第39話 らしくない2人と失踪事件
散歩なんていう気分でもなくなったので、俺はそのまま帰路についていた。
その道すがら、角を曲がったところで見知った顔に出くわした。
「フローリア」
「……え、ベルガさん?」
少しうつむき加減だったフローリアは、顔を上げて驚いたようにまばたきした。
「なんだ、俺がいたらおかしいか」
「い、いえ、そんなことは……」
なんか適当に冗談で返してくるかと思っていたが、フローリアは真面目な顔で首を横に振った。
「なんかあったか?」
口にしてから後悔する。どう考えても柄じゃないし、自分と無関係な余計なことに首を突っ込むのは愚か者のすることだ。
案の定、フローリアも意外そうに目を丸くしていた。
「ふふ、心配してくれてるんですか? 私の悪女ぶりが効いてきましたね」
いつものような調子で、しかしいつもと違う表情でそんなことを言う。
挑発的な笑みを浮かべようとした顔は青ざめていて、上げようとした口角は片方がかすかに上がっているだけだった。
「…………」
「…………」
俺は黙って目を細める。フローリアは気まずそうに唇を噛んだ。
どうすべきかわからずそのまま黙っていると、耐えかねたようにフローリアが先に口を開いた。
「ええと……あくまで事情の説明として……世間話として、聞いてください」
「ああ」
俺がうなずくと、フローリアは深刻そうな表情を露わにして、顔の左半分を手で覆った。眉間に刻まれた深いしわが、状況の深刻さを物語っていた。
「……メリッサの行方がわかりません」
「それは――」
どういう意味かと問おうとしたその瞬間、頭の中をよぎるものがあった。
「まさか、魔術学院の生徒の失踪事件?」
「まだそうと決まったわけではありませんが……少なくとも一昨日から誰も姿を見ていないと」
あの人畜無害が親しい人間の誰にも言わず、心配をかけるようなことをするとは思えない。恨みを買うようなことをするはずもないし、誰かから身を隠したりする必要もまずないだろう。
そう考えると、確かになんらかの事件に巻き込まれた可能性は高い。
「先に言った通り世間話です。ベルガさんを巻き込むつもりはないですから」
作り笑いのいびつさが見ていて痛々しい。フローリアは自分でもそれに気づいてか、苦笑しながら頬をほぐすように揉む。
「まったく無様ですね。自分でも驚きました。たかが親交のある人間が1人、行方をくらましたからといってこんなに動揺するなんて」
本当に意外だ。フローリアが外でこうも露骨に弱みを晒すとは。
……まあそれこそ、いかにメリッサがフローリアにとって特別な存在か、ということの裏返しなんだろうが。
「では私は行きますね」
こんな顔は見せたくないとばかりに、それだけ言い残すとフローリアはそのまま俺の横を通りすぎようとする。
「どこに行く」
すれ違いざまに尋ねる。フローリアが足を止める。
「メリッサの手がかりを探しに行きます」
「具体的にはどこに」
「すでに行方不明になっている生徒の家族や関係者に話を聞きに。次はクレスト区の方に行くところです」
それを聞いて俺は一瞬だけ考え込む。
……こいつ、自分もその「学院生」だってことを忘れてんじゃないだろうな。
俺はため息をついて頭をかいた。
「奇遇だな。俺もたまたまそっちに用がある」
気のない俺の物言いに、フローリアが目をむく。
「え、あの、それは……」
「聞くな」
聞かれても困る。言葉で語れるほど明瞭な思考プロセスを経て出た言葉じゃない。まあ、実際はそのプロセスから目をそらしただけなんだが。
「……そうですか」
そう言って、フローリアは少しいつも通りに近い表情で笑った。
「それでは密会デートと洒落込みましょう」
一応事件に首を突っ込むことになるので、ステラを独りで残しておくわけにはいかない。だから密会デートは家に一旦寄るまでの帰路まで。
「残念です」
そう言ったフローリアは完全にいつもの調子を取り戻していた。それでも半分くらいはから元気なんだろうが。
「そっか……アリサちゃんのお姉さんが」
ステラに事情を話すと、我がことのように不安げに瞳を揺らして調査への強力を申し出た。相変わらず魔王らしくない深い慈悲である。
そうして、俺、ステラ、フローリアの3人で聞き込み調査に乗り出すことになった。
まず訪れたのは、先にフローリアが言った通り王都内クレスト区にある、失踪者の1人である男子生徒の自宅。魔術学院への入学を機に、両親、兄と一緒に王都へ移り住んできたらしい。
「そうですか……また行方不明者が」
話を聞いてくれているのは男子生徒の兄貴だった。両親、特に母親の方は事件からこっち情緒不安定で、とても一緒に話を聞ける状態ではないという。
