超能力者学園ジュブナイル
牛屋鈴
透明人間の素顔を見る方法
20XX年。人間の一部が、超能力に目覚めた。
念動力、瞬間移動、予知、など定番の物から、もっとマイナーな物まで、実に様々な超能力者が現れた。
当然、社会は混乱した。
「万引き?いや僕じゃないですよ。そりゃあ、僕の『分身の術』なら、アリバイはいくらでも作れるけど」
「だ、大丈夫だよ!手を握ったくらいで氷漬けになったりしないって!……私が能力を使わなければ、だけど」
「断じて覗いていない。確かに俺は『千里眼』が使えるが、女湯など断じて覗いていない」
彼ら彼女らの言葉が噓であれ誠であれ、性質が悪であれ善であれ、このような存在を受け入れられるほど、社会の懐は広くなかった。
そして、超能力者誕生の日から半年。超能力者達は全員、とある島の学校へ転校する事となった。
上のお偉いさんやテレビの批評家は『境遇が特殊に変異してしまった若人達の健全で道徳的な成長のために必要な処置である』とかなんとか言っていたけれど、要は、まぁ、隔離。だ。
・・・・・・
僕が彼女を初めて『見た』のは、島に向かう輸送バスの中……いや、外だった。
バスの外には強い雨が降っていた。
「なぁ、お前何歳?」
となりの座席の、僕とそう歳の変わらなさそうな男子が、軽々に話しかけてくる。
輸送バスの中の雰囲気は、混沌としていた。運転手とその他の見張りの者以外、座席に座る人間は皆、島へ追放される超能力者だ。
家族や友達、恋人と離れることになって悲しむ者。むしろ、奇異の眼がなくなり、せいせいすると感じている者。色んな立場の人間が集まっている。
また、中にはひどい迫害を受けた超能力者も居ると聞く。そのような人間にとっては、このバスは楽園行きのように感じるのかも知れない。
「あの……聞こえなかった?何歳ですかって聞いたんだけど……」
そして、この場で友達を作っておこうと隣の席に話しかける人間も居た。かなり少数派だったようだが。
雨の音のせいにして、聞こえないふりをしようかとも思ったけれど、それも限界があるだろう。
それに、彼も彼できっと新しい環境に不安を抱えていて、これはそれ故の行動なのだ。それを考えれば、ここで二度も無視するのもひどい。
あんまり誰かと仲良くする気はなかったけれど、僕は話に乗ってやることにした。
「……15歳。今年で16歳になる」
「おっ、俺と一緒だ。じゃあ同じクラスになるかもな」
「そうだな」
「うん」
「……」
「あー、えーっと……」
話題が繋がらなくて困っているようだ。まぁ、答えてやったのだから、これ以上友好的に振る舞ってやる義理もないだろう。僕は自分から口を開くことなく、彼の次の話題を待つことにした。
「そうだ。女の子の好みは?」
「悩んで……出たのがそれか」
「な、なんだよ。男同士なんだから、仲良くなるにはこういう話題が一番手っ取り早いだろ」
その弁も分からなくはない。僕も超能力に目覚めるまでは、友達と無邪気にこんな話をしたものだ。
何はともあれ、話に乗ってやると決めていたので、この質問にも答えた。
「そうだな……優しい人がいいな」
「えぇ~。差し当たりがなさすぎる。もっと過激なのが欲しい。やり直し」
リテイクを求められてしまった。
「やり直しって……人に質問しといて、不躾な奴だな」
「だってさぁ、優しい人がいい。ってもう前提条件じゃん。普通、皆優しい方がいいでしょ。優しくなくてもいい、優しくない方がいいって人、居る?」
「居るには居るだろ」
「屁理屈をこねるな」
しまいには怒られた。なんだこいつ。
「じゃあ、ものすごく優しい人がいい。これでいいか?」
「うーん。優しければ誰でもいいの?顔は気にしないの?」
「気にしない」
「本当にぃ?顔面がでっこぼこでも?」
「気にしない」
