第19話 恐ろしい呪い




 私とエノクは初めての自己紹介を終えた。




「レイナっていうんだ……いい名前だね。あまり聞き慣れない名前だけど」


「ここの人たちにとってはそうかもね。でも私のいた世界じゃ、”レイナ”という名前は割と一般的よ?」




 少なくともDQNネームやキラキラネームの類ではないし、私はこの名前を結構気に入っていた。

 辞書を引くと”玲”は玉の鳴るすずしい音を意味するらしい。そして、”奈”はからなし。リンゴを意味する。つまり”玲奈”という名前は涼しげな音がするリンゴという意味だ。


 リンゴはしばしば知恵の象徴として扱われる。神話や、科学史、IT分野の世界企業でもその名前が使われているのは周知のとおりだろう。

 親に直接この名前の意味を聞いたわけではないけど、なんとなく頭の良い子に育ってほしいという願いが込められていた気がする……


 もっとも私は勉強よりはスポーツを優先した訳だから……期待に応えてはいないんだけどね。だからと言って別に後悔はしてないけど。




「じゃあ……レイナってよんでいいかな?」




 エノクが私に対して呼び名の承諾を求めてきた。




「いいわよ。私もエノクと呼ばせてもらうわね?片っ苦しいのは嫌いだから、敬語も無しにしてもいい?」


「はは、僕もそこまで敬語上手くないから、お互い自然な感じでいこうよ」




 話はあっさり決まった。これならやりやすい。

 この子はとても話しやすい。まだ知り合って僅かしか経ってないというのに、昔からの知己だという感覚さえある。これがたぶん相性の良さというやつなんだろう。向こうはどう思っているかしらないけど。多分悪い印象はないはず……


 そうだ……水のお礼と共に、もう一つ言っておかなければならない事を思い出した。




「そういえば、ネコを追っ払ってくれたのエノクなんでしょう?ありがとうね。おかげで命拾いしたわ」




 私は再度頭をさげてお礼をした。


 今度は軽くだけどね。




「ああ、うん!それは、気にしないで。あのネコは近所でも凶暴で有名だったんだ。」


「こっちとしても家の中で暴れられるわけには行かなかったからね。助けになって何よりだよ。」




 そう言って、嬉しそうな顔をしながら頬を掻いた。


 どうやら照れているようだ。




 いちいち可愛いなあぁぁ……もう!




 既に私の中からエノクに対する警戒感は完全に無くなっている。




「ぼくの方からもいいかな?君の体について聞きたいことがあるんだ。」


「か……からだ……?」




 え……ちょ……ちょっと……急にいきなり?


 こ……これが思春期の男の子って言うやつなのかしら……


 私の体に興味があるって事よね……?




 私は自問自答しながら、じぃ~っとエノクの顔を伺う。




 「……?」




 エノクは不思議そうな顔してこちらを見ている。

 よく見るとエノクは顔立ちは悪くない。まだ、ちょっと幼さが先行しているけど、大人になれば美形のインテリになるかもしれない……

 性格に関しても申し分ないと思う。この短い邂逅でも彼の人柄の良さは十分伝わってきている。仕事もまだ見習いと言っていたけど、この年から既に働き始めていて収入もありそうだ。




 あれ……?意外に運命の相手?


 結婚?




 でも、相手の両親のあいさつとかどうすればいいのよ……。そういうまめなところお母さん何も教えてくれなかったしなぁ……

 そもそも、この世界の結婚の仕方とか礼儀作法とか全然わかんないんだけど。いやいやいや、そもそも結婚の前にまずやることがあるでしょ!わたし。

 まずは5回くらいまでのデートプランを立てて、それから……


 そんな逡巡している私を見てエノクが申し訳なさそうに言ってきた。




「……ごめん。なんか聞いちゃいけない事だったのかな……?それだったら無理にとは言わないんだけど……」




 ハッ!


 その瞬間私は我に返った。




「あ……いえ、ごめんなさい。大丈夫!ちょっと覚悟を決めていただけだから」


「覚悟?」


「いやいや、何でもないの!!うほん!」




 私は間を持たせるために、咳ばらいを一つ挟んだ。


 あの妄想は一回置いておきましょう……




「……それで、聞きたいことってなに?」


「あ、うん。まず確認なんだけど、レイナは妖精ではないよね?」




 ……!?




 ちょっと予想外の聞かれ方をして戸惑った。

 私の素性について聞いてくるだろうとは思っていたけど、”妖精ではない”といきなり否定形で聞いてくるとは思わなかった。つまり、私が十中八九妖精ではないと確信しているということだ。嘘を言っても多分見破られる。

 あの兄弟は信用ならなかったし、余計ないざこざを避けるために”妖精”のふりをしたけど、エノクに対しては騙す必要もないだろう。そして何より、私自身がエノクに対して嘘を付きたくないと感じている。


