世界の始まりの終わり
ロッドユール
第1話 目覚め
朝、起きると世界は滅びていた。
それはいつもと違う目覚めだった。どこかおぼろで静まったまま意識だけがそこにあった――。
「・・・」
上体をゆっくりと起こし、ベッドから周囲を見回すと部屋は完全に朽ち果てていた。そこは薄暗く苔が生え、廃墟の匂いがした。
「・・・」
自分がこのベッドに寝る前のことが上手く思い出せない。自分がこのベッドに寝たのは、昨日のことのようでもあったし、何年も前のような気もした。寝てから一体何日経っているのか、一体何が起こったのか、全く分からなかった。
「・・・」
時計は止まっていた。時計だけでなく時間そのものが止まっているような感覚さえあった。携帯も開くがやはり完全に壊れていた。
「・・・」
下の階に下り、リビングに行った。が、やはりそこは何年も何十年も空き家だったがごとく朽ち果て、苔むし、草さえもが生えていた。そして、誰もいなかった。
無駄とは分かったが、テーブルの上にいつものように置かれたテレビのリモコンを手に取った。ボタンを押してみる。
「・・・」
やはり、何かが反応する感触すらも得られず、完全な無駄だった。
一体、父は、母は、妹は・・、家族は、どこへ行ったのか、生きているのか、その存在していた痕跡すらもが全く消えていた。
外に出た。玄関ドアの取っ手は、ちょっと強く押すとそれ自体が朽ちてそれごと取れてしまった。
「・・・」
僕はそれだけ手に残った、奇妙にも思えるその触り慣れた取っ手をその場に落とすようにして虚しく捨てた。金属の重みが地面に吸収されるみたいに、音もなくそれは地面に落ちた。
「・・・」
外の世界も同じだった。厚く苔むした家々、コンクリートの隙間や窓から突き出る草木、苔と草に覆われた道路、町自体が廃墟のように、いや、もはや町全体が、ゆっくりとカエルに飲み込まれる蛇のように自然に飲み込まれようとしていた。
「・・・」
辺りを見回すが、町の痕跡だけを残し、不思議と人だけがいなくなっていた。
「生きているのは僕だけなのか・・」
人がいないというよりも、人の存在していた空気感そのものがなかった。
静かだった。人がいないだけで世界はこんなにも静かなのか。全く昼間、僕が知っている同じ町を歩いているとは思えなかった。
見慣れた町では確かにあった。しかし、それはもう僕の知っているそれではなかった。
時間が止まってしまったみたいに、全てが止まっていた。社会の機能だけではない。ありとあらゆる人の営みそのものが止まっていた。
歩いても歩いても景色は変わらなかった。見慣れた、住み慣れた、あの人の作り出した文明に出会うことはなかった。
自然に飲み込まれた世界。
文明が崩壊してから、もう何十年、何百年、何千年と経ってしまったかのようだった。
植物に覆われた街・・・、というよりも、もはや自然の中に街の痕跡が残っているといった有り様だった。支配は、もうコンクリートではなく圧倒的に植物であり自然であった。
街の中心に着いた。
「あっ」
そこはビルよりも高い木々が林立し、ジャングルと化していた。
高層ビルを見上げると、その窓から巨大なヤシのような植物が壁や窓を突き破って顔を出している。
巨大なビル群はその大半がもはや植物によって浸食され、半ば崩れ去っていた。
「いったいどうなっているんだ・・」
あんな巨大な植物は今まで見たことが無い。どこか見慣れた植物に似ているが、やはりどこか違う。いつだったかテレビで見た、はるか以前の原始的な植物のような感じがする。
ビルに近づいて行くと、ビルの壁はそれを締め上げるような巨大なつる植物にすっかり覆われていた。それだけではない。ありとあらゆる植物に寄生されているがごとく、びっしりとそれらに覆われ、その植物の根によって砕かれたコンクリートの隙間に更に別の植物が根を張り、コンクリートの塊であるビルの原型はそれによってその奥深くまで浸食され破壊されていた。
またドスーンという音が聞こえた。
「さっきから聞こえているこの音は一体何なんだ」
見ると、ビルから突き出ている巨大なヤシのような植物が、その巨大なヤシの実のような固い大きな実を落としていた。それが地面に落ちると、またすぐに芽を出し、恐ろしい勢いで成長していく。それはまるで植物というよりも何かの動物のようだった。
「近づくのは危険だな」
僕は街の中心部から出ようと思った。
その時だった。
「骨だ。人間の骨だ」
足元に、人の頭蓋骨のようなものを発見した。顔を近づけて見ると、それは確かに人間の頭蓋骨だった。そこにはびっしりと、コケや小さな植物の芽や木が所狭しと生えていた。だが、やはり、それはまぎれもなく人骨だった。
「あっ」
手を触れた瞬間、それはハラハラと砂粒で出来ていたみたいに粉々に跡形もなく散ってしまった。まるで植物に全てを吸いつくされたかのように・・。
「いったい・・・」
人間の骨がここまで脆く、粉々になるものなのだろうか。
「・・・」
僕は指先に残る、頭蓋骨の残滓を見つめた。
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