「じゃあさ、お前が言う優しい人って、具体的にどういう……」
どかん、と音がした。
「……っ!?」
前の座席が爆発し、バスの横に穴が開いた。
それと同時に、シャツとスカートが飛び出る。
そして空中で雨に打たれるのだが、様子が変だ。雨粒が弾ける場所がおかしい。
シャツの首穴の上や、スカート横で雨粒が弾けている。
雨粒による無数の小さな飛沫は、空中で人の形を描いているように見えた。
一息遅れて、爆発のショックで急ブレーキがかかり、見張りが銃を構える。
「動くな!」
前の座席の男が、気だるそうに両手を上げる。その手のひらから、いくつか火の粉が舞っていた。どうやらあの男が爆発の犯人らしい。
「おい!隣の奴はどうした!」
見張りが怒鳴る。確かに、男の隣の座席はいつの間にか空席になっていて、座っていた人間が見当たらない。
「ん」
すると男が、上げた右手の人差し指でバスの外を指す。ごうごうと唸る、雨の影響で氾濫している川が見える。
指の先に視線をやると、さっき飛び出た制服がふわふわと浮きながら、川を目指していた。そして川に飛び込んだ。
そうすると、今度ははっきりと『見えた』。
川の中で、水をかき分ける何もない空間が、制服から腕や足のように伸びていた。
「あれって、『透明人間』……!?」
泥水の中、『透明』がはっきりと『見えた』。
「な、何で川に」
男が上げた左手の人差し指で、透明人間の少し先を指した。そこでは、箱に入った捨て猫が流されていた。
「あの猫を、助けるためか……?」
「……いや、それでバス爆破って、おかしいだろ」
隣の男子が一歩引いた目線で荒れ狂う川を眺める。けれど僕は、その透明人間に釘付けだった。
捨て猫を助ける。
そのために、ただそのためだけに、あんなに一心不乱に……。
何て、優しい心の持ち主なんだろう。
僕はその日、透明人間に一目惚れした。
・・・・・・
僕らは無事、島の学校に入学した。学校の名は、超能力者が全員13~18歳であることから『ジュブナイル』という名前をしているらしい。まぁ、どうでもいいことだ。彼らが扱う言葉ほど、無為で空虚な物もない。
そんなことより、入学してから一週間、僕は教室の自席から彼女を見ながら、思索にふけっていた。
例の透明人間さんだ。どうも制服が膨らんで宙に浮いてるようにしか見えないが、彼女は確かにそこに居る。
「また
「やめろ。僕の前で彼女を下の名前で呼ぶな。嫉妬で狂いそうになる」
「いかれてるよお前」
とある男子が僕の横に立ち、僕の事をいかれてると評した。輸送バスの中、僕の隣の座席に座っていた奴だ。あの時言った通りに、僕らは同じクラスに配された。名は
ちなみに、僕の名前は
「うるさい。僕は考え事に忙しいんだ。友達が居ないからって僕にじゃれつくな」
「友達居ないのはお前だろ」
その通りだった。一週間ずっと彼女を見ていたから、他のクラスメイトとはあまり話していない。僕はクラスで孤立していた。僕の速見という名前を覚えているクラスメイトがどれだけいるだろう。
だが問題はない。元々誰かと仲良くするつもりはなかったし、今は考え事で忙しい。
「で?考え事って何?」
指宿が僕の机に座り、僕に質問する。めんどくさかったが、ここで無視するともっとめんどくさそうなので、素直に答えてやった。
「彼女の素顔が見たいんだ。けれど、その方法が思いつかない」
制服の首穴の上、彼女の顔があるであろう空間を見つめる。しかし、輪郭すら僕の目には映らない。
「顔は気にしないって言ってなかったっけ」
「気にしない。知りたい。この二つは別に矛盾しないだろう。それに、好きな人のことを知りたいと思うのはごく普通のことだ」
「ふーん……直接、見せて。って言えば?」
