第36話 転生者とギルド






「……という訳なんだ……」


「…………」




 私はエノクから青髪の女魔術師の話を聞き終わった。


 ……第一印象としてまず一言。


 なんというか、唯我独尊という言葉が似合いそうな女性ね。自分に絶対的な自信を持っていて、自分以外の存在は全部下に見ているような感じ。個人的にあんまり関わりたくない女なのは間違いない。エノクもとんでもない奴に目を付けられたもんだ。




「それで彼女の”正体”に関することなんだけど……」




 エノクはそう前置きをして、一旦眼鏡を掛けなおした。そして、目線を私から外し、落ち込んだ様子で言葉を続けて来た。




「レイナには期待させときながら、残念な結果になるかもしれない……」


「正直言って見当すら付いていない状態なんだ……」


「かなり参っているよ……ははっ」




 彼はそう言って、自嘲気味に笑った。依頼が失敗しそうで、私を落胆させてしまう事をどうやら気にしているようだ。


 たくっ……そんなこと気にしなくていいのに


 彼の気持ちは既に十分に頂いている。例え依頼に失敗しようが私に後悔はないし、落胆することもない。

 ただ、エノクがせっかくくれたチャンスを活かしたいと思うのは私も同じだ。彼女から情報を聞き出すに越したことはない。

 実は私は彼女の”正体”について思い当たっていることがある。エノクの話を聞いている間にも思ったことだが、彼女の偽名といい、バッドステータスに関する内容といい、あるキーワードを連想せずにはいられなかった。


 後はなぜ彼女がその話を知っているかという事なんだけど・・・


 答えはたぶんこうだ。


 彼女は”転生者”からその情報を得ている。


 ここに来て間もない頃、エノクに”転生者”について聞いたことがある。転生者はこの世界では一般の住人に溶け込んで生活しており、表立ってなにか活動をしているという訳ではないらしい。

 なぜそうしているかというと、異世界から持ち込んだ物や知識を狙い本人が狙われる可能性があるからだ。恐ろしいことにそれを生業とするギルドがいくつも存在している。”外来危険種の排除”という名目で、悪逆非道な行為が平然と行われているらしい。彼らが”悪魔のギルド”と言われる所以だ。


 もちろん依頼人あっての事ではあるんだけど……


 そんなこともあって、転生者はこの世界では姿を隠して生きることが基本だ。もちろん私もご多分に漏れない。もっとも、私の持っている知識なんて高が知れているし、持ち込んだ物と言ったら服や靴くらい。狙われる心配はまずないと思うんだけどね。

 ちなみに初めて聞いた時は驚いたのだけど転生者は地球以外の世界から来ている者もいるという。そもそも地球の話をエノクにしたら、その話は初耳だって言ったくらいだ。意外に地球からの転生者は少ないのかもしれない……

 ただ、”オーゼット”が地球の転生者と接触してそこから知識を得ることは十分考えられる。ていうかそれしか考えられない。私だって、地球からの転生者なのだ。他に例はあってもおかしくない。




「エノク、私分かったかもしれない」


「え……どういうこと!?」




 エノクが驚きの表情で私を見た。




「なにか思い当たる事でもあるのかい?」


「ええ、私が思っていることが間違いじゃなければね」




 ガタッ!




「本当かい!!?」




 エノクがテーブルから身を乗り出して大きな声を上げてきた。

 彼がいる場所と私がいる仮設住宅の前のクッション(いつも私が座っているところ)までの距離は2mくらいしかない。その為、彼の声はダイレクトに私の耳まで届いてきた。




 キィーーーーン……




 エノクの大声が私の耳にこだまする。

 私は思わず耳を塞いでしまった。普通に話しているとたまにわからなくなるんだけど、今の私はどうしたって小人なのだ。人の手のひらくらいの大きさしかない。大声で話されるだけで、自分の鼓膜に衝撃が走るし、人が歩いているだけで突風が通り過ぎる。何事も加減してもらわないと生きていけない身体なのだ。




