第41話 失踪事件と王子
幼い兄妹は自室に戻り、俺とステラとフローリアと母親の4人で机を囲む。
「単刀直入に聞くが、一体何を口止めされている?」
うなずいて母親は大きく息を吸い込む。落ち着くための間を作るように、たっぷりと時間をかけてその息を吐き出した。
乾いた唇は震えだし、まず声の代わりに嗚咽が漏れた。
「……娘はおそらく、王子の指示で殺されました」
俺、ステラ、フローリアの3人は思わず顔を見合わせた。
「なんだと?」
「まだ決まったわけではありませんが……いずれにせよもう二度と会うことはできないでしょう。……子供たちには行方がわからないとしか言っていないので、どうかご内密に」
部屋の空気が急激に重いものに変わる。さすがの俺もふざけたりぞんざいに話したりする気にはならなかった。
「その……なぜ王子の仕業だと?」
母親は、漏れそうになる嗚咽を必死に飲み込んで話そうとする。
「行方をくらます直前、娘が妙なことを言ったんです。魔導武器の訓練のために夜遅くまで残っていたら、学院の敷地内で王子を見かけた、と」
……王子が学院に? 失踪事件の多発している学院に、か?
「そして娘が失踪した直後、王国憲兵がやってきて形ばかりの事情聴取をしたあとでこう言いました。『王国憲章第1条3項に、王家に連なる者にまつわる風説を流布した者と、その家族は死罪に処されると定められていることを知っているか』と」
王子を目撃したことは、おそらく母親以外にも話していたんだろう。それを聞いた相手か、盗み聞きした誰かを経由して王家の耳に届いたということだ。
「知っています、と……私にはそう答えることしかできませんでした。憲兵は満足そうにうなずいて帰っていきました……」
母親のこらえきれなくなった感情が口から、目から溢れ出す。すすり泣くような声が部屋に響き、大粒の涙が頬に筋を描いた。
「私……私は娘を見捨てたんです。命が惜しいがために、娘を見つけ出すことをあきらめ、こうして何事もなかったかのように振る舞っているんです」
フローリアが目を細めて母親を見つめ、ゆっくりと首を横に振った。
「あなたはあなたと、あなたのお子さん2人の命を守ったのです。ご自身を責めることは何もありません。あなたは立派な母親です」
否むようにかぶりを振る母親を、俺はぼんやりと見つめていることしかできなかった。
すべての失踪者の家族への聞き取りを終えたころには、すっかり日が暮れてしまっていた。
「さすがにあちこち周ったので疲れましたね」
「結局有力な手がかりは王子の目撃情報くらい、か」
「それでも重要な情報です。私は明日学院を調べてみます。王子がわざわざ出向くということは、そこに何かがあるということですから」
2人はどうするのか、という風に俺たちを交互に見つめる。
「おっさんをびびらせに行くのも楽しそうだ」
俺が肩をすくめると、フローリアが笑った。
「ふふ、それもいいですが人気のない時間帯に行かないとまともに調べられませんよ」
「それもそうか。じゃあおっさんが通りそうなところに罠とかいたずらを仕掛けに行く」
「じゃあ私もそれを手伝いに行くわ」
ステラも便乗して笑う。フローリアがうなずいた。
「じゃあ明日、学院まで一緒に行きましょう」
フローリアの意味不明な白々しい提案に首を縦に振り、今日のところは散開となった。
翌朝の目覚めは人生で最悪だった。
「ステラ、起きろ」
素早く体を起こした俺は、隣のベッドで眠るステラに声をかける。
ステラは毛布を吹き飛ばす勢いで起き上がり、慌てたように辺りを見回した。
「えっ、うそ! 寝過ごした!? 今ごはん作るからちょっと待って!」
「違う。まだ起きる時間じゃない」
俺の声のトーンから何かを察したステラが真面目な顔でこちらを見る。
「家の前に妙なやつらがいる。10人以上。何者かはわからんが、まっとうな用向きでこの時間に徒党を組んでくるとは考えづらい」
ステラが息を呑む。
「俺は向こうで待ち伏せがてら様子を見る。お前はダイニングで待ってろ。外からそっち側に回り込むような気配があったら声をかける。そうしたらすぐに俺の方に来い」
「わかった」
緊張した面持ちでうなずいたステラを残し、俺は玄関の方に向かう。
近づいていくにつれ殺気がはっきりしてくる。ますます穏便に済む気がしなくなってきた。
ドアまで数メートルのところまで来たところで一度立ち止まり、様子を窺う。
「――見えました」
「よし、やれ」
かろうじて聞き取れたのはそんな会話。頭で理解するより早く、体が危険を察知した。
――先手を打つ。
こちらからドアを蹴破ろうと重心を傾けた瞬間――雷鳴が轟いた。
気づいたときには、全身がしびれと焼けるような熱さに包まれていた。
「がっ、は……」
肺から空気が吐き出され、俺は衝撃で片膝をついた。
見上げた天井には青空がのぞいている。
勘違いでなければ俺は今、快晴の空の下で屋根を突き破った雷の直撃をものの見事に食らったらしい。
俺が舌打ちするのと同時、表からドアが蹴破られる。
「おや、あのベル・ウォズライン殿が膝をついてお出迎えとは光栄だな」
下卑た笑みを浮かべて言ったのは、かのクソ王子様だった。
王子は振り返り、木製の古びた杖を持った男をにらんだ。
「即死一歩手前、と言ったはずだが。私の辞書と君の辞書では『即死』の定義が違うのか?」
「め、滅相もございません! 常人であれば確実に死に体で転がっているはずの一撃です!」
「まあいい。殺すなと指示したのも、貴様の調整力を過大評価したのも私だ。責任は問うまいよ」
「……申し訳ございません」
男はそう言って当然のように膝を付き頭を垂れた。
その光景の胸糞悪さは、十分に俺の反撃の活力となった。
「――ふっ」
一瞬にも満たぬ間隙に王子の無防備な背中との距離を詰め、貫手を繰り出す。
この死活を問う状況においては躊躇はない。慈悲もない。
俺の右手は真っすぐ王子の背中へ伸び、肉を裂き、左胸で脈動する臓物へと至った。
「この死もお前の責任だ。俺を過小評価したな」
心臓を突いた手応えと共に、冥土の土産にメッセージをくれてやる。
もっとも、もう聞こえてはいないかもしれないが――と、笑おうとした俺の口角はそれ以上は上がらなかった。
「過小評価、とな」
王子が、首だけひねってこちらを振り返った。それと同時、俺の右手の刺さっているはずの心臓が、大きく1つ脈打った。
「それはこちらの台詞だ。――デルフ、内臓をつぶしてやれ」
指を立てた王子の号令とほぼ時を同じくして、俺の腹部に何かが激突した。不可視のそれは、おそらくは圧縮された空気。
その空気の砲弾に圧された俺はそのまま壁に激突し、あばらで守られていない内蔵を押しつぶされた。
「――かはっ」
押し出された胃液が飛び散る。
空気の塊が消滅すると、俺は壁をずり落ちるようにして床に足をついた。
雷もこれも、大したダメージにはなっていない。この程度なら戦闘にはまったく支障はないのだが……。
心臓を刺しても死なないとは、さすがに思っていなかった。
「とんだびっくり人間だな」
「お褒めの言葉をありがとう」
王子が最大級の嘲りを込めて見下すように笑った。
……ふざけやがって。
心臓だぞ。確実に心臓をやった。なのにやつは平然と立っている。胸は確かに血に染まってはいるが、即死どころかほんのわずかにもダメージを負った様子がない。
「さて、ベル・ウォズライン。少し話をしよう」
王子が少し表情を引きしめて言う。俺は黙ってにらみつけながら突破口を探る。
「君の左の手のひらにあるそれは、魔王の魔術刻印で間違いないな?」
「あ?」
俺は思わず自分の手のひらに視線を落とす。
……そういえばそうだった。空腹で意識が朦朧としてるうちに、先代の魔王になんかよくわからない契約を結ばされたんだ。
契約の内容を確認したステラにはぐらかされたきり、すっかり忘れていた。
「君がどういう経緯でそんなものを刻まれたのかはどうでもいい。継承者の刻印や契約者の刻印などいろいろあるようだが、一般市民はそのような瑣末事は気にかけない」
「なんの話だ」
俺が問うと、王子はまたにやりと笑った。
「将来有望にして無垢なる王立魔術学院の生徒が何人も行方不明となっている。それに心を痛めた勇敢な王子が事件を追った結果、見事に犯人を突き止める。その犯人とは、落ち延びた果てになんと王都に潜伏していた魔王だったのである。さらった学院生を食い物に復活を果たそうとした魔王を討ち滅ぼし、王子は英雄となる」
長々とそんなことを言って、仰々しい仕草で胸に手を当てる。
「なかなか悪くない筋書きだとは思わないか? 魔王殿」
……なるほど、そういうことか。くだらない。
「勝ち目がないのは先程のでよくわかっただろう。潔く私の名声の礎となれ」
「そんなのは――」
死んでもごめんだ、と続くはずだった言葉は、凛々しくも可憐な声に取って代わられた。
「――絶対に許しません」
俺と王子の間に堂々と立ちはだかったのは、ダイニングに隠れているはずのステラだった。
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