「いや、僕らの超能力のほとんどは、本人の意思がないと発動しない。彼女は意図的に自分の体を透明にしているんだ。どういう意図があるかは知らないが、見せて。で見せてもらえるほど簡単じゃないだろう。というか、彼女と直接話すのはハードルが高い。心臓が破裂する」
「情けなっ。……じゃあ、俺が明美さんの『透明化』を解いてやろうか」
指宿がいたずらっぽく笑う。何か策があるらしい。
「どうするつもりだ」
「お前、俺の能力知らねーの?ちゃんと自己紹介聞いてたか?」
「名字しか聞いてない」
「はぁ……だからお前友達居ないんだよ。いいか?俺の能力は『能力無効化』。明美さんの『透明化』を無効化すれば、たちまちご尊顔が拝めるって寸法よ」
「なるほど。行け」
明美さんの席を指差し、指宿を促す。
「おっしゃ任せとけ」
指宿が自信満々の表情で歩み寄る。そして話しかけた。
「明美さん」
「あ、えっと、指宿くん。だっけ」
明美さんの声が聞こえる。顔がないのに声が聞こえるというのは、中々に奇妙な体験だ。
それよりも、指宿は明美さんに名前を覚えられているようだ。僕の名前はどうだろう。気になるところだ。
「そうそう。それで、明美さんにお願いがあるんだけど。俺と指切りしてくれない?」
「指切り?何で?」
「いいからいいから」
指宿が明美さんの腕を取る。
「うーん。指どこ?見えないんだけど」
「いや、あの」
「ここか」
「ちょっと」
「ゆーびきりげーんまん」
「と、透明パンチ!」
指宿の首がぐりんと勢い良く回った。
・・・・・・
「何してるんだお前」
保健室から出てきた指宿を責める。
「俺の能力は対象となる人物と指切りしないと使えないんだ」
「先に言え」
全く馬鹿な奴だ。
「というか、女の子にノックアウトされてるんじゃないよ。お前も一応男だろ」
「いや、あの透明パンチは侮れないぞ。何しろ透明だからパンチの軌道が全然分からん。パンチを打ったのかどうかも分からん。予想外の不意を突くパンチは良く効くんだ。ありゃ世界を狙えるね」
指宿がぐだぐだと言い訳を連ねる。
「うるさい。役立たず」
「口悪っ。直した方が良いと思うよそういう所。友達出来なくなるぞ」
「いいんだよ。僕は別にぃんっふ!?」
びちゃり。と嫌な感触が、唐突に背中に走る。
「……どうした?」
「何か背中が、急に濡れて」
手を後ろに回してまさぐると、指に液体が付着する。確認するとそれはピンク色だった。更になぜか甘い匂いがする。
「いちごミルク……?」
「どう?どう?ビックリしました?先輩」
廊下の端から声がする。その方向へ振り向くと、一人の女子生徒が立っていた。
手にいちごミルクのパックを持ちながらこっちを観察している。ニヤニヤと心底嬉しそうな笑顔を浮かべている。
どうやらあいつが犯人のようだ。
「あの上履きの色は……中等部の二年かな?」
「それじゃあ、さようなら~」
女子生徒は何かに満足したらしく、廊下の奥に消えていく。
「ちょっとボタン借りるぞ」
指宿のシャツのボタンを引き千切る。
「えぇっ、何で!?」
そのボタンを走る女子生徒目掛け投げつける。それは凄まじいスピードで廊下を駆け、女子生徒の頭部に当たる。
「あだ……っ!」
女子生徒はその場に倒れた。
「……そっか、お前の能力、『加速』だもんな」
「あぁ。
「なるほど……そういう使い方もできるのか……いやちょっと待て、何で俺のボタンを使ったんだ?自分のボタンでやれよ」
指宿を無視して、女子生徒の下へ駆け寄る。
「うん。完全にノびてる……生徒手帳を拝借させてもらおう」
ポケットから生徒手帳を取り出し、名前や能力を把握する。
「これは……!」
・・・・・・
「う、う~ん、ここは……」
女子生徒が保健室のベッドの上から起き上がる。僕は近くの椅子から呼びかけた。
「おはよう。
「なっ……あんた、何であたしの名前知って……」
