第2話 最小不遇の冒険者
異世界転死…ちょっと笑える…。
度々思い出して笑う…口周りの筋肉は一ミリも動かないのだが。
まあ、筋肉もありはしないけど…。
ここは、ナラドキア王国の所領の一つアルバレイン領グランデルの街で、さっきまで戦っていたのは、迷宮のランクとしては最低のアイアン級の迷宮だ。
迷宮には冒険者ギルドに登録した冒険者が挑み、魔獣を討伐する過程で手に入れる魔獣の素材や迷宮内の宝物などを売ったりして生計を立て、装備と能力や仲間の拡充を図る。
強くなれば、より迷宮の奥へと進むことができ、より強敵を倒すことができる。
それによって冒険者としての評価を上げることで、さらに上位の迷宮に挑む力を得る。
要はその繰り返しで、より強力な迷宮へと挑戦していく。
これが、迷宮内に入る前に『冒険者ギルド グランデル支部』で見聞きした内容だ。
地上に出てくると、時刻はもう夕方だった。
街の中心の円形の広場には円筒形の防壁を中心に屋台が取り巻き、その周囲を建物が囲っている。いずれも、冒険者のための商業施設などだ。
中心の防壁は内部に小さい円筒形の建物を抱えており、それが『グランデル地下迷宮』の入り口である。
そこから防壁の門を通って何人もの冒険者然とした人間が出てきている。
そこにはドワーフに、エルフもいた。
ファンタジー世界の定番の種族にひとしきり感動したのを除くと、みな若い。
一様に軽装備で、体全体を覆うような金属鎧のような防具は付けておらず、皮鎧に金属を貼り付けたような防具に留まり、武器もショートソードやら片手斧に槍など、ファンタジーを楽しんだ人間にとっては想像の範疇のものだ。
初級の迷宮だから若者が多く、装備もまだまだ充実していないのだろうと想像すると、口元がゆるんだ。
分かる。みな、きっと自分の活躍を夢見て冒険者になったんだ。
まだまだこれからだと、胸に希望を燃やしているに違いない。
ともあれ、迷宮の探索を終えて出てきたであろう面々は、仲間同士で、見知った顔同士で、無事を確かめ合って、収穫の多い少ないで笑いあっている。
骨太で丸太のような二の腕の大男やら、立派なあごひげで顔に刺青をした男、そういう強面の面々が破顔しているのは見ている方も気持ちが良い。
人の無事を喜べる人間は格好良い。
「早く来いよー。てめーコラ!本当使えねーな、コラ!」
少年は、跳びネズミの素材で膨れ上がったリュックに押しつぶされんばかりの体勢で懸命に歩き、その前方でベンゾたちが苛立たしげに急かしている。
「ぐぅっ…す、すぐ行くっ!」
少年は、言葉を搾り出すと、肩に食い込むリュックの帯の位置を直し、痛みに耐えるように歩き出す。
個人的に、人の事を『使えない』という人間は、控えめに言って大嫌いだ。
なんで自分本位で相手が道具みたいな扱いをするのか。
いや、出来るのか。
迷宮入り口の正面に建つ一際大きな冒険者ギルドに向けて、すでに列が形成されていて、四人は前方に並ぶことは出来なかった。
ベンゾが大きなため息を吐いて見せ。
「お前もう帰れ。いつも通りギルドでの買い取りは俺たちでやっとくから。コレ今日の分け前なー」
そう言って三人で少年から荷物を荒っぽく剥ぎ取ると、硬貨を握った拳で小突いて列から追い出す。
「今日もありがとう。明日こそ役にたつよう頑張る」
ベンゾがマッカインと顔を見合わせて、今日初めて少年と真っ直ぐ向き合う。
「コゾー、ポーション忘れるなよ。俺たちはコゾーを守るセキニンがあるからな。俺たちが戦えなくなるのは一番まずい。俺たち戦って、コゾー俺たち支える。当たり前だよな?分かってるよな?」
少年は頷いて町並みの方へ歩き始めた。
「もちろんお前の金でなー」
少年の背中に声をかけると、ベンゾとマッカインが冷たく笑ったように見えた。
少年について歩く。
夕日の中改めて見る少年は、小学生程度の低身長。
幽霊の体が生前の身長だとするなら俺の身長は180cmで、その俺からすると胸から下程度の身長しかない。おおよそ130cm位で、10歳前後ではないだろうか。
体つきも華奢で、ボロボロで薄汚れたマントを羽織り、フードから見える短めの髪はくすんだ茶色でボサボサだ。
荷物持ち用の大型リュックと腰の皮袋をベンゾたちに返した後の少年の装備といえば、太ももに付けた自分用の皮袋と皮製の水筒、腰に差してあるナイフくらいだ。
風に翻るマントの中には、シャツとズボンだけで、皮鎧すら着けていない。
なんでこんな子供が、あんな危ない仕事を…。
自分の小学生の頃を思い返す。
学校は好きではなかったし、宿題も嫌で仕方なかった。
ゲームは従兄弟のお下がりの古いゲーム機で、ゲームソフトはクリスマスプレゼントでしかもらえなかったし、『ゲームは一日一時間』なんて制限されて思うように遊べなかった。
友達は自由にゲームさせてもらえるのに!