 私は素直に答えることにした。




「そうよ。私は妖精ではなく”人間”よ。今はこんな状態だけどね……」




 そう言って私は自分の両手を広げた。




「やっぱりそうなんだね。羽がないし、言葉を話すから妖精にしてはおかしいと思っていたんだ」


「それに妖精は服なんか着ないしね。」




 私はその言葉に思わず自分の服を確認した。ぼろぼろの黒ジャケットとデニムがそこにあった。


 ちょっと恥ずかしい……どこかで新注したいわね……


 私は恥ずかしさを紛らわすためにエノクに話を振ることにした。




「でも、妖精じゃないと気付いたとしても、よくこの姿を見ても驚かなかったわよね?」



 

 妖精じゃないんだとしたら私はなんなんだという話だ。




「ああ、それはね。僕は仕事柄いろんな種族の人と会う事が結構あるんだ」


「ハーフリング族や、ドワーフ。妖精にも何回か会っているから、人間より小さい人たちも見慣れている」


「彼らから魔道具の製作依頼が僕の所属している工房ギルドに入ることがあるし、こういう日常で使う生活品も作ることがあるんだよ」




 そう言ってエノクは私に水を注いでくれたあの小さいコップを取って見せた。

 なるほど。道理で小道具が揃っているわけだ。小人たちはお得意さまってわけね。




「レイナについても、いずれの種族とも似てなかったから、実は人間なんじゃないかと疑っていたんだ。半信半疑だったけどね」




 半信半疑か……


 まあ、そりゃそうよね……こんな小さい人間普通はいないものね……




「なんでか知らないけど、こうなっちゃったのよね……本当は背丈も人並みにあったのよ?」




 私は若干自嘲気味に言葉を返した。それを聞いてエノクはさらに尋ねてきた。




「うん……実は聞きたいというのはその事なんだけど、レイナは”ミニマム”の魔法でも掛けられたのかい?」




 ”ミニマム”については、まあ知っていて当然か……

 巻物のリストの中でもグロースとミニマムは最低MPコストが一番低かった。ということはもっとも基本となるスペルなのかもしれない。問題はそれがバッドステータスとイコールなのかどうかだ。私は疑問に思ったことをそのままエノクに聞くことにした。




「ちょっとそれについては、何とも言えないわね……エノクはバッドステータスって知っている?」




 エノクは私の言葉を聞いた際、一瞬きょとんとなった。




「えっ!?なにかまずいこと言った?」


「あ……ごめん。いきなりだったからびっくりしただけだよ。バッドステータスについてはもちろん知っているよ」




 あの”自称”神の言葉を思い出すと、バッドステータスは異世界の住人も必ず持っているものだという。当然エノクにもバッドステータスがあるのだろうし、あるということは常識なのだろう。


 私は素直に自分のバッドステータスを言うことにした。




「エノクの言う”ミニマム”がバッドステータスを意味しているのなら正解かもね。私が掛かったバッドステータスは”縮小化”だから」


「え……!?」




 それを聞いて、エノクは驚きの表情を露わにした。


 信じられないようなものを見たような顔をしている……




「ちょっと……どうしたの!?わたしまた変なこと言った……!?」




 流石に尋常じゃない雰囲気を感じたので私は慌ててエノクに聞き返した。




 なんでそんな驚いているのよ……?





 私には訳が分からなかった。エノクがいかにも重そうな口調で聞いてくる。




「……レイナのバッドステータスは”縮小化”なんだね……?」


「……そ、そうよ……」




私は恐るおそる回答した。




「……なんてことだ……」




 エノクはか細い声でそう呟いた。

 彼は私に聞こえないように言ったのだろうけど、こんな目の前にいるんじゃ聞こえてくる。私は彼にどう声を掛けていいか分からなかったし、気が気じゃなかった。彼は言いだそうか迷っていたが、私が心配そうな顔しているところを見て決心したのだろう。


 やがて、その重い口を開いた。




「いいかい、レイナ……?驚かないで、聞いて欲しいんだ……」


「今から言うことはレイナがそうなるとは限らないし、あくまでこれまでの事実がそうだったということを前提に聞いて欲しいんだ」


「……ええ」




 何を言われるんだろう・・・


 聞くのは怖かったが、バッドステータスは私の今の根幹に関わる問題だ。聞かないわけには行かなかった。




「僕は魔法技師見習いという立場上、バッドステータスを中和する魔道具の製作に関わることがあるんだ。まあ、まだあくまで研修程度だけどね」




私は口を挟まずそのままエノクの言葉を聞いている。




「だけどね、これまでのうちの工房ギルドの歴史上、縮小化中和の製作依頼は受けたことがないんだ……」




え……どういうこと?




「この意味は2つある。縮小化を中和するアイテムの製作の仕方が分からないから断るというのが一つ。作れないものを受けるわけには行かないからね」


「そして、もう一つがそもそもそういう依頼が来た試しがない。他の工房ギルドではあったのかもしれないけど。少なくともうちには来たことがない」




……!?




「だから、僕たち魔法技師の間では”縮小化”は数あるバッドステータスの中でも最も酷いものの一つだという認識があるんだ」


「そもそも人類の歴史上、縮小化に掛かった人間は数えるほどしか報告されていない。そして、掛かった人間は漏れなく非業の死を遂げている……」




 私は余りのショッキングな内容に開いた口が塞がらなかった……




「レイナ……君が掛かったバッドステータスはそういった恐ろしい”呪い”なんだよ……」



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