机を挟み、フローリアと生徒の兄貴が向かい合って座り、俺はフローリアの隣、ステラは俺の隣に腰掛けている。
「ええ……失踪前、クレイズさんには何かおかしなところはありましたか」
「いいえ、まったく」
「王国憲兵は事件の捜査の結果を伝えてきましたか?」
男子生徒の兄貴が顔をしかめてうなずく。
「『弟さんは学院での成績が伸び悩んでいたそうです。ご遺族としては受け入れがたいでしょうが、ご自身で消息を絶ったものと考えられます』……だそうです」
「やはりそれですか」
「はい。弟の成績が伸び悩んでいたのは事実です。というより、魔術や魔導武器を扱う技量を考えれば、合格できたのが不思議なくらいなのです。それでも潜在的な魔力量を評価されて入学を許された。弟はその期待に応えようと燃えていた。それは姿をくらます直前も変わりませんでした」
兄貴は激情をその中に閉じ込めるように、強く拳を握りしめた。
「彼らには真面目に捜査する気がないんです。いなくなったところで王国の損失にはならない。だからどうでもいいんです。国王がご病気に倒れ、王子が実権を握ってからは特にそうだ。弱者のことなんてゴミ以下だと思ってやがる」
俺はフローリアをちらりと見やる。
「『やはりそれですか』、というのは?」
フローリアは俺に向かってうなずくと、俺に説明する代わりに失踪した生徒の兄貴の方に向き直った。
「お兄さまはご存知かもしれませんが、失踪した生徒はほぼ全員学院での成績が伸び悩んでいました。そしていずれも潜在的な魔力量を買われて入学している」
なるほど、実力があっても魔力のない俺の入学を許さないのだから、実力がなくても魔力があるやつなら入学を許されるというわけだな。腹立たしい。
「噂には聞いていましたが……」
「今まで聞き取りをした中ではみなそうでした。偶然とは思えません。持て余した魔力か、コンプレックスを抱えた心か。何か彼らの性質や置かれた境遇が事件に関係があるはずです」
「誘拐なのだとすれば、利用価値や扱いやすさ。逆にそれが敵性や脅威とみなされたということなら……殺されている可能性もある、か」
現実から目を背けまいという意思表示をするかのように、生徒の兄貴は歯を食いしばりながら言った。
フローリアは目を伏せてゆるく首を横に振った。
「心中お察しします。……今回行方不明になったのは私の友人ですので」
「そうでしたか……」
「我々の地位があれば、ある程度までは自由に動けます。解決をお約束することはできませんが、弟さん含め、事態の解明に全力を尽くします」
頭を下げる失踪した生徒の兄貴とフローリアが握手したあと、俺たちは家を出た。
それから何軒か回ってみたが、得られる情報はそれほど変わらなかった。
どこも事件に巻き込まれたり、王国憲兵の出した結論を疑うような行動を起こして目をつけられたくないという理由から、積極的な動きは取れずにいる。
「そういえば、この前失踪事件のことを調べてるとかいうおっさんがいたよな」
「あ、万能薬の人?」
ステラが思い出して言う。
それで記憶を呼び起こされたらしいフローリアもうなずいた。
「ああ、そういえばそうでした。あの人なら何か知っていたりするでしょうか」
「まあ探して見る価値はあるかもな」
「あの人と会った場所の近くに、ちょうど行く予定のあるお家があります。ここからも遠くないですし行ってみましょう」
というわけで俺が黒猫にまとわりつかれた路地までやってきて、そこから男と遭遇した場所まで出てきてみる。
「……まあ、そりゃいないわな」
今日もここに立ってたら、一体何をしてるんだということになる。仮にいたとしてもそんなやつじゃ力になるわけがない。たまたま猫を探してここにいただけだろう。
とりあえず何か手がかりはないかと、近くの露天商に声をかけてみる。
「なあ、この辺でおっさんを見なかったか」
露天商の男は首を傾けた。
「おっさんだけではなんとも。私も十分おっさんですしね」
「こう……髪が黒くて、髭は生えてなくて……とにかく普通のおっさんだな」
駄目だ。全然特徴らしい特徴がない。
後ろのステラとフローリアに視線で助け舟を要求するが、2人も大体同じような印象だとでも言うように首を横に振った。
「それだとあまりに多すぎて」
「そうだな。悪かった」
まあ仕方ない。どっかでまたすれ違ったら話を聞いてみる、ということにするしかないだろう。
「じゃあ次の家に行きましょうか」
フローリアが踵を返し、俺とステラもそれに続いた。
「次はちょっと今までとは違うかもしれません」
「どういう意味だ?」
「その家の失踪した生徒は、比較的成績が優秀だった、ということです」
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