第43話 神の酒
・
・
・
「……という事なんだ」
「…………」
エノクから話を聞き終わった私は呆然と虚空を見つめていた。
今の私は無の境地に至っていると言っても過言ではない。しかし、現実は否応なく私に残酷な事実を突きつけてくる。
ぐっ!……まさかそう来るとは……
私はエノクの言葉を聞き終わると目線を下げた。そのまましばし思慮を巡らせる。
どうやら年貢の納め時が来てしまったらしい……
これまでエノクに転生した理由については具体的に話したことはなかった。彼には”偶発的な事故”ということしか説明していない。あれは黒歴史として私の中に永久に葬り去るつもりだった。しかし、どうやらそれは叶わぬらしい。これも前世の業というやつなのか。
彼になんて言って説明すればいいのよ……
くっ……考えろ……考えるのよ!私!
ここで私のイメージを壊させるわけにはいかないわ!なにかうまく説明出来る方法があるはずよ!
案外軽い感じで言えば彼も重く受け止めないでくれるかしら……?
そうね、例えば……
わたし実は酔っぱらって死んじゃいました~~~
てへっ♪レイナのお馬鹿さん(コツン
いや、ダメこれ。
こんなの私のイメージ崩壊する。美して気高いお姉さんキャラ(本人談)の私のイメージが壊れちゃう。他の手を考えましょう。
変な事せずにさらっと言った方が良いかもしれないわね。
大したことじゃないわ。お酒飲みすぎて、急性アルコール中毒になっただけよ。
えーーーーー!!?レイナまさか……アルコール中毒死なんてダサイ死に方したのぉ~(プークスクス
やばい……笑われたらどうしよう……
そもそも、私がなんでアルコール中毒で死んだのを隠したいかというと酔っぱらって暴れたというところとか、飲酒の歯止めを効かせられなかったという恥ずかしい事実を隠したいからに尽きる。だからこれじゃだめね。そこを出さずになんとか説明するには第3者によって引き起こされたやむを得ない事故というところを強調すればいいのよ。
そう、例えば……
実は私、やんごとなき事情によって突発性のアルコール中毒に掛かっちゃったのよ……
周りの人間に強引に勧められて摂取させられてしまったの。
私としては飲まないつもりだったんだけどね……
男子がどうしてもというから会を盛り上げるためにも飲んであげたのよ。
期待に応えようとしたらいつの間にかこうなっちゃったわけ。
あれは私にとって文字通り一生の不覚だったわ……ガクッ
うん。これだったら行けるかもしれないわね。
やむを得ない事情によって起きてしまった凄惨な事故だとアピールできるだろう。エノクにも笑われずに済むしイメージも損わないはず。男子部員には若干悪者になってもらうけど、流れ的には別に嘘じゃないもの。
よしっ!これで行きましょう。
「レイナ?」
エノクが黙りこくっていた私の様子を伺ってきた。あんまり待たせると変に勘繰られてしまうわね。
さあ、言うわよ……!
「エノクちょっと驚かないで聞いてね……」
「う……うん。大丈夫」
エノクは私の緊張を感じ取ったのだろう。神妙な顔つきで私の話に聞き耳を立てている。私はエノクから目線を外しどこか遠い目をして自分語りを始めた。
…………
「……というわけなのよ」
私はエノクにプラン通り説明をした後、その場でガクッと項垂れた。
「…………」
エノクは若干驚いたような顔をしていたが、特に笑いもせずそのまま神妙に聞いてくれていた。
大丈夫かな……?
私が【酒乱】であるというところは隠して、彼にはアルコール中毒で死んだという事は話したんだけど。よく考えたらこの言い方は突っ込みどころ満載だった。そもそも、男子の期待に応えたのはいいけど、なぜそのまま飲酒を続けたのか、とか。周りは飲酒を止めることはしなかったのか、とか。これを突っ込んでこられたら上手い言い訳が思いつかない。勘の良いエノクの事だ。取り繕っても【私が暴れて飲み続けた】という事がバレてしまうだろう。
彼の反応が気になる……お願いだから突っ込んでこないで……
私がそう祈りながら彼の言葉を待っているとそれまで無言だったエノクが話しかけてきた。
「えーーと……つまりレイナの死因はお酒によるアルコール中毒死という事で間違いないかな?」
「うっ……」
そう冷静に言われるとそれはそれで辛いものがあるんだけど、間違いじゃないから否定できない。
「そ……そうなるわね………」
「…………」
しばらくエノクは逡巡した姿を見せたが、やがて言葉少なげに私に話し掛けてきた。
「………………」
「それは大変だったねレイナ……」
「ありがとう。話してくれて」
あれ……?
