞った。
ぽとり、と凜華の首が地面に落ちる。
血は流れなかった。
だが、わたしは確かにやった。彼女の命の源を断ち切った感触を確かに覚えた。
……なのに、この妙な胸騒ぎは何なのだろう。
「あ、ああ……。おねえ、ちゃ…………」
そして。
目の前で『姉』の首が切断された光景を目の当たりにしたリコが滂沱の涙を流しながら弱々しく呟く。
嗚咽をあげ、叫び声があがるその直前で。
首だけの凜華の口が動いた。
「あーあ、残念だねえ。今回はここまでかぁ」
「……は、あっ!?」
「…………おねえちゃん!?」
突如、喋りだした凜華にわたしとリコ二人とも驚きの声を上げる。
それを聞いた凜華はにへら、と笑って。
「あ、でもでもわたしぃ、もうすぐ死んじゃうよ。あと数分で動かなくなっちゃうと思う」
「じゃ、じゃあここまでってどういう意味なの」
首だけの少女に話しかける異常な事態。
それを自覚しつつもわたしは彼女につい質問してしまう。
「わたしぃ、まだ『体』はいっぱいあるからぁ。これでも不死者なんだよ? この程度で終わるほどの雑魚じゃないんだなぁー」
「まだ、死んでいない……」
そう言えば咲良は不死者を殺すには『臨界点』の突破が必要だと言っていた。
彼女曰く、体はまだある。今までの体を再生させる不死者とは全く異なる性質の不死身だがなるほど、どうやら魂の方を殺さないと死なないという事実は本当らしい。
そこまで熟考したところで唐突に凜華が一人呟いた。
「でも、おかしかったなぁー。これでもわたし、『権能』を使っていたつもりなんだよ? でもわたしの『権能』、人間にしか効かないはずなんだけどぉ」
「…………え?」
人間にしか、効かない。
だがわたしたちに彼女が『権能』を使っている様子は見当たらなかった。ただその場で立っているようにしか見えなかったのだが。
「まあ、セレスティア・ヴァレンタインは不死者で人間やめてるからともかくー」
その言葉には異論しかないが、反論する余裕はなかった。
そう。わたしだけでなく、リコにも効いた様子がないということは。
――――いや、何を考えているんだわたし。そんな、はずはない。そんなはずがあってたまるか。
なのに。
凜華はあくまでも笑って、わたしの否定して欲しい言葉を告げてしまうのであった。
「そこの隣にいるリコって子、その子も実は人間じゃないんじゃないのー?」
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