第24話 ご報告

 すまし顔で言うフローリアを見つめてから、ステラは真顔で俺の方を向く。


「騙されてはなかったみたい」

「……そうだな」


 頭痛くなってきた。これ以上追及しても疲労が蓄積していくだけのような気がする。体をいじめ抜くのには慣れてるが、精神を酷使するのには耐性がない。

 俺がさっき飲み込んだため息を吐き出す傍ら、ステラはなぜかそわそわと落ち着かない様子で俺の方を見ていた。

 

「なんだ?」

「う、ううん。ただ、その……迷惑かけておいて言うのもなんだけど……私のこと心配してくれてたんだな、って思って……」

「……まあ、否定はしないが」


 心配して損した、と後悔に沈んでいるときにかけられて嬉しい言葉ではない。

 

「えへへ……」


 そんな俺をよそに、ステラは少し頬を上気させてはにかんでいた。

 

「……はあ」 


 まあとにかく無事でよかった、ということにしておこう。

 なんか甘すぎる気がしないでもない……というか絶対甘すぎるんだろうけど、それには目をつぶって話題を変えよう。あまり深く考えると自我に崩壊の危機が迫る気がする。

 

「で、魔導書を堪能したって? 魔術は覚えられそうなのか?」


 俺が問うと、ステラはポンと手を打って満面の笑みを浮かべた。

 

「ええ! 早速1つ覚えたわ」

「ほう、どんな魔術だ」

「転移魔術! 目を閉じて頭の中で特定の何かをイメージして、自分がその近くにいるところを強くイメージするとそこに瞬間移動できるの」

「ん、それ結構高度な魔術なんじゃないのか?」

「そうですね。1日で覚えられる魔術ではないはずです」


 フローリアがうなずくと、ステラは得意げに胸を張った。

 

「まだすぐ近くにしか移動できないけどね。でもよかった。この調子で魔術を覚えていければ魔お――」


 慌てて口をつぐみ、氷漬けになったように固まるステラ。セーフ、アウトの判断を仰ぐように俺をちらりと見る。俺は厳重注意処分として軽くにらんだ。

 ……魔王としての自覚が芽生えてくれて何よりだよ。

 俺が呆れる一方で、フローリアはその様子を怪訝そうに見つめていた。

 

「どうしました? 魔術を覚えていけば……なんですか? まお?」

「あ、いや、ちがっ……違うの」


 ステラが顔の前に上げた両手を慌てて振り乱す。


「違うというのは?」

「えっと、その……うん、噛んだの。そう、ただ噛んだだけ」

「そうですか」


 うなずくフローリアに、俺とステラはそろって安堵の息を漏らす。


「てっきり、魔王になれるかもとでも言い出すのかと」

「へっ!?」

 

 息を吸い込んでいる途中だったせいで妙に甲高い声で驚きを露わにするステラ。

 

「……どうかしましたか?」

「い、いいいいや、いやいや、あんまり突拍子もないことを言うからびっくりしちゃっただけで……あは、あははは……」


 挙動不審を絵に描いたようなステラに、またも怪しむような目になるフローリア。

 ステラはちらりとフローリアを見て、怪訝な瞳と目が合うとすぐにそらす。

 数秒経って同じように眼球だけを動かし、またフローリアと視線を衝突させた。

 繰り返す度フローリアの不信感はあからさまに増大していく。

 ……これは多少無理にでも話題を変えてやった方がいいな。

 

「でもなんで転移魔術を? 護身用に戦闘向きの魔術とかでもよかったんじゃないか?」


 ステラはその助け舟に嬉々として飛び乗った。

 

「あ、うん。それは本当にただの思いつきでね。ベルガの顔見られなくて寂しいなって思ったから、転移魔術でもやって――」

 

 フローリアの追求から逃れた安心感に緩んでいたステラの頬が急に紅潮する。


「――やって……みよう……か、な……って」

「……どうした?」


 俺がそう尋ねたときにはステラの首から上はもはや爆発寸前だった。

 

「な、なし!」

「……は?」

「今のなし! 聞かなかったことにして!」

「なんだそれ。……別にいいけど」


 今なんか聞かれたらまずいようなこと言ってたか? そもそも魔王であることを知ってる俺に聞かれてまずいことなんてステラにあるのか? うーん、まったくわからん。

 

「ふむふむ、愛の力が不可能を可能にしたと」

「――聞かなかったことにしてってばぁ!」


 フローリアがニタニタ笑いながら言うと、ステラが悲鳴を上げた。

 

「愛の力?」

「はい。こっちに来てからずっと、口を開くたびに『ベルガはまだ着かないの?』とか『ベルガは何してるの?』とか――」

「わー! あーあーあー!」


 フローリアの声をかき消すように、ステラが必死に叫び声を上げる。

 ……なるほど、そういうことか。

 

「はは、それは愛ではないだろ」

「え?」


 なぜかステラが眉間に深いしわを刻んでにらみつけてくる。

 

「あれだろ? 親元を離れた子供とか、飼い主と離れた犬みたいな不安」

「ち、違うわよ!」

「じゃあなんなんだ?」

「だからそれは私がベルガのことを……」

「俺のことを?」

「私が、ベルガを……」


 そこまで言って黙り込んだステラは、喉に何か詰まったように顔をしかめて黙り込む。そしてがっくりと肩を落とした。

 

「……私の臆病者」


 臆病……? 1人で生きていくっていう決断ができないことがか?

 じゃあやっぱり聞かなかったことにして欲しかったのは、転移魔術を覚えたことが俺に頼ってる証拠みたいに思えたからか。子供っぽいと思われるのが嫌だった、と。

 まあ確かに他者を頼っている状態というのは、胸を張れるようなものではないからな。隠しておきたい気持ちもわかる。


「はあ……。もう私の話はやめましょう。ベルガは昨日何してたの?」


 ステラは陰鬱な表情でため息を吐き出してそんなことを聞いてきた。

 

「俺か? こいつとやりあってただけで、これといって何かをしてたわけではないからな……」


 ああ、でも1つ明らかな変化があったか。


「まあ強いて言えば結婚式?」


 俺がそう言った瞬間、ステラの眉がぴくりと上がった。

 

「……結婚式? 誰の?」

「フローリアの」


 引きつった笑顔で首を傾げるステラ。


「フローリアさんが、誰と?」

「え? 俺と」


 ステラの顔が表情を失う。


「念のため聞くけど、そのオレっていうのは『オレ』って名前の人? 『オレ』さん?」

「いや、俺。ベルガさん」


 視覚的に説明した方が手っ取り早いかと、左の手の甲をステラに向けてやる。俺の横でフローリアも同じように左手の薬指を見せた。

 ステラはその場で硬直し、微動だにしなくなる。

 

「おい、ステラ?」


 俺が声をかけた瞬間、ステラは石像が倒れるようにソファの上に倒れ込んだ。半開きになった口と白目は、世界の終わりを告げられたかのような絶望感を醸し出していた。

 ……なんだ? どうしたんだ、一体?

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