第58話 暁のオークション①






 ガラガラガラ……



 馬車は厳かにその歩を進めていた。

 時折、馬車外に吹き付ける熱気が車内を俄かに陽気づかせている。既に日は落ちているというのに周囲の熱気は衰えの気配を見せなかった。……いや、それどころか時を重ねるごとに段々と増してさえいる。先ほどシルバーストリートを通り抜けている時はまだ人の数はまばらだった。一部の冒険者や商人が酒場に集ってバカ騒ぎをしていることを除けば、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 ところが、これが浮島へ渡す橋の前で来ると状況が一変する。周囲には橋を渡ろうとする馬車がいくつも並走し、並み居る冒険者や商人の一団がどこからともなく姿を現してくる。馬車が橋の検問の列の最後尾に並んだ時には、通りは人々の活気と熱気が渦巻き、興奮の波が洪水を起こすまでになっていた。




「うわぁ……とんでもなく多いなこりゃ」


「まさか、これ全員オークションへの参加者か……?」




 あまりの人の多さと”異様”な熱気に僕は気圧されそうになる。”異様”と表現したのは彼らの様相が普段と全く異なっているからに他ならない。


 常人の倍はあろうかという体躯を持つモンクの大男。顔や手に無数の切り傷が付いた屈強な戦士。小動物の頭蓋骨を無数に通した首輪を掛けているネクロマンサー。流れるような金髪を宿し、抜群のプロポーションで見るもの全てを魅了する妖艶な雰囲気を湛えた女魔術師。豪華な装飾にその身を包み、頭部から背中まで見事なたてがみを生やしている獣人の商人。


 男性はフロックコートや黒いスーツを着用し、女性は色鮮やかな光を反射するドレスにその身を包んでいる。

 彼らの外見、立ち振る舞い、身から醸し出す雰囲気、すべてが異質なのに着用している服はいずれもフォーマルな装い。

 その無秩序の中にあって見せる妙な統一感はなんとも言えない焦燥感を僕にもたらした。なんかこの場にいることが場違いであるとさえ思えてくる。普段の王都だったら彼らの方が異端者であるのは間違いないのに、今この場においてだけは一般住人の僕の方が異質な存在だ。


 例えるなら、ライオンの群れの中にいる野兎の様な感じ……


 僕は戸惑いながらも、気を取り直して列の前方を覗った。

 橋の手前に設けられた検問所では大量の通行人を捌くために、普段の数倍以上の兵士が動員されていた。おかげで、これだけの人数が浮島に詰め掛けているというのに、馬車は止まることなく歩を進めることが出来ている。まあ、非常にゆっくりとではあるけど。




 時間間に合うかなぁ……




 仕方がなかったとはいえ見世物小屋の観光で相当時間を食ってしまった。僕は手元の懐中時計を確認する。




 17:23




 うん……まあこれだったらギリギリ間に合うかな。浮島へ渡った後会館まで少し距離があるけど、検問所を抜けたら通行を妨げる物はない。まあ、会場で荷物検査があると思うから本当にぎりぎりになると思うけど。

 検問を待つ間、手持ち無沙汰になった僕はゴールド通りの周辺を見まわす。王都は既に夜間モードに切り替わっており、所狭しと並べられた街灯が彩り豊かな光を放っている。

 昼は芸術作品の数々が通行人の目を奪う芸術の町だが、夜は全くその趣きを異にしていた。ゴールド通り周辺には高さ30メートルを超える巨大な建築物が通りに沿っていくつも建ち並んでいる。カジノや戦車競技、オペラやコンサート等、夜は王都に在住している上流階級や冒険者、商人といった金持ちが娯楽を楽しむ一大歓楽街と化すのだ。




 僕にはほとんど縁がない世界だなぁ……




 カジノと美術館は仕事の関係で無料で入れたことはあるけど、他の建物には入ったことがない。入場料だけで1万クレジットが掛かるような代物ばかりなのだ。それだけで僕の給料半月分が吹き飛んでしまう。先日給料が入って少し持ち直したけど、”バッドステータスの調査依頼”で消費した関係で僕の残り全財産は3万クレジットを切っている。

 ある意味今日レイナが贅沢言わないでくれて助かった。もし、今日彼女が「”カジノ”とか”オペラ”行ってみた~い」とか言ってたら、僕の残金はほとんど消失していただろう。


 ……!?


 もしかして、彼女はそれを見越してそういうものには興味ないとか言ったのかな……?


 ありうる……。いや、その可能性は大いに高い。


 あの聡いレイナが気付かないはずないもんな……




「はぁ……」




 僕は人知れずガクッと項垂れた。自分の甲斐性のなさにため息が出てしまう。


 もっと……強くならなきゃな。僕は……




 ガラガラガラ……ピタ




 僕がそうこうしている内に馬車は検問所に辿り着く。ゆっくりと進んでいた馬車は一瞬だけその歩を止めた。

 ここでの検問は単純に浮島への用を確認されるだけの単純なものだ。よほどの怪しい人物だったり、危険なものを持ち込むものがいない限り普通にパスすることが出来る。王都に入場した時のように兵士と接見するということもほとんどない。大体は御者が用事を言ってくれるのでそれで事が済んでしまう。