突っ込んでこない……!?
エノクにしては珍しいわね。疑問に思ったものがあったらすぐに突っ込んでくるのがこれまでの彼だった気がするけど……
何はともあれ、助かったああぁぁ~~……!!!
私はほっとため息をついた。
なんとか私が【酒乱】であるというところは隠せたようだ。まあ、私自身記憶がないから未だに実感がわかないんだけどね。
だけど”巻物”のスキル欄にも記載されているから残念ながらそれは事実なのだろう……
とにかくこれはこのまま私が墓場まで持っていきましょう。私は自分にそう固く誓いを立てた。
一方エノクは私にお礼を言った後、顎に手を当てながら何かを考えているようだ。首をかしげながら台詞を言う。
「うーん。でもそうなるとレイナの治療アイテムはお酒という事になるのかな……」
「……そうなるのかしら」
前世の死因については間違いないだろうし、直接の原因となったらそれしか考えられない。ただ、それの神話や伝説級のアイテムと言われても私はすぐに思いつかなかった。しばらく私たちはそのまま無言で考える。
「……はっ!まさかな……」
その時エノクが突然顔を上げて呟くように声を発した。まだ、確信を持っていないが何かを思いついたような顔をしている。
「どうしたの?何か思いついたの」
私はエノクに確認の意味を込めて聞いてみた。
「うん……まあ、まだ何とも言えないけどね」
「もし、本当にお酒が治癒のアイテムなら丁度思い当たったのがあったよ」
「おおっ……!」
私は思わず感嘆の声を上げた。
驚愕の気持ちと同時に嬉しさがこみ上げる。流石というかなんというか。こういう時エノクのアイテムに関する知識は本当に役に立つ。私ははやる気持ちを抑えながら彼に尋ねた。
「それで、その思い当たる物って何?」
「ハハッ……まだ気が早いよ。本当にお酒でいいのかどうかは確認が必要だね」
「それでもアタリを付けておくのは良いことじゃない。ケチケチせずに教えなさいよ~」
さっきまでどうやって誤魔化そうか悩んでいた感情は何処へやら。興奮も相まって私は陽気な声で彼に問い詰めた。でも、無理もないと思う。一時はバッドステータスの治癒なんて夢物語と諦めていたのにそれが解決策に手が届こうとしているのだ。私の喜びもひとしおだった。
エノクも気が早いと言いながら、その顔はどこか嬉しそうだ。
「もちろん良いけど、くれぐれもこれが確定という訳じゃないからね。そこは勘違いしないでね?」
「おっけーおっけー大丈夫よ♪」
私はそう言いながらも彼の言う物が”答え”だという事を確信を持っていた。
彼の魔法や魔法アイテムに関する知識はずば抜けている。彼が思い当たったのなら、ほぼ間違いなくそれが正解だろう。確定じゃないと言ったのは彼の謙遜に過ぎない。
エノクは私の返答を聞くと、苦笑いをしながら続けて来た。
「うん、分かった。じゃあ言うね?」
「レイナは”ネクタル”という魔法アイテムを知っているかい?」
「ネクタル?知らないけど、なんか聞き覚えがあるわね……」
その名前どこかで見た気がする……けど思い出せない。
「”ネクタル”はそれを飲んだものを不老不死にさせるという逸話があるお酒なんだ」
「神の酒とも言われている霊酒でね。神に奉納するお酒としてはこれ以上相応しいものは多分ない」
「実はね……今度王都で開かれるオークションでそれが出品されるんだよ」
「ああ……!!」
今のエノクの言葉で思い出した!
どこかで見た記憶があると思っていたけど、そうだ。あの掲示板だ!あのギルド街の総合掲示板で貼り紙されていた神話の魔法アイテムのオークション情報で見たんだ。
えっ……!
でも待てよ……そうなると……
私は頭によぎった嫌な事をエノクに確認する。
「ねえエノク……でもそれってべらぼうに高くなかったっけ?」
「うん。それが問題なんだ…………」
エノクは頭を掻きながら眼鏡のズレを直した後、静かに続けてきた。
「僕の記憶が正しければ、ネクタルの最低落札価格は”50億クレジット”だ」
「ご……ご……ご……ごじゅうおくうううぅぅぅぅぅ!!!?」
素っ頓狂な私の声が辺りに響き渡る。
手が届いたと思ったバッドステータスの治癒。
それは神か悪魔が与えた試練なのか。
その道のりはなおも果てしなく長かった…………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます