Scene 5.
「は、えっと……自分の意見は、さっき二号さん? が言ってたことと似た感じなんですが。
猫がスパイだとして、けど今のところ、向こうからは何のアクションもないわけで……。
それなら、特にこっちからわざわざ何かする必要もないんじゃないかなぁって……そんな感じで」
頭をかきながら、四号はもたもたした口調で言う。
それを馬鹿にしたように、一号は鼻を鳴らして、
「どんな感じだ、それは」
「つまり、現状維持の静観、ってこと?」
吐き捨てる一号を無視して、隣席の三号が四号の要領を得ない発言を端的にまとめてみせる。
「はあ、そんなとこです」
眠たげな四号の発言に、すかさず声を荒げたのは弁論者一号だった。
「何を悠長な……それでは何の意味もないではないか!
ここでこうして議論を重ねているのを無駄にするつもりか」
「賛成であれ反対であれ、議論には真剣に参加していただきたいのですけれど」
「えっと、一応、真剣に考えてみたつもりなんですけど……」
一号に続けて六号にまでそう憤慨されて、四号は困った様子で緩慢に言葉を続ける。
「今まで、宇宙からコンタクトがなかったのは事実ですよね?
で、向こうの意志というか、どういうつもりでスパイなんか送ってきてるのかもわからないし。
それで……っていうか、だから、っていうか、こっちから下手に相手を刺激するようなまねをして、その気のない相手をその気にさせてしまったら、何か、馬鹿っぽいなぁって思って」
「スパイに対して過剰反応をすれば、やぶ蛇になるかもってことか……」
「そうです、それ。やぶ蛇ってやつ。
やー、八号さん頭いいなー」
言いたかった言葉を見つけてもらえて、四号の声はうれしそうだった。
だが、その声を打ち払うように、弁論者一号が更に声を荒げて言う。
「だからといって……見て見ぬふりをするというのか!」
「それもアリなんじゃないですか、一つの方針として」
弁論者三号がそう四号を支持してみせたのが、いきり立つ一号を更にあおった。
一号は立ち上がると三号の方を向いてまくし立てる。
「甘いと言っているんだ!
そんなことを言って我々が手をこまねいている間に、猫は全人類の洗脳を完了してしまうぞ!
大体、これほど大規模なスパイ活動を行っておきながら、敵がこのまま何もせずにいるわけがないだろう!」
「……それはどうでしょうねぇ」
「何だ?」
「別に」
「何なんだ君は!
さっきからぶつぶつと……発言ははっきり、聞こえる声でしろ!」
言って、一号は荒々しく着席する。
カメラと、そして弁論者たちの視線が自分に集まっていることに気づいて、弁論者三号は心底めんどくさい、と言いたげな溜息をついた。
椅子に姿勢を正して座り直し、そして三号はおもむろに話し始める。
「科学的論証がお好きな一号さんは、動物園仮説というのを当然知ってますよね」
「動物園仮説……」
一号が何とも答えないのを見て、三号は皮肉っぽい口調で続けた。
「フェルミのパラドクスに対する一つの回答ですよ」
「ふぇるみのぱらどくす……?」
三号の言葉をたどたどしく反復して、弁論者四号が首をかしげてみせた。
三号は小さく肩をすくめると、その場に向かって思いがけずよく通る声で説明してみせる。
「宇宙に知的生命体が存在しているのなら、彼らはどこにいるのか?
なぜ我々の前に姿を見せないのか?