押収した生徒手帳を右手でひらひらと掲げてみせる。
「色々見せて貰った」
「返せっ!」
秋空がベッドから腕をばたばたして僕から生徒手帳を奪い返そうとする。僕はそれを華麗に避けて、秋空の手が届かない所へ腕を伸ばす。
「そうだな。返して欲しいなら……」
僕がそう言いかけた所で、秋空がニヤリと笑う。僕はその表情から能力の発動を察知して、生徒手帳を空中に放り投げる。
「えっ」
そして先程まで生徒手帳があった場所に秋空の指先がびしっ、と出現するが、空振る。
その隙を逃さずフリーになった右手で指を握りしめる。
「あだだだっ」
「能力で生徒手帳を突っついて落とす作戦だったんだろうが……残念。僕はお前の能力を把握している。言ったろ?色々見せて貰ったって」
落ちてきた生徒手帳を左手でキャッチして、開く。
「能力名『ワームホール』。右の手のひらに直径2cm程度の穴が開いており、その穴を好きな空間に繋げる事ができる。
「あだっ、痛い痛い!指離して!」
秋空が苦痛に顔を歪めながら叫ぶ。
「おい。僕は先輩だぞ。離してください。だろうが」
「性格悪ぅ……」
指宿が何か呟いたが、無視した。
僕が指を掴んで離さない以上、秋空は自分の手のひらに指を突っ込んだまま動かせない。『ワームホール』破れたり。
手に力を込め、指を捻る。
「くっ、ください!離してくださいっ!」
「さて、どうしようかな。僕はお前に一つ頼み事があるんだが、聞いてくれるか?」
「はい!はい!」
言質が取れたので、指を離してやる。
「っはぁー……千切れるかと思った……」
秋空が人差し指をふーふーする。
「さぁ、ここからが本題だ」
・・・・・・
三階のベランダから中庭を覗く。中庭には様々な花が咲いていたが、中にも一際美しい花が咲いていた。明美さんだ。
明美さんは、花に水をやって愛でていた。
「明美さん花好きなんだ……可愛い……」
「えぇ……何ですかこの人。ストーカーさんですか?」
「当たらずとも遠からず……いや当たってるな。こいつはストーカーだ」
秋空と指宿が僕をストーカーだと罵る。失礼極まりない。
「うるさい。お前は黙って僕の言うことを聞いていればいいんだ」
「はいはい。やりますとも。あたしは誰かにいたずらできればなんでもいいですし。さっき先輩にやった事を、もう一回、今度はあの透明人間さんにやればいいんですよね?」
「ああ」
「……そのいたずらに何の意味があるんだ?明美さんの濡れて透けたシャツが見たいのか?」
「違う。というか何が透けるんだよ。本体が透明なんだぞ」
指宿の的外れな質問に溜息を吐きながら、明美さんへ視線を戻す。
「いいか?超能力ってのは体の一部なんだ。神経の反射などの関係で、本人の意志と無関係に動くことがある。ほら、まだ超能力者が現れて間もない頃、そういう事件があっただろ。くしゃみの拍子で放電しちゃったやつ」
「しゃっくりの度に触ってる物を溶かしちゃったやつもあったな」
「秋空のいたずらでびっくりさせて、同じ状況を引き起こす。能力の操作権を一時的に放棄させる。おそらく、明美さんはびっくりする拍子に能力を解除してしまうはずだ」
「なるほど」
「それじゃあ、行きますよっ」
秋空が手のひらを構え、ワームホールを発生させる。そしてその穴にいちごミルクのストローを突っ込む。
「えいっ」
そのままパックを勢い良く握りつぶす。
「ひゃあっ!?」
中庭の明美さんが奇声を上げる。いたずらは成功したようだ。
そして明美さんの制服と、周りの花が消えた。
「……あ、あれ?」
「き、消え……っ」
「……いや、これは多分明美さんの能力だな。周りの物が全部透明になったんだ」
……つまり、作戦は失敗だ。
「まぁ、今までの事件も、誤って発動したってケースばっかりで、誤って解除しちゃった。っていうケースはあんまり聞きませんねぇ」
