第130衝 叮寧の鑑連
大友方の諸将は、宝満山城攻めから秋月次男坊の討伐へ、頭を切り替える事には成功した。
出発直前に、筑紫勢を撃破した斎藤隊が宝満山の陣に到着。斎藤隊を統括する吉弘は、この前戦の殊勲者に包囲陣を預けることとなったが、それを見た鑑連は、
「クックックッ、吉弘め。勝ちに乗る将を外しおった。これだからあれ自身は勝ちに恵まれないのだ」
と、幹部連に聞こえるように評した。確かにそうかもしれないが、と備中も考える。勝利は人を変える。そんな勢いに乗る斎藤隊を外す事は他の将兵に与える影響もあるだろうし、もしかしたら、高橋勢を抑える要として委ねたという事もあるのではないか。が、小野甥は鑑連へこう述べた。
「斎藤隊の主力である筑後勢にこれ以上功績を立てさせたく無かったのでしょう。問題を解決するのはあくまで豊後勢だ、と」
「誰がだ?」
「吉岡様が」
「クックッ、なるほど。そうかもな」
備中はこの解釈には些か驚いた。つまり、吉弘自身は政治的意志を持たず、あくまで吉岡の代理人である、と小野甥は述べたことになる。事実だとしたら、と備中は言いようもない不安を感じる。自身、確固たる意志を持たない人物が、戦いの勝利者に成り得るだろうか、と。
進軍を開始した後、秋月勢が筑前上座郡(現朝倉市)で迎撃の体勢に入った事が斥候隊より伝えられた。そこで小休止をとった鑑連は十時を呼び、
「一隊を率いて嘉麻郡へ進め。そして人家を手当たり次第、焼き払ってこい。ワシらは十年前に布陣した辺りに至るから、そこで合流する」
「はっ」
「娘婿の恨み、存分に晴らしてこい」
「……はっ」
備中は、十時のために小休止をとった鑑連の優しさに気がつき、驚いた。そして独り言ちる。ああ、私もその優しさが欲しいのです、と。
その死んだ娘婿の実父である安東は、努めて気丈に振舞っていた。備中にも進んで話しかけてくる。
「よう備中!元気がないな。元気だせよ!」
「は、はい」
気の利いた事も思いつかない備中に、安東は呟いた。
「……息子の仇を絶対に私の手でとるつもりだ。応援してくれよ」
「……はい!」
戸次隊、吉弘隊、臼杵隊合わせて一万を越える大軍だが、夜須の山々を左手に進軍する中で、軍の威容を恐れずに立ち向かってくる者たちもいる。
「敵襲です!」
「まだ秋月の騎馬隊ではないだろう」
「はっ!行きは我らを通した土豪らです」
「古くから秋月に近い連中だ。筑前に平和をもたらすには、この古臭い者どもを一掃しなければな。数は?」
「寡兵です!」
「では誘導されないよう、慎重に迎撃だ」
「はっ!」
「大丈夫でしょうか、安東は復讐心に駆られて突出するかもしれません」
「それはそれで良い。安東が戸次隊を引っ張って行くのであれば、吉弘と臼杵に先駆けて戦場に到達できる」
一瞬備中は不安になる。もしかして主人鑑連は先の先までは読んではいないのではないだろうか。今回は油断しているのか、それともこれまでもそうだったのか。
しばしの小競り合いの後、戸次弟が心配そうに報告をする。
「安東隊が突出しました」
「では由布に追撃を伝えろ。ワシらも追うぞ。戦は勢いに乗る事が何よりも大切なのだ。今の目標は秋月勢の撃破、これ以上明快なものはない」
「はっ」
戸次隊は歴戦の武士で揃っているだけでなく負け知らずでここまで来ている。味方の士気を高める以上に、敵に対しての圧力は相当のものがあった。
「吉弘と臼杵は?」
「すでに背後です」
「よし、最初に戦場に到達するのはワシらだな、クックックッ」
息子の復讐に燃える安東の戦果は目覚ましく、それは企救郡山中で安芸勢を見事に撃破したかつての戦いを彷彿とさせた。怒涛の勢いで進撃する戸次隊は、迎撃の数を増す秋月勢を次々に破り、敵拠点に到達した。それは、古処山ではなかった。