その理由は、宇宙人にとって我々は観察対象だからである。
我々の進化の過程、文明の形成と変遷の過程を宇宙人は観察している。
純粋な観察結果を得るため、我々に不必要な影響を与えることを避けるため、宇宙人は我々に直接接触してこないのである――というものですが」
「へぇ……なるほどー」
その
「それは……それはただの仮説だろう!」
「まあ、そうです。
けど、全く非論理的な仮説、ということでもないでしょう?」
そう言って、三号は役目はすんだとばかりに、椅子の背もたれに体重を預けて周りの反応を悠然と眺めた。
「その仮説が正しいのならば、猫がスパイだからといっても、撲滅する必要はないのでは」
「いや、しかし六号女史、現に我々は猫を宇宙人のスパイではないかと疑っている。
その根拠もある。
この状況は、その動物園仮説とやらと矛盾しないか?」
「それは……」
五号の言葉にとっさに六号は反論できない様子だった。
五号の発言に便乗するように、八号が身を乗り出して言う。
「それに、宇宙からの通信とか電波とかを受信したっていう話、たまに聞きますよね。
UFOの目撃情報とか、ニュースになったり動画や写真がアップされてたりするし。
あれってじゃあ、何なんでしょう?」
「動物園仮説によって、UFOが宇宙人の乗り物である可能性は否定されますね」
八号の疑問にあっさりと三号が答えてみせたが、それに疑問を呈したのは弁論者七号だった。
「仮説を前提に事実を否定するのですか。
それは誤りではありませんか? 本末転倒というものです」
「UFOが宇宙人の乗り物だという事実があるんですか」
「目撃者があり、その証拠の映像が残っていることが事実では?」
自信たっぷりに言う七号に、しかし六号が落ち着いて訂正を加える。
「いえ、それは違うでしょう。
UFOそのものと、それが宇宙人と関連するものであることとは別物です」
「確かUFOって未確認飛行物体って意味でしょ。
そもそもは、“空飛ぶ円盤” って呼ばれてたものに名前をつけたのが最初だったんじゃなかったっけ?」
六号の発言に続いてそう四号が相変わらずとぼけた調子で言った。
それに七号は怪訝そうな口ぶりで、
「それが宇宙からの飛来物だということでは――」
「いやー、確か “空飛ぶ円盤” は最初、軍事兵器だと思われていたはずですよ。
一九四〇年代だか五〇年代の頃、アメリカで目撃されたのがきっかけだったんだ。
丁度、冷戦の最中だったとかでアメリカ空軍が警戒して、目撃情報を集めて調査し始めたのが最初だったはずだ」
「お詳しいんですね」
弁論者五号が開陳した
女性にほめられて照れたらしく、五号はちょっと笑って言った。
「昔、SFにはまって自分でいろいろ調べたりしたもんで」
「自分もSF好きですよー。
『スター・トレック』とか、映画もアニメもよく見ますし」
「いや四号くん、私が好きなのはSF小説でして。
ハインラインとか、ブラッドベリとか――」
「ブラッドベリなら私も読みます。いいですよね」
「おお、六号女史も? こんなところで同好の士に出会えるとは」
「小説なら俺も少し読みますよ。俺はディックみたいのが好きなんですけど」
「あら、八号さんもなんですか? 皆さん、読書家でいらっしゃるんですね。
何かおすすめの作品、教えていただけます? 私も少し勉強しないと」
「それでしたら、あたしにも教えていただきたいですね。
できたら、初心者でも読みやすいものがいいのですけど」
「初心者向けかはわからないけど、僕的にはオースン・スコット・カードはおすすめだね。
あとアシモフは必読じゃない?」
和やかに弾む会話と
「話がそれてるーっ!!」
弁論者一号の発した怒号に、一同がきょとんとした様子で視線を向けた。
衝立の向こうでほとんど仁王立ちになって、一号のシルエットが肩を怒らせて怒鳴った。
「何なんだ! 何でここでSF談義が始まってるんだ!
そろいもそろって……私にもわかる話をしろ!」
「ああ、すみません。一号さんはどんな小説が好きですか?」
「違う! 小説は今関係ない! 猫はどうしたんだ、猫は!」
「そういえば、ハインラインの有名な作品に猫の出てくるものがありますが」
「ブラッドベリにも、猫が題材の短編がありまして」
「違うと言っている!
何で “別に話それてませんが何か?” みたいな空気作ってるんだ!」
「話に入れないからってさぁ、そんな怒ること?」
「別に自分ら、一号さんのことハブったわけじゃないですよー」
「だーかーらー……!」
論点のずれを修正できない苛立ちに一号が鼻息を荒くしている。
再び一号が爆発してしまう前に、議長が努めて平静な調子で一同をなだめた。
「えー……弁論者一号のおっしゃる通り、少々、議論が脱線してしまっているようです。
弁論者の皆様には、この時間の中で有意義な、実のある弁論を展開していただきたく思います」
教師に悪ふざけをたしなめられた生徒のように、弁論者たちはすねたような雰囲気で口をつぐんだ。
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