「……この野郎!どうしてくれる!」
秋空の胸倉を掴み、拳を振り上げる。
「ええっ!?これあたしが悪いんですか!?いやあたし悪くないでしょ!絶対悪くないですって!」
いちごミルクのパックを奪い取る。まだ少し中身が残っている。
「耳貸せ」
ストローを秋空へ向ける。
「貸すわけないでしょ!」
それならそれで。と、秋空の眼球目掛けていちごミルクを握り絞る。
「……?」
が、しかし、何故か中身が出てこない。
「あ、あの、同じ超能力者同士なんだし……仲良くした方がいいと思う……」
教室から一人のおどおどした男子生徒が現れる。
「何だお前」
「あ、えっと、僕、
「同じクラスだよ。本当に自己紹介聞いてないんだなお前。確か、能力は……『液体操作』……だよな?」
「あっはい。そうです」
水門が小さくこくんと頷く。
「『液体操作』……なるほど。それで、このいちごミルクを留めてるってことか」
「はぁー。助かったー」
秋空が安堵の息を吐く。むかついたのでチョップした。
「ふむ……液体操作……ね」
ある閃きが訪れる。
「お前、能力の
「え?どっちもBだけど……」
「うん……それだけあるなら行ける……!水門くん。僕と友達にならないか」
・・・・・・
「さて、取りだしたるは型取り用液体です」
コップを机の上に置く。
「どうしたんだそれ」
「作った。水門はこれが固まらないように混ぜ続けてくれ」
「あっはい」
水門がコップに手をかざし、能力を発動する。型取り用液体が、ひとりでに動き出し、コップの中に渦を作る。
「型取り……。それで明美さんの顔の型を取るって事ですか?」
「そういうことだ」
「えー?でも、そういう液体って一瞬で固まるわけじゃないですよね?明美さんに抵抗されたら型取りなんてできないんじゃ……」
「いや、一瞬で固まるよ。僕の能力で加速させれば」
「おー、なるほど」
「詳しい作戦はこうだ。
1.水門が能力でこの液体を浮かし、明美さんの顔にうまい具合に貼り付ける。
2.僕がその液体を一瞬で固まらせ、剝ぎ取る。
3.明美さんの制服が濡れるのを防ぎ、僕は感謝され、かつ明美さんの顔の型を手に入れる」
「都合いいなぁ」
「さぁ、作戦開始だ」
水門と二人で頷き、明美さんが居る中庭へ
水門と他の二人は校舎の影で待機。僕は明美さんに話しかける。
「やぁ、明美さん」
「あ、えっと、速見くん。だっけ」
明美さんがいちごミルクで濡れたシャツの背中をぱたぱたさせながら僕に応じる。名前を覚えてもらえていたことに思わず顔がにやつきそうになるが、そこをグッとこらえて、事前に考えておいた台詞を吐く。
「あれ。その背中どうしたの?濡れてるみたいだけど」
「うーん。なんかね、急に濡れたの。誰かのいたずらかな」
「それは災難だったね。良かったら、僕が乾かしてあげようか。僕の能力は『加速』だから、一瞬で乾かせるよ」
「本当?じゃあお願いしようかな」
明美さんがくるりと振り返り、僕に背中を見せる。
そして、明美さんの背中に触れる。軽く能力を使うだけだが、それなりに緊張した。
「……はい。終わったよ」
明美さんがもう一度背中をぱたぱたして確かめる。
「わー!本当に乾いてる!ありがとうね、速見くん」
「いやいや。どういたしまして」
明美さんの感謝が心に沁みる。とてもよい充足感。
後ろから(いやただのマッチポンプですよね)と聞こえたので、僕は実行犯じゃないからいいんだ。と心の中で反論しておく。
そして明美さんと良い雰囲気になったところで、水門へサインを送る。
すると、作戦通り型取り用液体が明美さん目掛けて飛んできた。
丁度明美さんの顔に当たった瞬間に能力を発動できるように立ち位置とタイミングを、計って……。
「明美さん!危な熱ぅいっ!」
