第17話 体育祭準備

 前期が始まってから三週間が経った。

 俺の周りは大分落ち着てきており、最近では朱音関連でいじられることもなくなった。

 だが、朱音周辺が今度は忙しい。その影響か今日も疲れた表情で隣を歩いていた。


「朱音、もしかして……昨日も?」

「……分かる?」

「まぁ、そんな疲れた顔してたらね」

「はぁ……」

「これで二週連続かぁ……モテモテだな」

「やめてよ……」


 朱音は先週からほぼ毎日、告白されていた。

 その理由は隼人曰「お前のせいだろう」だそうだ。

 俺もその時「俺なんもしてねぞ」と言ったのだが、「いや、お前雨宮さんと一緒に住んでるだろうが。それでうちの男子連中が焦ってるんだよ」と言い返されてしまい、俺も納得したので何も言い返せなかった。

 まぁ、つまりこの状況はほんの少しだけ俺のせいでもあるようだが、俺は認めないぞ。モテる朱音が悪い。


「きっともうしばらくの辛抱だよ。そろそろ、終わるんじゃない、きっと」

「ははは……本当にそうだといいなぁ……」


 朱音は遠い目をしながらそう言った。

 それを見て俺はもうこれ以上この件には突っ込まないと決めた。




 時は過ぎ今は六時間目の授業だ。

 今日はいつもと違い、ロングホームルームだった。なんでも来月に開催する『体育祭』について話し合うらしい。今は黒板の前に一人の女子生徒が立っている。


「さあ皆、来月には体育祭よ。これが今年のルールと種目が書かれたプリント。私が一通り説明はするけどしっかり読むように」


 そう言ってプリントを配り始めた。

 そんな彼女の名前は菅原美桜すがわらみお。このクラスの委員長だ。

 菅原さんの容姿はすべて平均値であり、特徴と言えばかけている眼鏡だろう。それによって彼女の委員長度は増していると言っても過言ではない。

 さらに、委員長としての手腕もすごく去年は一年生ながら、体育祭で総合五位、学園祭で総合四位まで導いた実力もある。


 と、これはすべて隼人と蓮夜の評価である。俺も、委員長が似合いそうな子だなくらいには考えていた。

 そんな菅原さんがプリントを配り終えると早速説明を始めた。


「今年も例年通り三日間の開催よ。一日目は運動会種目、二日目と三日目は球技種目。まぁ、これも同じだけど、今年は球技種目の一部が変更されたわ」


 菅原さんがそう言うと少しクラスがざわついた。あちこちから「何だ何だ?」とか「これじゃねとか聞こえてくる」という話声が聞こえてくる。

 俺もプリントを見て探してみたが、見つける前に答えを先に言われてしまった。


「そう、それはサッカーが硬式テニスに変更されたわ」


 まじかぁ……これってラッキーじゃね? 俺のクラスには朱音というこの学園で最強のテニスプレーヤーがいるんだし。

 俺はそう考えたが、同じようなことを考えてる連中も沢山いるようだった。

 だが、隼人だけ反応が違うようだった。


「サッカー、今年はないのか……」

「まぁ、どんまい」


 俺はそれだけ言って後は無視した。

 隼人にとって体育祭など女子にモテるための舞台なのだ。その内の一番得意なのが潰れたという理由で残念がっているだけだろうと俺は考えていた。現に今「リレーで目立てばきっと……」などと一人で言ってるし。こいつは俺の予想を裏切らないやつである。


「でも、シングルスじゃないわ」


 そして、菅原さんの話はまだ終わってなかったようなので、俺は彼女に意識を戻す。


「ダブルス、それも男女混合よ」


 クラスがまたもやざわめきだした。特に男子から。理由としては、朱音と一緒にできる可能性があるからだろう。

 それにしても、男女混合ダブルスとか、学園も面白いことをするものだ。いや、この場合は生徒会といったところ。でも、これじゃあ、選定も難しいだろう。女子は朱音だろうけど、男子となると……スポーツが得意な隼人あたりか?

