第53話 見世物小屋





「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!!」


「世にも奇妙な異形の生物たちが勢ぞろい!!ここカーラ王国ではまずお目にかかれないしろものばかりだ!!!」


「これを見なきゃあなたの人生損すること間違いなし!お代はたったの1000クレジットだ!!」


「周りを散歩されている紳士・淑女の皆様方!!是非、当”グレンデル・クラブ劇団”の世紀の見世物をご覧あれ!!」




 耳をつんざくような喧騒が占める中、声高らかに男の声が響き渡る。その声量はこれだけの群衆を前にしても全く霞むことなく、まるで雷鳴が轟くかのような大音声だった。

 周囲を見回すと「なんだなんだ?」という感じで、立派な衣装にその身を包んだ紳士達がテント周辺に集まってくる。貴族の姿こそないものの、皆上流階級の者たちばかりのようだ。




「はぁ、はぁ……なんとかここまで来れた……」




 群衆の中に強引に割って入り、僕は何とかテント周辺まで来ることが出来た。膝に手を付きながらゆっくりと息を整える。


 極力衝撃を与えないようにカバンを頭の上に持ちながらの行軍だったからなおさら疲れた……


 でもまあ、その甲斐あっていい場所は取れたようだけど……




 僕は行軍によって乱れた衣服を整えながら、テントの方を見据えた。

 広場の中央には巨大なテントが堂々と構えられており、その入り口には”棍棒を持った青い悪魔”がマークされた看板が立てかけられている。

 そして、その周辺には劇団員と思われる人たちが群衆に向けて声高にアピールをしている真っ最中だった。テント入り口で一際大きな声を出しているのが恐らく団長だろう。全身黒い背広に身を包みシルクハットとステッキを持った小太りの中年の男性が、その両手をいっぱいに広げ大音声を轟かせている。


 王都に興行に来る人達は少なくないけど、ここまで大々的に宣伝するのも珍しいな。よほど出し物に自信があるのか……?


 サーカスを始めとして、大道芸人やマジシャン・吟遊詩人・ジプシーなど王都に出稼ぎに来る興行師は多い。毎日王都のどこかしらで彼らの姿を見かけることは出来る。しかし、サーカスは別にして彼らは街の通りの一角でほそぼそとショーを行って路銀を稼ぐのが基本だ。ここまで大袈裟に宣伝するとなるとよほど中身に自信がないとやれない。

 王都の人達は平和慣れしているせいか、刺激を求めている人が多いからだ。つまらないショーに対しては容赦なく罵声が浴びせられ、物が投げられる。それも一種のショーの華と言えばそうなんだけど、やられた方はたまったもんじゃないだろう。それにも拘わらず、彼らの振る舞いはサーカスの劇団にも勝るとも劣らない堂々としたものだった。




「レイナ……見えるかい?」




 僕はカバンに小さく声を掛けた。




 トン……




 1回返事が返ってきた。どうやら問題ないようだ。

 見世物小屋を見たいというのが彼女の希望だ。他にも美術鑑賞や戦車レース・演劇等、様々な観光の定番がある中でレイナが選んだものがこれだった。


 なんか、意外な選択……


 一応、他にもそういうものがあることは伝えたんだけど、彼女の興味を余り惹かなかった。昨日はあんなに王都の風景に驚いてくれてたんだから美術館とか良さそうだと思ったんだけど、彼女曰くそういう物はもう見飽きているとの事。


 意外にレイナの前世ってお金持ちだったのかな……?


 見世物小屋はサーカスにこそ劣るが一定の人気を誇っている。そして、それは一般庶民よりもむしろお金持ちの上流階級に好む人が多いと聞く。オペラやコンサートなどは彼らにとっては儀礼的な面が多くつまらないらしい。それよりは未知なる刺激を生み出す見世物小屋の方がよっぽど暇つぶしになるとの事だ。そんな背景もありなんとなく『レイナ=お金持ち』という図式が頭の中に思い浮かんでしまった。




 ははっ……まったく妄想もいい所だよな。


 関連性も全くないし。




 ……僕が心の中で自嘲気味に笑っていると、劇団員の一人が帽子を持って巡回してきた。まわりの人は彼が前まで来るとその帽子の中にコインを投げ入れている。どうやら”見物料”の徴収のようだ。

 彼は僕の前まで来ると、僕の全身を舐めまわすように見てきた。そして、不快感を伴うダミ声で声を掛けてくる。




「はいはい……お兄ちゃん。見物料1000クレジットだよ」


「冷やかしはお断りだよ。持ってないなら出てってくれよ」




 明らかに隣に並んでいる上流階級の人達と接する態度が変わっている。

 今の僕は動きやすいように無地のポロシャツに長ズボンという完全な私服で来ていた。オークション用に着ていくフロックコートは後で宿屋に戻った時に着用する予定だった。彼は僕がお金を持ってないと疑ったのかもしれない。


