第2話


 僕と彼女が出会ったのは十五年前のことだ。今は十八歳だから三歳ということになるかな。僕も、いわゆる魔術師の家系で育った。そもそも魔術師とは何だという話になるわけだけれど、


「あれ。氷の魔術が切れかけてるよ、杏。君の方が得意なのだから、君がやってくれれば良かったのに」


 しかし、彼女は答えない。

 ならば仕方ない。僕がやるしかないようだ。

 よく見れば分かるのだが、冷蔵庫の下にはシートが敷かれている。そしてシートには円と、魔術式が書かれてある。魔術式は複雑怪奇に組み立てられていて、うまく書いている人ならば、魔術師であれば誰でも読むことが出来る平易なものになることもあるのだけれど、彼女の場合は、その逆だ。

 これは魔術師としては大きく間違っていることかもしれないけれど、彼女は魔術を自己流に組み立てられていた。

 だから普通の魔術師にはそれを読み解くことは出来ない。

 でも、僕ならばそれが出来る。

 それは僕と彼女が小さい時に交わした『同盟』によるものだ。

 同盟。

 魔術同盟とでも言えば良いだろうか。魔術師が同盟を結べば、その魔術を読み解くことが出来る。それは彼女のことをずっと学んでいたから、というよりは彼女の書いた魔術式も、僕の書いた魔術式も、お互いがお互い読み解くことが出来る、といったわけだ。


「えーと……冷蔵庫のプログラムと冷凍庫のプログラムを組み込めているんだな……」


 冷蔵庫はそもそも電化製品。そんな物に魔術が通用するのか、という話だが、簡単なことで、魔術は通用するように組み替えれば良い話だ。実際には、改造を施すことによってメーカーの修理はして貰えなくなるのだけれど、それは魔術師にとってどうでも良いこと。逆に魔術師は電化製品を使っても良いけれど、電気を使うのはあまり好まれていないからだ。

 電磁波過敏症。

 名前だけならちょっとおかしな人がぎゃーぎゃー話をする程度かもしれないが、それが魔術師になれば話が別だ。

 魔術師は電磁波を嫌う。魔術を使うことが出来なくなるし、既存の魔術が阻害される可能性があるからだ。

 しかしながら、電磁波はこの世界のありとあらゆる場所から放出されている。ならば、どうすれば魔術は組み立てられるのだろうか。

 それは簡単なことだ。魔術師が魔術を組み立てられるように、耐電磁波仕様の物件に住まうしか無いということだ。

 西暦二〇〇七年の日本において、魔術師はとても生きづらい国と成り果てた。

 かつては魔術師は闇社会に暗躍し、その存在を確立させていったというのに。

 軍を捨てて自衛隊となってから、殆どの魔術師を切り捨てた。結果的に国にお仕えとなっている一部の魔術師を除いて、魔術師は魔術という概念を捨て去った。概念を捨て去るということは、人間になるということ。人間になるということは、魔術を使えなくするということだ。

 しかし今でも魔術は使わざるを得ない状況になっている。魔術師としてその力を残すことは、いずれの世界にも良い方向に進んでいくだろうと言われているからだ。

 しかし、魔術師の存在は徐々に狭い空間へと押し詰められることになるのだった。


「……うん、これで良いね」


 魔術式の解析を終えて、僕は呟く。

 そして、魔術式に手を当てて、目を瞑る。

 詠唱をする必要は無い。

 シートに記された魔術式と、力の循環を示す円。そして空気中に存在する元素があればそれで問題は無い。

 光の球が徐々に冷蔵庫の周りに浮かび始め、それはエネルギーと化す。

 そしてゆっくりとその光の球は冷蔵庫の中へと入っていった。

 目を開けて、光の球が入っていったのを確認して、僕は漸く溜息を吐いて、部屋の真ん中に腰掛ける。


「ふう。久しぶりに魔術を使ったけれど、やっぱり難しいなあ。君の魔術は、読み解くのが難しいから力を使うのも難しいよ」


 彼女は答えない。


「……それとも君はそんなことよりもアイスクリームが食べたいかな?」


 その言葉にも、彼女は答えない。

 何というか、すれ違っているような感覚だ。

 僕は少し休憩してから、彼女に挨拶をしてから、部屋を出て行った。

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