[2]
この星で戦争が始まった日、ぼくは13歳になったばかりだった。
爆撃が突然、始まった。お母さんはぼくの知らないうちに死んでしまっていた。家の中からお父さんがぼくと妹のマヤを抱えて、隣にあるバシリオさんの家の地下倉庫に逃げ込んだ。爆弾が唸りを上げて落ちてくる音が聞こえてくる。ぼくは音に敏感だったので、爆音が強く感じられた。恐ろしさのあまり、ぼくはマヤと一緒にお父さんにしがみついていたが、怪我をしていたお父さんはお腹からいっぱい血を流していた。お父さんの血で掌がじっとりと濡れていた。
地下倉庫には、ぼくたちの他にも子どもがいた。誰も泣かなかった。お父さんはその日の夜に死んでしまった。ぼくとマヤは泣くしかなかった。お父さんを二人で埋めるのは道具も無いし、無理だった。お父さんの死体をそのままにして、ぼくたちは倉庫を出た。
夜に外に出ると、あちこちの家が燃えていて明るかった。町が燃え始めた。火を見るのは好きだったが、家が燃えるのを見ていると、恐ろしくなった。火はあらゆる方向から迫って来る。空も街も煙が広がっていた。火は誰にも容赦しなかった。道を少し歩くと、真っ黒な死体がいくつも転がっていた。老人が焼け死んでいた。
ぼくたちは走った。数日前まで、あちこちに草が萌え、花が咲いていた畑や森が焼き尽くされていた。百年も経っているような菩提樹も、跡形も無くなっていた。何もかも焼き払われ、薄黄色の砂がむき出しになっていた。草木が生えていた黒土はどこかへ消えてしまって、もっと下の黄色い砂ばかりが地面を覆っていた。新しく掘ったばかりの墓の前に立っているような感じだった。
何日もの間、ぼくたちは歩き回った。初めて兵隊たちを見つけた時は頭がぼんやりしていた。兵隊は皆、鋲を打ったブーツを履いていて、歩く時に大きな音を立てていた。地面も痛みを感じているような気がした。
夜明け前、どこかで子どもの叫び声が聞こえ、ぼくはハッとして脚をすくませた。視線の先に、草色の幌付きトラックが停まっていた。今度は怒声と悲鳴が重なって聞こえた。幌の中からだと思った。ぼくは踵を返して、来た道を戻ろうとした。前方から自動小銃を構えた2人の男が近づいてきた。ぼくとマヤは森の中に入った。背後から男たちが「待て」と叫ぶ。続いて銃声。
行く先々で子どもたちの遺体がひとつも無い理由に、ぼくは見当をつけていた。何も飲まず食わずで、足元がふらふらしていた。それでもぼくは脚を踏ん張って、マヤの手を引いて走り続けた。兵隊たちはぼくたちを捕まえて、どこかで殺すつもりなんだ。
森を出ると、右手からディーゼルエンジンの唸りが聞こえた。ピックアップトラックが突進してきて、眼の前で停まった。トラックから兵士が2人、飛び降りた。ぼくはとっさにトラックの反対側に駆け出した。
「誰か助けて!」ぼくは叫んだ。
1人が自動小銃でぼくたちの足元を撃った。衝撃で地面に転び、マヤが泣き出した。もう1人が近寄って、ぼくとマヤの後ろ襟を掴んで立ち上がらせた。
ぼくの視界がぐらりと回転した。天地がひっくり返ったと思った。両脚が持ち上がり、顔面がピックアップトラックの荷台に衝突した。後ろ手に針金で手首を縛られ、自動小銃の銃床で頭を殴られた。マヤが泣いている。意識を失いながら、ぼくは妹の名前を叫んだ。また殴られた。ピックアップトラックが急発進した。
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