 失礼しちゃうな……まったく。


 僕はそう思いながら懐から財布を出し、銀貨一枚を取り出して彼の帽子に入れた。




「はい……まいど」




 彼は苦々しくそう言うと、さっさと隣に行ってしまった。




「…………」




 まあ、いいけどさ……


 僕が裕福じゃないのは本当だし。




 それからも劇団員の面々は見物料を足早に取り立てていった。

 程なくしてそれが完了すると、波が引くようにさっとテントの方に戻っていく。その様子を見届けた後、劇団の団長が開始を高らかに宣言した。




「お集りの紳士・淑女の皆様方!!大変お待たせいたしました!」


「これよりグレンデル・クラブ劇団による世紀の怪宴ショーを開催いたします!!!」




 ワーワー!!!という群衆の喝さいが辺りに巻き起こる。広場は割れんばかりの手拍子と口笛がこだまし、熱気が渦巻いていった。そこには何を見せてくれるのだろう?という未知への飽くなき探求心が見え隠れしている。かく言う僕も会場のボルテージが上がっていくと人知れず高揚感が沸き起こった。

 

 ここカーラ王国ではまず見られないという異形の生物……

 それはほぼ間違いなく”魔物”の事だろう。カーラ王国は周辺が人間や魔族の文明社会に囲まれているため魔物の侵略には無縁だ。王国内に魔物がいない訳ではないけど、『スライム』や『ゴブリン』といった比較的無害な種類しかいないし、レベルも低い。僕もたまに山野で見かける程度だし、こちらから襲わなければ彼らも襲ってこない。

 そういう事もあり、実物の本当の”魔物”とやらを僕は見たことがなかった。図鑑なんかで魔物の情報を目にすることは何回もあるけど、所詮は本の中の話。実物を見てみたいという欲求は僕にもあった。


 広場にいる人間の期待を一身に背負った劇団の団長は両手を上げてそれに答えた。それと同時に群衆の喝さいもピタリと止む。彼はそれを認めるとオペラの前口上を語るがごとく勇壮に言葉を出した。




「ありがとうございます!」


「これからお見せいたしますのは摩訶不思議な魔物の数々!!」


「その人間とはかけ離れた姿に皆様は驚嘆する事間違いないでしょう!!!」


「また、その醜悪な姿に吐き気をもよおす方もいらっしゃるかもしれません。あらかじめご容赦を……」




 そう言って団長はシルクハットを前に掲げ、恭しく一礼をした。




「まあ、もっとも私の腹の中ほど醜悪ではございませんのでそこはご安心くださいませ」




 帽子を被りなおした団長が一言付け加えた。

 はははという笑い声が会場から漏れる。彼はどうやらジョークのセンスもあるようだ。僕には受けなかったけど……




「……あはははは」




 カバンからレイナの笑い声が小さく漏れた。




 ええ!!なんで!!?


 今そんなに受けるところだったぁ!?




 彼女との笑いのツボの差に困惑する。しかし、そんな僕の心情は置いてけぼりに団長はさっさと次の言葉を継いできた。




「それではさっそくまいりましょう!」


「まずは手始めにこちらのものから!!」




 パンパン!と団長が手を叩いた。

 それが響き渡ると同時にテントの中から数人の劇団員が車輪付きの檻を押してきた。檻は人が入れるくらいの大きさで、檻全体にグレーのカーテンが被せられている。薄っすらと格子が透けて見えるだけで中のものまでは判別できない。

 檻は群衆の視線が集まる中ゆっくりと団長の隣まで来ると、不気味な静けさを持って鎮座した。




「さて、皆様心の準備はよろしいですかな?」


「3・2・1でカーテンを取り外しますぞ?」




 団長は群衆の方をみながらニヤリと笑った。無言の圧力が場を支配する中、不敵な笑顔と共に彼はカウントダウンを開始する。




「3・2・1……はい!」




 彼の合図とともに劇団員が一斉にカーテンを取り外した。檻の中の魔物が群衆にその姿を現す。


 おおっ……!?という低いどよめきが辺りに響き渡る。それはこの場にいる誰もが予想だにしなかった姿だろう。魔物は明らかに人型ではなく、獣の姿をしているわけでもない。かと言って禍々しくもなく醜悪でもない。人によっては美しいとさえ思う造形だ。まあ、生物と呼べることすら怪しいけど……


 周りの群衆も”それ”を見てざわめく。

 ……それはどこからどう見ても古びた木製の宝箱にしか見えなかった。箱の四隅は金メッキが施され、側面と留め具に装飾が施された典型的な宝箱。




 ……もしかして……ミミック?



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