(12) Synchronicity Ⅳ

 

「シルバーソードのローテーションとしては、有馬1本が理想です。夏の上がり馬ですからね」

 

 ブライトホース・レーシングクラブの小林が言う。競馬に興味を持ったのがゲームからなので、こういった、ローテーションを考えることが大好きなのだ。

 

 秋のGⅠ戦線には2パターンの馬が参戦する。賞金的に秋のGⅠ戦線に確実に出られる、ローカル時期を休養に充てた『実績馬』。そして強豪のいない夏のローカル開催で実績を作った『上り馬』。

 

 馬は間隔を空けると、様相ががらりと変わる。昔、欧州で、連勝しにくくするために3冠レースをくっつけて開催した時期があったが、逆に好調が維持されて3冠すべてに活躍する馬が続出してしまった。夏場の競馬閑散期が、調子を大きく変動させるのだ。日本の3冠戦線も、4月の皐月賞と5月のダービーは勢力図がさほど変わらないが、10月の菊花賞ではがらりと変わる。

 

 その事情から、ローカルが終わって秋競馬が始まってすぐは、好調を引き続きキープしやすい夏の上がり馬の方が有利だ。休み明けの実績馬は人気の割に苦戦する。

 

 だからシルバーソードは、秋緒戦の神戸新聞杯では実力をそのまま出しきれると想定できた。実際そのとおりになり、誰もがおどろく末脚を使い、菊花賞の権利を獲れた。その後菊花賞でも激走し、今年すでに9戦を消化した。今後は分からない。疲れが出て、バタッと大敗してしまうことも考えられる。

 

「見た感じとしては、どうですかね?」

 

 小林が生名調教師に尋ねる。

 

「これまで報告したとおりですね。特に疲れが見えるところはありません」

 

 生名調教師は馬主にこまめに連絡を入れることで知られている。

 

「やはり有馬1本で考えましょう」

 

「しかし、それだと……」

 

「それだと?」

 

「有馬に、確実に出られるでしょうか?」

 

「うーん……」

 

 賞金的に見れば、ローカル重賞1勝の実績しかない馬に、GⅠレースの18頭枠に入れる可能性は薄い。

  

「まぁ、でも有馬は大丈夫なんじゃないかな。出走がファン投票ですから」

 

 小林が笑顔で言う。そして続けて、

 

「ファン投票で選ばれますよ。あれだけ派手な脚質ですから。ファンはソードの潜在能力を分かってますよ」

 

「そうですね。まぁたしかにあの後方一気は、人気を上げますね」

 

 生名師もそれを認めた。

 

「それに、これだけジャパンカップに出てくるんだったら、有馬は層が薄くなるでしょうから。ロモノソフは夏を使ったから有馬は出ないでしょうし、エターナルランもジャパンカップ後に休養でしょ」

 

「リュウスターも出ないと思いますね、我々の情報ですと」

 

 佐々木が付け加えた。

 

「そうですね。じゃあ、クラブさんのお考えどおり、有馬1本で」

 

 生名師が言った。

 

「でも先生、なにかお考えがあったのでは?」

 

 佐々木が聞く。

 

「いや、あまりにソードが元気いっぱいなので、有馬の前にもう1戦使ってもいいかと思いましてね」

 

「もう1戦、ですか?」

 

「そう」

 

「どれを、ですか?」

 

「まぁ、たとえばステイヤーズ・ステークスとか」

 

「えぇ! あの最長距離レースを?」

 

 クラブの佐々木と小林は顔を見合わせた。

 

「中山を2周ですよ。反動が出て有馬に出られなくなるんじゃないですか?」

 

 小林はそう言いながらも、気持ちを高ぶらせていた。異例のローテーションが大好きなのだ。

 

「とにかく元気いっぱいなんです。もう1戦挟んでも、有馬は大丈夫じゃないかと思います」

 

 堅実な生名調教師の意見なので、これはクラブの面々には効いた。

 

「いい、かもしれないですね」

 

 小林が呟くように言った。

 

「最長距離戦で最後方からまとめて差し切り! ソードの伝説が作れますよ」

 

 小林の部下の山木が、アシストするようにうしろから言った。

 

「ちょっと無茶かと感じるかもしれませんが、しかし、言いたくないが、もし有馬で、菊花賞のときのようにタイムシーフとフレアに負けて3着になったら、来年また賞金不足に苦しめられますからね。ここでGⅡの賞金を加算しておけば、来年はローテーションを気にしないで使えます」

 

 佐々木は唸った。小林たちの感情的な意見はともかく、生名師の理論的な説明は理解できた。たしかにこの賞金のまま年を越すと、来年、ぶっつけで大阪杯のローテーションは組みにくくなる。有馬で負けたとして、1月のAJCCや日経新春杯あたりを使うのなら、元気いっぱいの今使っておいた方がいいかもしれない。

 

「マルクさん」

 

 佐々木が身体の向きを変えた。そして青い目を見つめて、

 

「ステイヤーズ使ったら、乗ってくれますか?」

 



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