「ちょっと……驚くのはいいけど、少し声のボリューム下げて欲しいわね……」


「あ……ごっ、ごめん……」




 エノクは慌てて私に謝ってきた。

 彼はたまにこういうボケをやらかす。普段はなにをするにも非常に丁寧で優しいんだけど、興味が惹かれるものがあった瞬間周りが見えなくなるのだ。

 まあ、そこが彼の良いところでもあり、可愛いところでもあり、危ういと感じているところでもあるんだけど……




「ねえ、エノク。答えを言う前に聞きたいことがあるんだけどいい?」


「ああ、うん!もちろんだよ」




 そう言ってエノクは嬉しそうな顔をして私に返事をした。先ほどまで沈んでいた彼も私の言葉を聞いて活力を取り戻したようだ。彼からしたら雲間から光が射している感覚なのだろう。これで少しエノクの役に立てるといいんだけど。


 しかし、その前に私は彼に問いたいことがあった。彼女の”正体”とやらについては予想は付いているんだけど、ただ単にそれを当てるだけじゃ面白くない。

 彼女はこちらが絶対に答えられないと踏んで”ゲーム”を持ちかけてきている。そこに付け入る隙がある。彼女がエノクの事を気に入っているのも幸いだ。交渉次第ではもっといい条件を引き出せるかもしれない。彼に聞きたいことは彼女が持っている”モノ”についてだ。




「”オーゼットさん”って9万クレジットより高いもの持ってそうだった?」


「はい?」




 エノクは私の質問に呆気にとられた。

 まあ、彼女の正体に関することとは全く関係ないから、彼にしてみれば予想外の質問だろうけど。




「どういう意味だい?ちょっと言葉の意味が分からないんだけど……」


「うん。ちょっとね……今考えていることがあるのよ」


「…………」




 彼は少し逡巡する姿を見せた後、自分の眼鏡の位置を補正しながら答えてきた。




「まあ、かなり高いものはいろいろ持っていたようだけど……」




 エノクの人や物に対する”分析力”は確かだ。彼がそう言うのなら間違いないだろう。彼はプライマリースキルの一つとして”分析”に関する能力を持っている。そして、それが私がセカンダリースキルとして彼に教えてもらおうとしている能力でもある。まあ、この話題は今は置いておくけど。


 私がなんでこんな事を聞いたかというと理由がある。エノクとはバッドステータスの治癒の手がかりを掴めんだ時の話をしたことがある。

 もし、噂の出処が分かったら自分たちから現地に出向こうという話になっていた。噂の真偽の判定を冒険者ギルドに依頼すると依頼料がとんでもなく高額になるし、またそれでデマを掴まされても困る。それだったら、自分たちで現地に出向いた方がずっと良いという判断だった。

 ただし、彼の仕事の事もあるし冒険の準備もまだ全然出来ていないから、今すぐに旅立つという訳ではない。しかし、今回せっかく相手が熟練の冒険者なのだ。冒険に役立つ道具を彼女から入手できるのならそれが一番いい。




「上手くいけば9万クレジットをただ返して貰うより、いい結果になるかもしれない」


「その場合はエノクにお金は諦めて貰う事になるかもしれないけどね」


「……??」


「あと、今からちょっと演技の練習もしておいてくれると助かる」


「……???」


「そういう分かりやすい顔をしちゃダメよ……」


「明日交渉をするんだから、不敵な笑い方も今から練習しておいてね」


「”ニッ”っと口角を2°上にあげる所がポイントよ。ただし、上げ過ぎたら相手に不快感を与えるから程度が大事」


「少し見せる程度でいいの。彼女のプライドを傷付けない程度でね」


「????」




 彼はポカーンとした顔になっている。頭の上には?マークがいくつも付いているようだ。


 ちょっとこれは練習を多くしないとダメかもね……




「お待たせ。じゃあ答えについて話すわね」




 そう言って、私は彼女の”正体”を告げると共にエノクに作戦を話した。




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