液体が明美さんに当たる直前で、どこからともなく現れた火球が液体を一瞬で蒸発させた。
「大丈夫か。明美」
「あ、うん。大丈夫。ありがと」
振り返ると、そこには輸送バスの中で明美さんの隣に座っていた、バス爆破の犯人が立っていた。
「……ちょっと待った。今お前明美さんのこと呼び捨てで呼んだな?」
「あ?」
火炎男が僕を睨む。知ったことか。
「あの指宿ですらさん付けだったぞ。なぁ、あんたと明美さん。どういう関係……」
「
どこから見ていたのか、見張りの男が僕の台詞を遮り、こちらに向かってくる。
「……チッ。明美。逃げるぞ」
篝。と呼ばれた火炎男が舌打ちしてから明美さんの手を取る。
「う、うん!」
そして二人で見張りの男から逃げ出す。
「待て!」
「あっ、ちょっ、お前ぇ!明美さんと一体どういう関係なんだ……っ!」
見張りの男と一緒に二人を追いかけようとしたが、すぐに見失ってしまった。
「足遅いのな。お前」
後ろで見ていた三人が僕の下へ来る。
「くそっ。あいつは一体……!」
「あいつ、確かバス爆破した奴だよな。……しかし、変だな。ちょっかい出したのはこっちで、あっちはただ正当防衛しただけなのに。何であいつらが見張りに追いかけられるんだ?」
「……問題児ですからね。あの二人は」
水門が二人が消えて行った方角を見て、口を開く。
「猫を助けるためだけにバスに穴を開けるように命令し、そしてそれを実行した、二人の双子の兄妹。上層部の人間は二人を危険因子だとして要監視対象においているようです」
……双子、兄妹。そうか、兄妹か。なら大丈夫だろう。よかったぁ。
「……腹立たしいですよね。なんだかんだ言って、上の奴らは結局僕らを『管理』するつもりなんです。何の力も持たないくせに……。皆さんもそうは思いませんか?」
「え?いやまぁ、兄妹なら大丈夫だと思う」
「……そこですか?今は別の話を……」
「明美さんの話だろ?違うのか?」
「違う……わけでもないですけど、もっと真面目な……」
「違う話なら僕抜きでやってくれ。僕は明美さんの素顔を見るための考え事をしなくちゃならない」
「お前は人の話を聞かないな」
水門をあしらい、指宿を無視して、また思索にふけろうとした、その時だった。
「……私の素顔がなんだって?」
目の前に制服が現れた。
「あ、明美さん。どうしてここに、さっきあっちに逃げたんじゃあ……」
「この通り、服も透明にして撒いたの」
「へぇ……自分以外も透明にできるんですね。全く気が付きませんでした」
水門が的外れな事を言う。こいつはさっきから何だか話がずれている。
「……それで、私の素顔がどうとか言ってたよね。さっきの変な水も、もしかして速見くん達のせいなの……?」
明美さんの表情は透明だが、分かる。今の明美さんは、僕らに対してとても冷ややかだ。
「……いやいや誤解だよ」
「そ、そうだよ!俺達がそんな酷いことするように見えるかい!?」
「そうですよ!それどころか先輩はとっても優しいんですよ!?さっきも、背中のいちごミルクを乾かしてあげたじゃないですか!」
「何であれがいちごミルクだって知ってるの……?」
「あっ」
指宿と二人で秋空を叩く。
「そういえば、指宿くんもさっき変なことしてきたよね……」
「あ、いや、俺には唐突に人と指切りげんまんがしたくなるという悪癖があって……ごめんなさい。こいつにやれって言われました」
「指宿お前ぇ!」
場の空気が、一段と冷ややかになる。
「皆して……顔、顔、顔顔顔……って。どうしてそんなに見たがるの?知りたがるの?そんなに顔って大事?なくちゃならない物?何で……何で……」
皆、大嫌い。
そう言い残して、明美さんは制服ごと姿を消した。
-つづく-
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