何時まで起きてても怒られないのに!
スナック菓子を一人で一袋食べても良いのに!
…いつも、不満だらけだった。
少年の今の環境からすると、自分の小学生時代など幸せ以外の何物でもないだろう。
小学生時代の自分が恥ずかしくなった。
同時に、もしかしたら少年は、呑んだくれの駄目親父にでも無理やり働かされているのではないかと想像して、一人義憤に燃えていたのだが…。
少年は、商店でポーションを一つ買うと、パン屋で一番安い固そうな小さな黒パンを三つ買い、自ら宿屋にチェックインした。
どうやら呑んだくれ親父はいないし、怖い継母もいないらしい。
慣れた様子で、カウンターの骨ばった宿の主人に一晩の宿代を前払いし、部屋番号だけ聞くと二階へ上がっていく。
残念なことに、チェックインには記帳どころか名前の確認すら必要ないらしく、未だに少年の名前が分からない。
少年は、二階の廊下にずらりと並ぶ扉の一つを開けると中に入って、床に腰を下ろした。
狭っ!正直な感想がもれた。
畳み一枚分の広さの部屋は板張りで、何もなかった。
ベッド、クローゼット、洗面台…そんな当たり前と思えるものが何もないのだ。
辛うじて、壁に使いさしの短くなった蝋燭が刺さった燭台が付いているくらいだ。
少年は、申し訳程度に付いている小さな木の窓を開けると、黒いパンをかじり始めた。
無心でパンを咀嚼し、皮の水筒の水で流しこむように飲み込む。
その様子は、少年にとっての食事がただのエネルギーの補給であって、楽しみなものなどではないと思わせるには十分だった。
パンを食べ終えた後、少年は宿屋の裏に出た。
解体に使っていたナイフ片手に木の幹目指して何度も突進を繰り返していく。
強くなるための特訓だろう。いつからこうしているのか、どれほど続けているのか、一抱えもある太い木の幹の同じ場所が、大きく抉れている。
刃渡りの短いナイフの突進で。
汗で顔に張り付いて視界を遮る前髪を無造作に払い、何度も突進を繰り返し、日が暮れて周囲が見えなくなって、ようやく少年はナイフを腰にしまった。
部屋に引き上げる前に、井戸で手ぬぐいを濡らして絞る。
宿に風呂施設などはないらしく、部屋の戸を閉めるとマントを外し、シャツを脱ぐ。
シャツの下にはキャミソールを思わせる薄手の下着を着けていて、少年はさっきしぼった手ぬぐいを下着の下から入れて体を拭き始めた。
腹部から胸を、胸から脇へと手ぬぐいを握った手を伸ばすと、大きく下着の裾がめくれ…。
「あー!」
思わず絶叫した。
そこには少年には、あるはずのない膨らみがあった。
そこには少年には、あってはならない膨らみがあった。
薄暗い中であっても分かる白い肌に、柔らかで、ささやかな、女性らしい二つふくらみを描く曲線が。
これは駄目なやつだ!
「え?なに?」
少年…いや少女がなぜか、きょろきょろと周囲を見る。
俺は、それでやっと正気を取り戻し、慌てて部屋を出た。
知らないとはいえ少女を付け回していたとは、何たる変質者っぷりか。
邪な気持ちはないけれど、相手は女の子である。
もうこのまま近づかず放っておこうかとも考えたが、ここまで付いて来たのは相手が女の子だったからではない。
俺は、重ねてしまったのだ。
価値が無いと評価された自分と、無能よばわりされる少女を。
何ができるか分からない。
でも出来るなら、何かしてあげたい。
そう結論して、しばらく経って部屋に入った。
少女は、小さな皮袋を抱えるように横になって眠っていた。
板張りの固いだろう床の上に直接。
窓から差し込む月明かりが部屋を照らし、外では虫の鳴き声が響いている。
少女は浅い眠りを繰り返すように、頻繁に寝返りをうち、時折小さな皮袋が潰れるほどぎゅうっと腹に抱き寄せる。
「ぐぅぅぅ…」
歯を食いしばり、餓えているかのような、耐えているかのような、苦しげな表情が見えた。
美味しいものどころか安い食事も満足に買えない。
だから、食事なんて最低限のエネルギー補給だとしか思えない。
少女は少女なりに頑張ってる、小突かれ悪態を吐かれ重い荷物を運び、それでも満足に食べられないのなんて、間違ってる。
そんな環境なのに、少女は何の文句も言わずに。
自分が生ぬるい人間だと十分に知ったうえで、それでも気に入らないことは多い。
ベンゾたちの少女への態度も、あれだけ働いても満足に食べられない少女の環境も。
でも、俺に出来ることは多くはない。
だから、できることからやらなければならない。
まず大事なのは…。
ご飯は美味いんだと教えねばならない!
ちゃんと栄養を取り、あるべき成長をして、その努力に見合う喜びを受け取れるように。
そのために、金を手に入れる方法を考えよう。
幸いなことに、今の俺に睡眠は必要ないのだ。
だって、休ませるべき体が無いのだから!
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