第6衝 肥後の鑑連

「遅かったな」


 堂々たる威姿で仁王立ちをする鑑連の前に面を下げる森下備中。


「当家の兵を追加で連れて参りました。他、他家も我らの後に続きま」

「それよりもそこな坊主は何者か」


 大切なはずの報告を遮られた備中の悲しみは大きい。一方、ズビシと指を刺された角隈石宗はズイと前に出張る。


「ははっ、それがし天道に通じておる者であります。此度の風雲、殿の前途に吉を呼び込んで見せましょう」


 無論、鼻でせせら笑う鑑連。曰く、


「ほう、ならば神仏鬼神の力を用いて阿蘇家を降伏させ、逃げ込んだ入田の首をとってこい。そうすれば信用してやらんこともないかもしれん」


 言い方もこの主人の単純でない性格を表しているが、なんという無理難題を押し付けるのか。いきなりの角隈石宗も角隈石宗だが、鑑連も相当なワルである。出来るはずもないことを問答して、時を無駄にするべきでないとは、指揮官でない備中ですら思うことだ。加えて、鑑連は、


「貴様、こんな間抜け坊主を連れて来いと、誰が命じた。言ってみろ」


と口にこそ出さないが、鋭い徴罰の視線を備中に浴びせかけている。憂鬱が募り心配そうに石宗を見上げた備中だが、いささか驚く。その男の顔は自信に満ち溢れていた。


「はっはっはっ! そのような事、余りにも簡単でござる」


 そう言うとその場で垂直に躍り上がった石宗。そのまま地団駄を踏んだかと思うと、あぐらをかき、尻と膝をバタバタさせ始めた。空中を飛んでいるつもりなのだろうか。そして実に耳障りな奇声を放った。


「ぐふっ、ごふっ、おええっ、ぎゃああ!」


 誰もが声もなく呆然と目の前の凶行を目撃している。そしてしばしの沈黙の後、石宗は厳かに立ち上がって曰く、


「明日、あるいは明後日、雨が降る頃には良い結果となるでありましょう」


 そう言い、備中用に拵えられた陣屋へ入り去った。無礼な声も聞こえる。


「小さいのう、狭いのう。こりゃ、惨めじゃなあ」


 遂に、鑑連は口を開いた。


「おい備中、あれはなんだ」

「はっ!戸次家に吉を呼び込むとしつこいものでして……」

「愚か者!そういう商売なのだあの手合いは!」


 ついに鑑連にケツを蹴り飛ばされてしまう備中。


 商売か、なるほどそうかもしれないが、色々な生き方があるもんだ、と妙に納得してしまう森下備中であった。



 翌日、山の天気は変わりやすい、と湿り気味になった空をみて備中はもしや、と期待値を上げつつ主人の顔を見やる。鑑連も常に天気を気にしているが、それは攻勢を計るため。昨日の話など全く気に留めていない様子だ。


 そこに急使がやって来る。阿蘇家から至急大将にお伝えしたい内容が、という。もう一度主人を見る備中だが、鑑連はあまり動じていない様子。それなりに身分の高いその急使の話を聞いても、鑑連は特に表情を変えることはないように見えたが、辛く厳しい主従関係の長い備中は見落とさなかった。鑑連の目元がヒクついているのである。


「うーん、あれがどんな感情によるものなのか」


 急使からの報告が終わると、鑑連は全く表情を変えずに備中へ命じた。


「あの坊主を連れて来い」


 石宗は備中からこの話を聞くや己の頬をバシバシ叩き、なにやら気合を入れていた。それでいてニッコリ笑うのであるから気味が悪い。


「どうせ話すことなどないだろうが座ってろ」


 鑑連と石宗の会談に、備中も同席を命じられる。気持ち、口調が弾んでいる様子であった。鑑連から口を開く。


「よお先生、ヤマカンがあたったな」


 いきなりなんて冷たい言い方、と肝を冷やした備中だが、石宗は平然とニッコリしている。


「なんにせよそれがしの見立て通りに事が進んで祝着至極」


 いかつい笑顔をぶつけられてもニコリともしない鑑連の愛想の無さだけは平常運転である。備中は今後どうなることかハラハラしているが、予想にもしない言葉が鑑連の口から出てきた。それも執念が籠っていた。


「先生、ワシがこの肥後攻めで確実に功第一等になれるようにしろ。名誉と報酬は約束してやる」


 その言葉を聞いて家臣ながら備中は無用の心配では、と考える。今回、戸次隊は先を進んでいるし、大将の気と我の強さでは、鑑連の右にでる者はいないはずであったから。それとも自分が知らぬ懸案事項があるのだろうか。


「わかり申した、佐伯紀伊守の化けの皮を剥いでご覧に入れましょう。それも殿が望む形で、ははっ」


 今度は乱杭歯をむき出しにしてニカっと笑みを作る石宗である。歯の所々が茶色に染まっており、備中は胸が悪くなった。


 それにしても、と自身の洞察力の至らなさに心痛め、さすがに反省する森下備中。なるほど、佐伯紀伊守は主人にとって競争相手なのか。が、敵よりも味方の足をひっぱるとは、なんだか相変わらずのお屋形だなあ、と鑑連の命令をハイハイ聞き処理しながら嘆かわしく思う備中であった。

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