第26話 決闘・鋼鉄の嵐(1/2)
俺がフローリアと結婚してから約1週間後、ついに決闘の日が訪れた。
「会場にお集まりの紳士淑女老若男女の皆さま! 大変長らくお待たせいたしました!」
魔術を利用した音声の拡大伝播によって、進行役の男の威勢のいい声が闘技場にこだました。
闘技場は円形で、1万人の観客を収容できるほどの大きさがある。そのフィールド袖の通路で、俺は決闘者として呼び出されるのを待っていた。
「ただ今より、ウォズライン家当主継承権争奪の決闘を開始いたします!」
意外と盛り上がっているらしい観客から野太かったり甲高かったりする歓声が上がる。懐かしい喧騒だ。戦闘技術を盗むために通いつめていたころを思い出す。もちろん俺は石像のように表情も姿勢も変えず視覚に集中していたわけだが。
「それでは決闘者の入場です! まずは西方通路よりの入場! ベル・ウォズライン!」
紹介にあずかったところで、ゆっくりと会場に歩み出ていく。歓声が一際大きくなった……というよりは、茶化すような指笛の音なんかがうるさくなっただけだった。
「死ぬ前に降参しとけよー!」
「今すぐ逃げても誰も責めねーぞー」
「よっ、無鉄砲男!」
お前ら全員どこから叫んでるかわかってるからな。温厚で慈悲深い俺だからいいが、気性の荒いやつならこの場でぶちのめしてるところだ。
「こちらのベル氏ですが、素性は一切不明! 先日秘密裏にウォズライン家の長女フローリア氏と結婚し早速ゼルバート氏に決闘を挑んだという、まさに彗星のごとく現れた未知の存在です!」
ゼル……なんだって? フローリアの兄貴の名前か? そういえば全然覚えてなかったな。これを機に一応覚えておいてやろう。
「しかもベル氏、なんとこの決闘に当たり使用する魔導武器を申請していないのです! つまり素手! 徒手空拳であのゼルバート氏に挑もうというのです!」
進行役のあおりに観客席が一斉にどよめく。
「何か勝算あってのことか、それともただの蛮勇か! それは開戦の合図のあとの皆さまと神のみぞ知るところであります!」
いや、俺の知ってる神なら山の方に生えてるから、こんなところでやってる決闘のことなんて知ったこっちゃないと思うぞ。
まあ俺はあいつに力を与えられてるわけだから、あいつが俺を通してこの状況を見たりしていても別におかしくはないか。
「続いて東方通路より入場! 現当主継承権保持者にして、『竜卓十六鱗家』最強との呼び声も高まりつつあるゼルバート・ウォズライン!」
フローリアの兄貴、ゼルバートが向かいの通路から姿を現すと、俺のときより明らかに大きな歓声が上がった。
「圧倒してやれー!」
「今日は5分くらいは楽しませてくれよー!」
「うっかり殺すと妹に恨まれるぞー!」
野次がうざいのはさっきと変わらなかった。
……よし、さっきのやつらもまとめて、そのうち痛い目に遭わせてやる。
「ゼルバート氏についてはもはや説明不要でしょうが、あえてその異名を高らかに謳いましょう! 『最も死神から遠い者』!」
ヒューッと囃し立てるような声が上がる。
「闘技において無敗! しかもそのほとんどが不戦勝、もしくは開始1分以内の相手の投降によるもの! 重傷を負わせることなく勝利を手中に収める! 圧倒的強さを誇りながら、否、それゆえに相手は死から遠ざかる! それこそが、このゼルバート・ウォズラインです!」
観客席のボルテージは今や最高潮に達していた。
俺はゼルバートも観客もどうでもいいので直接俺をおちょくったりしない限りは不愉快に思ったりしないが、これはある種の騒音として大変耳障りだ。
「さあ、両者が定位置に立ちました。両者、準備がよろしければ右手を上げてください」
促された俺とゼルバートがおもむろに右手を上げる。
「時間無制限、勝利条件は相手が戦闘不能になる、もしくは投降すること――」
しん、と闘技場が水を打ったように静まりかえる。
「逃げずに来たこと、ほめてやろう!」
「ほざけ、婚約者に逃げられてるくせに」
ゼルバートが目をむくと同時、進行役が告げた。
「――それでは決闘、始め!」
甲高い鐘が鳴り響き、俺たちの決闘は始まった。
「さて――」
突撃して瞬殺してやりたいのはやまやまだが、いくら神木の加護を受けているとはいえ、おそらく心臓を突かれれば死ぬだろうし、切られた腕は生えてこない。頑丈にはなっているはずだが、下手にリスクを冒すべきではない。