 と、俺は現実的なことを考えていた。


「出れるペアはクラスから二組。トーナメント形式で争うことになるわ。何かここまでで質問のある人」


 菅原さんはそう言って、いったん説明をやめた。だが、質問は出なかったのでまた話し出した。


「それじゃあ、誰が出るか決めたいけど……まずはこれを聞いておく必要があるかな。皆は勝ちに行きたい? それとも、楽しみたい?」


 その言葉に皆の意見は勝ちに行くだった。


「わかったわ。その方向で人選をしましょう。それでまずは……テニスから決めるか。その方がいいだろうしね」


 菅原さんがそう言うと、ほとんどの男子が息をのむ。皆が朱音と組みたいと思ってるのが丸分かりだった。


「それで勝ちに行くということは必然的に部活所属から選ぶことになるけど……うちのクラスで硬式テニス部なのは、私と朱音ね。私は出てもいいけど朱音はどう?」


 菅原さんがそう言うと、主に男子の「出てくれるよな」という視線が朱音に集中する。


「うん。もちろんいいよ」


 そして、朱音が笑顔でそう答えると、その視線も霧散する。


「わかったわ。それで問題は男子なんだけど……まぁ、テニス部はいないんだしここはとりあえずやりたい人は挙手ということで」


 その言葉と同時にほとんどの男子が手を挙げた。

 だが、ここで珍しいことに隼人が手を挙げていなかった。


「おい、お前は出たくないのか?」

「おいおい、一回振られた女と一緒にテニスをして悲しくなるだけだろうが。それに他の女といちゃついていてモテると思うか?」

「いや、別にダブルスっていちゃつくわけじゃ……まぁ、いいや」


 俺はそれでこのことに言及するのをやめた。これ以上取り合っても意味はなかっただろうからな。

 そんなことを考えてる間にもクラスでの話は進んでいく。


「これじゃあ、流石に多すぎるなぁ……」

「なぁ、一ついいか?」


 あいつは確か……野球部の森山もりやまか。俺の記憶じゃ隼人の次に運動神経が良いはずだ。


「どうしたの、森山君?」

「今回は勝ちに行くでいいんだろう?」

「そうだね」

「それなら、運動神経が良い男子でいいんじゃないか?」

「と、言うと?」

「まぁ、隼人が出ないんなら俺だろうな」


 森山がそう言うと、クラスの男子から、せこいぞ森山などという声がある。

 だが、勝ちに行くという方針に誰も反対していなかったので、この森山の抜け駆けとも思われる行為を男子は止めることはできなかった。女子にも反対する人はいなさそうだった。


「じゃあ森山君で一人は確定ね。もう一人はどうしよっか」


 そう菅原さんが言うと、男子の目の色が変わった。まぁ、最後の一枠だし必死になるのもわかるが……さすがに必死すぎだ。


「とりあえずもう一回挙手で……」

「一ついいかな?」


 と、ここで男子からではなく女子から手が上がった。……って朱音!?


「私、組みたい人がいるんだけど……そういうのってダメ?」


 朱音の願いは単純明快でやりたい人と組むだった。これじゃあ、なんか森山が報われない気がする。あいつはきっと朱音と組むつもりで立候補したんだし。ほら見ろ、かなりふてくされてる。


「確かにペアの相手は大切だけど……その相手に実力がなきゃ誰も納得しないと思うよ? うちのクラスは勝ちに行くんだし」

「それなら大丈夫だよ。その人はちゃんと実力があるから」

「ほぉ~なかなかの自信ね朱音。その人はそんなにすごい人なんだ」

「うん」


 朱音のこの発言によって男子の中では一種の犯人捜しのようなものが始まった。あちこちで「お前か?」、「俺じゃねーぞ」と聞こえてくる。

 そんな中で俺は嫌な予感がしていた。朱音の言ったことから大体の予想はできた。そして導き出された答えを俺はあまり信じたくない。


「優、そんな引きつった顔してどうしたの?」


 そんなことを考えていると、未来に話しかけられた。どうにも顔に出ていたらしい。

 俺はそれをごまかすように努めていつも通りにした。


「いや、何でもない」

「そう? それにしても、誰だろうね朱音がやりたい人って」

「さぁ~俺には分からないかな」

「む、その顔は何か知ってる顔ね」

「何も知らないって」


 俺がそう言うとちょうど菅原さんが皆を静めていた。

 俺は逃げれてラッキーと思ったが、これで朱音がペアを指名する時間が来てしまったということだ。

 男子連中は固唾を飲んで発表の瞬間を待っている。俺は別の意味で固唾を飲んでいた。


「それで朱音は誰と組みたいの?」

「優君」


 朱音がそう言うと俺はクラスの男子から嫉妬と殺意のこもった視線を貰った。そして、その顔には「またお前かぁ~」と書いてあるような気がする。いや、いつも思うけど俺なんもしてないからね。


「雨宮君ってテニス出来るの?」


 そんな状況でも菅原さんは冷静だった。流石委員長。


「いや、まぁ、中学の時にやってたぐらいで……」

「そう。なら大丈夫ね。でもさっきは手を挙げてなかったみたいだったけど……どう、やってくれる?」


 菅原さんがそう言うと皆が一斉に俺を見た。男子の顔はやはりというか「辞退しろ」という感じだ。

 それを見たら俺も辞退したいしたくなる。それに、俺は最初からやりたいとは思っていなかったので、その方向で落ち着かせようとした。


「俺は……」


 辞退させてもらうよ、と言おうとしたがそこで朱音と目があった。そしてその目からは、どうしても俺とやりたい、と言われているような気がした。菅原さんとも目があい、俺にやってほしい、という雰囲気を感じる。

 俺は悩んだが、結局朱音と菅原さんの視線に負けたのでやることにした。俺にはあの二人から感じる思いを裏切ることができなかった。たとえそれが俺の事情を無視することになったとしてもだ。


「……やるよ」

「本当!?ありがとう雨宮君」

「……うん」

「よかったね朱音」

「うん!」

「皆も異論はないね」


 クラスからは何も出てこない。あるのは男子からの嫉妬の視線だけだ。


「じゃあ、どんどん決めてくよ。まだまだ種目はあるからね」


 こうして俺は男女混合ダブルスに出ることになった。

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