 どうせ会場に入る際にもチェックがあるのだ。それに、冒険者ギルドなど浮島には武器を携帯して然るべき場所がいくつも存在する。その為、ここでわざわざ検問をやる必要性を僕は感じないのだけど、一応”二重チェック”という事で王国が取り決めた事らしい。




「通ってよし」




 検問の兵士の声が厳かに聞こえて来た。直後、馬車は緩やかに前進を始める。兵士達の視線がチラリと馬車の中をかすめたので、僕は帽子のつばに手を掛け軽く会釈をした。馬車はそのまま橋に進入し、長さ数百メートルにも及ぶ川を渡っていく。


 橋も浮島へ向かう人々で溢れかえっている。余りにも多いので馬車が走行する道路にまで彼らは進入してきていた。ガヤガヤとこだまする群衆の波を掻き分けるように馬車は突き進んでいく。




 ガラガラガラ……




「…………」




 僕は何を思うこともなく窓の外を見つめ、馬車が目的地に到着するのを待っていた。

 橋の外を見通すとそこは漆黒の闇といくつもの光がうねりを見せる水の奔流がある。夕方は太陽の光を満遍なく反射して黄金色に輝くが、夜は街灯と建物から発せられる七色の光を反射する虹の川になる。


 馬車はそんな幻想の架け橋を通り抜けギルド街に入っていった。ゴールド通りの美景は橋を越えてもなお続いており、建築物も一際巨大で壮麗なものになっていく。これらはいずれも有名なギルドの本館だ。

 商人ギルド、冒険者ギルド、工房ギルド、魔術師ギルド、運送ギルド、建築士ギルド……等。王国を代表する各ギルドの本部がこの浮島に集結している。

 さらに、それらの建物が立ち並ぶ先を見据えると眩いばかりの光の雫が道行く人を照らしてきた。小高い丘の頂点に向かって坂道を緩やかに上っていった先にその光の正体がある。




 そろそろか。


 それにしても、何という大きさだよ……


 たまげたなぁこりゃ~




 僕が馬車の窓から前方を覗うと、天まで高くそびえる巨大なタワーが近づいてきた。

 タワーは天から地上までクリスタルのイルミネーションが飾りつけられており、万華鏡の様な七色の光を放っている。僕も間近で見るのは今日が初めてだ。円柱の建物が何層にも積み重って光り輝いているその建物は信じられないくらいに大きかった。

 天頂部分を見上げようとしても、近づくにつれ首の角度を上に向けてなおそれでも足りなくなってしまう。

 僕が呆けてそんな風に見上げていると、馬車は程なくして目的地に到着した。




 ……ガラッ




「お客さん、着きましたよ」




 御者の人が馬車の扉を開けてきて、目的地に着いたことを告げてきた。呆けていた僕は彼の言葉に一瞬反応が遅れてしまう。




「……あ……どうも」




 御者の人はそんな僕を訝しげに見てくるが、特に言葉を発することもなくそのまま待っていた。

 僕が恥ずかしさを紛らわせるように慌てて外に出ると、そこには会館へ入場待ちの長蛇の列が出来上がっていた。




「それでは、私はこれで……」




 御者は僕に一礼して、そのまま馬車と共に去っていく。

 僕は呆け気味だった頭を振りかぶって渇を入れると、周囲を見まわして状況を確認した。


 タワー周辺には分厚い甲冑で武装したカーラ王国の騎士団がアリの子一匹入れまいとする厳重な警備を行っていた。群衆の話し声で騒々しい中、彼らは道行く人に無言の圧力を掛けている。

 一方、群衆の方に目を向けると丘の下から、人や馬車の波が押し寄せていた。彼らはすぐに会館前まで到着するとすぐに列の最後尾に並び始める。人の波は少しも衰えようとせずその波は徐々に激しくなっていた。列は徐々に動きはするものの、大挙して押し寄せてくる人数に比べてあまりにもその歩みは遅かった。

 これではいつ入場できるか分かったものではない。大衆が列を作っていない入口もあったが、恐らくそちらはVIP専用だろう。時折貴族の馬車が横付けされて、随伴している一団含めまるまる会館の中に入場していっている。

 一般大衆にとってはそちらから入ることはもちろん許されない。素直に長蛇の列の方に並ぶしかなかった。




 やば……!すぐに並ばなきゃまずいな。




 僕も会館へ入る列の最後尾に急いで並ぼうとする……が、




 ……ガタガタガタ!!!ヒヒーーン!!




 しかし、その時僕の目の前をもの凄い速さで横切る馬の影があった!


 その暴力的な威力はこちらを全く気にも留めていない!!




「うわっ!!」




 僕はかろうじて後ろにのけ反ってそれを躱す!




 バタッ!!




 後ろにのけ反った勢いで僕は尻もちを着いてしまった!


 


「誰だよ……くそう!!」




 受け身を取りながら僕は見えない誰かに向かって毒舌を吐く。あと一歩身を引くのが遅れていたら、僕は馬に轢かれて死んでいたかもしれない。


 こんなことをするのはどこの馬鹿だ……!?


 僕は暴走した馬車の後ろを睨み付けた!




 ……!!?




 僕は予想外の馬車の外装に動揺してしまう。


 あの馬車に付けられた家紋に僕は見覚えがあった……




「グレゴリウス……」



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