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 重く垂れこめた灰色の雲から、雪が降り続いている。

 普通なら今ごろは暑いアウグストの誕生月なのに、何で雪が降るのだろう。ぼくがぼんやりとそんなことを思い、軍曹に話しかける。軍曹はブランデー入りの熱い紅茶を啜りながら言った。中指の部分を無理やり伸ばして手袋を外す。

「帝国軍の作戦だろう」

 50日前、この星―サリュート星系第8惑星クルプキに突如、帝国軍は侵攻した。地殻に眠る鉱物資源を奪取することが目的だった。この星に駐留していた連邦軍との戦争が長期化し始めると、帝国軍は人工太陽を破壊し、この惑星を万年冬にしてしまった。

「兵糧攻めにしようとしているんだ」軍曹はそう続けた。

 ぼくが配属された歩兵小隊は、元公民館だった瓦礫になった建物を根拠地にしていた。連邦軍の兵士たちは窓から離れた暗がりにしゃがみ込んで、口々にぼやいていた。

「また撃ちまくってやがる・・・くそっ、アイツら眠らないのか?」

「興奮すんなって。たぶん、若造が自動火器で遊んでるのさ」

「ありゃ一挺だけじゃないぜ」

 遠くで、銃声が雷鳴のように轟いている。

 厳しい訓練を耐え抜いたぼくは2週間前、この町―ロヴァニエミを防衛する連邦軍の歩兵連隊に配属された。ところが、ぼくだけが小隊長が運転するジープで司令部に連れて行かれた。司令部は、街の郊外の屋敷に置かれていた。2階建ての赤煉瓦造りの屋敷。

 連隊長は屋敷の書斎で、ぼくに狙撃手である軍曹と組むように命じた。

「君は観測兵スポッターだ。軍曹をよく補佐するように務めること」

 ぼくはしゃちほこ張って高い声を出した。

「軍曹はどちらにいらっしゃいますか?」

「おそらく温室だろう」

 小隊長に「こっちに来い!」と怒鳴られ、ぼくは裏口から庭に出る。庭は柵つきの家庭菜園、バラ園、温室、厩などが散らばっていた。その間を石畳のテラスとおびただしい植え込みが縫っている。

 小隊長はガラス張りの温室に入り、ベンチに寝ていた兵士に歩み寄った。傍らに狙撃銃が立てかけてある。連邦軍制式のボルトアクション式ライフル―エミル・レオンM19/30。倍率3・5倍のPU光学照準器を装着している。

 顔の上にベレー帽を載せて寝ている兵士を顎で示して「これが軍曹だ」と言い、小隊長はぼくをその場に残してどこかに行ってしまった。ぼくは軍曹を揺り起こす。

 軍曹はそのままの姿勢で「何だい」と眠そうな声を出した。「大ダコが来るか、戦争が終わるか以外のことでは起こすなと・・・」

「軍曹の観測兵になるよう命じられました」

 顔からベレー帽を取り、軍曹は起き上がった。白い肌に短くまとめた鳶色の頭髪が映えている。軍曹はじろじろとぼくの顔を見た。

「だいぶ若く見えるな。何歳だ、えっ?」

「13歳です」

「なんだと」

 ぼくの答えに、軍曹は思わず眉をしかめた。

「ちょっと待ってろ」

 軍曹は狙撃銃を肩に吊るして温室を出た。ぼくは思わず軍曹の後をついて行った。軍曹が向かったのは連隊長がいる屋敷の書斎だった。連隊長は軍曹の顔を見ただけで用件を察したらしく、面倒そうな表情を浮かべる。

「今度の観測兵、まだ子どもじゃないですか」

「今は兵士の数が足らないんだ。そんなにとんがるな」

 連隊長は苦々しく言った。

「戦場で子どものお守りはできません」

「君が好むと好まざるとに関わらず、この星に子どもはいない。全員が兵士だ。この星で戦争が始まった時点でだ」

 軍曹はため息をついた。

「世も末ですな。子どもが戦場に出てくるなんて。この戦争は下手したら負けますよ」

 軍曹は結局、ぼくを連れて、撃ちあいの現場を渡り歩くことにした。軍曹は短期間に、目覚ましい勢いで戦果を増やしていった。1日に15人もの帝国軍の兵士を仕留めたこともあった。敵にも徐々にその名前は恐怖とともに知れ渡るようになった。

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