それに――倒すなら徹底的にこけにしてやってからにしたい。
「……ふむ」
俺はまず、様子見に軽く1歩バックステップを踏んだ。
着地の瞬間、たなびいた俺の前髪の先が切れて宙を舞った。不可視の剣閃が、俺の額の一寸先をかすめていた。
「ほう! 事前に下調べをするだけの知能はあったようだなぁ!」
ゼルバートが声を張り上げて無駄口を叩いてくる。
どうでもいいので無視した。
「やはり必中ではない、か」
となれば向こうの認識速度を超える速度で動いてやれば、対応できないということか。
「だが今のは小手調べ! ここから本当の地獄を見せてやる!」
そう叫んだゼルバートが、2本の双刃の剣をゆらりと振り回し始める。
俺はそれと同時、地面を鋭く蹴っていた。
「ふっ――」
彼我の距離はそのままに、俺はゼルバートの向かって右へと跳んでいた。
剣閃の嵐を見舞ったはずの空間が一瞬にして空になり、動揺するゼルバートの横顔を悠長にながめながら俺は親切に声をかけてやった。
「こっちだぜ」
「――なっ!?」
さすがに敵にも抜かりなし。声から位置を判断して、振り向く前から刃はこちらに放っていた。再び跳ねた俺の肩口に、かすかな風圧が届く。
「おいおい、地獄はどこにあるんだ?」
距離を保ちつつ今度はゼルバートの後方からあいさつしてやる。
「ちぃっ!」
苛立ちの声を上げ、両手の剣を鋭く振り回しながら振り返る。俺は同じように余裕を持ってそれをかわす。
気づけば客席はざわめきに包まれ始めていた。
「本当、魔導武器に頼りきりで体はなまってんのな」
まあ、しっかり鍛えてる上にあんな辺鄙な山奥に生えてる妙な神様の力を借りた人間の速さに慣れてるやつがいるわけもないんだが。
そしてさらに跳躍し、1周回って最初の定位置に帰る。
「3回回ってワンと言わせてやろうかと思ったがもういい。これで終わりだ」
言いながら、俺はゼルバートめがけ地を蹴った。
一瞬にも満たぬ間。俺とやつの距離がゼロになる――その直前だった。
――ガガガガガガガガガッ!
鋼の嵐が突如として俺を襲っていた。
顔、首元、肩、胸、上腕、前腕、腹、脇腹、背中、大腿、脛、ふくらはぎ。
体のありとあらゆる場所で不可視の刃が乱れ舞う。皮膚を裂き、肉をえぐり、骨に刃傷を刻む。しぶいた血が霧となって視界を覆っていた。
「――なっ、は」
俺はとっさに首を腕で防護しつつ、地面を蹴って後方へ下がった。
剣閃の嵐を抜けた俺は、全身血まみれになりながらゼルバートをにらむ。ゼルバートも苦々しげに顔を歪めてこちらをにらみつけていた。
「ちっ、なんでまだ立ってやがる」
ゼルバートは吐き捨てるように言った。
俺は額から目に垂れてきた滝のような血液を腕で拭って舌打ちした。
「おい、てめえ……」
全身に負傷と怒りによる熱さを感じながら、俺は揺らぐことなく仁王立ちしてゼルバートを見据える。
「――今、剣振ってねえだろ」
ゼルバートの頬がぴくりと動いた。
「何を馬鹿なことを。目で追い切れなかっただけだろう?」
「んなわけあるか。いくら4本の刃があったってあり得ない数の斬撃だ」
ゼルバートは自らを落ち着かせるように一度大きく息を吸い込んだ。そして俺を挑発するように下卑た笑みを浮かべる。
「魔導武器は常識を超越するものだ。魔力のない人間にはわからないかな」
きっと、フローリアが殴ったときもこいつはこんな顔をしていたのだろう。
……腹が立つ。腹は立つが、頭に血を上らせても敵を利するだけだ。。
俺もフローリアのように思い切りぶん殴ってやりたいが、あの鋼の暴風を無理やり突破しようとすれば、いくら俺でもミンチになるだろう。ここは踏みとどまるのが正解だ。
――まあ、最悪は捨て身で行かざるを得ないんだろうが。
「ちっ」
俺は盛大に舌打ちしてから動き始めた。
とりあえず1ヶ所にとどまらず高速移動を繰り返し、ゼルバートに的を絞らせない。これでまず考えるだけの時間は確保できる。
しかしあまり長引かせたくはない。一応神木のおかげで普通より出血も鈍いようだが、即座にふさがり回復するような不死身性は残念ながらないらしい。体力は確実に削られ続けている。
「くそ……どうなってやがんだ、一体」
どうすればあの嵐を突破してあいつをぶっ飛ばせる……?
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