「逃げ散った敵は、この山に逃げ込みました。呼び名は確か、夜須見山だったかと」
「そのまんまだな」
「古処山と比べても低くなだらかな山ですが、城があります」
「秋月の次男坊がここにいるとは思えんな」
「はっ、ですが安東隊はすでに突入をしております」
「この城に取りかかれば、吉弘隊臼杵隊は先に古処山に到達してしまい、我々は遅れをとることになりますが」
戸次叔父と弟の進言に対し、鑑連は即答する。
「いずれにせよ、古処山まで進むに際し、この山を放置はできん。攻略し、拠点とするぞ」
安東は仲の良い十時と競い合って武勲を重ねて来た武将だが、十時が他の地域を焼き払っている今、まさに独壇場であった。疲れを知らないばかりか仇討ちに突き動かされた安東の猛攻の前に、夜須見山城城主は降伏を余儀なくされ、配下の命を守る事と引き換えに自害して果てた。
城内へ入り、安東の復命を受けた鑑連は彼の独断専行を非難しなかったばかりか、
「よくやった」
と短くも心のこもった言葉をかけた。
「次は本命の次男坊だ。これを討ち取れば、倅も草葉の陰で喜ぶ」
安東は無言だが、気合を十分に宿した表情をして下がった。そして幹部連に向かって述べる。
「対次男坊緒戦は上々だが、次男坊はきっと何かを企んでいる。それが何かはまだワカらん。予測がつかないのではなく、追い詰められている連中に、何か打開策がありえるのか否かだ。ワシの考えでは、無いのだがな」
「それを、吉弘隊、臼杵隊を先に差しむける事で見極める、という事ですね」
「その通り」
珍しく慎重を口にした鑑連。
「秋月次男坊は、当初高橋討伐に向かうワシらを通過させたばかりか、申し訳ない程度の手勢もつけた。そして密かに高橋勢と繋がり、こちらの情報を流していた。これだけで済むとも思えん」
「まだ裏切者が潜んでいるのでしょうか」
「どうだかな……おい備……いや、弟よ。豊前からの報告は無いか」
「え……あ……その、は、はい。特段の異変はございません、兄上」
鑑連は思わず備中を呼びそうになったのは間違いない。が、あといっぽで主人が軌道修正した事に、胸を痛める森下備中。
が、戸次叔父が男気を見せる。
「備中、その……私が備中に頼んでいた博多方面の状況はその後どうかな。変わりがないか、しかと殿へご報告をするように」
パアッと笑顔になったのを自分でも感じた備中。戸次叔父の優しさに感激したが、
「叔父上、博多方面は相変わらず平和です。立花山城にいる怒留湯から、定期の報告が来たばかりですから」
「さ、左様ですか。失礼いたしました」
「……」
「……」
「……」
無言が広がる広間。それを打ち払ったのは、十時からの伝令であった。
「申し上げます!十時隊、嘉麻郡に乱入し、秋月に味方する土豪らの家々に火など放っております!」
「おお、上手くいったか!」
「はっ!山を越えて、古処山へ逃げ込む者多く確認できております!」
「よくやった。戻って十時に伝えろ。ワシらが、いいか。ここが重要だ。ワシらの進軍に合わせて、山の西回りで進軍するのだ。吉弘隊、臼杵隊の呼吸運気に合わせてはならんとな」
元気よく返事を返した伝令は矢のように飛び出して行った。
「これから吉弘隊と臼杵隊が先行して奥地に入る。皆で敵の狙いをしかと見極めるのだ!」
「ははっ」
紆余曲折を経て、戸次隊は士気と気力を維持したまま、対秋月戦の要衝を押さえる事に成功していた。一方、備中は相変わらずの苦境に悩乱を続けていた。
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