王都を追い出された俺は魔王ちゃんと二人暮らし始めます~悪漢風ラブコメの復讐添え~
明野れい
第1章 魔王ちゃんとの出会い
プロローグ そんなの聞いてない!
「は? 入学できない? なんでですか?」
ある日の朝、俺はソファに座っていかついおっさんと向かい合っていた。
ここはボルグロッド王国、王都レンドルにある王立魔術学院の一室。入学試験で最重要視される対人戦試験で首位を取ったにもかかわらず、入学を拒否され抗議に訪れた俺は、偉そうなおっさんにここに通された。
「同じことを何度も言わせないでくれ。ここは魔術学院だ。魔力のない者を受け入れるわけがないだろう?」
おっさんは露骨に苛立って見下すように言った。俺より小さいけど。
でもさっき立っていたときよりは俺との身長差が縮まっている。つまりおっさんは短足である。そして多分短気の単細胞である。
「そんなの聞いてない」
「誰でもわかってることだからあえて言わないだけだ。魔力を持たない下等の者なら誰だってわきまえていることだ」
「俺が目指してるのは魔術師じゃなくて兵士だ。魔力がなくても戦える」
「なぜ我が国の兵士の教育機関が魔術学院の一学科であるかわかるか?」
「知らない」
「魔導武器、魔導兵器の使用が大前提だからだ」
「魔導武器を使うやつより素手で強ければ問題ないだろ」
俺が言うとおっさんは真顔のまま固まった。そして数秒後、ゆっくりと口角を上げた。
「うわっはははははは!」
「何がおかしい」
「お前の頭だ」
おっさんが急に真顔に戻った。ものすごく腹の立つ顔とものすごく腹の立つ声音だった。殴りたい。ものすごく殴りたい。
「言ってくれるな」
「もしお前の頭がおかしいのでないなら、冗談のセンスがとびきりいいことになる。おすすめの進路は道化だな。なんなら王宮宛てに推薦状を書いてやる」
「お前は墓場への推薦状がご所望か?」
俺が言うと、おっさんは立ち上がって腰に提げた剣の柄に手をかけた。
「……言ってもわからんようなら体で教えてやる」
「ちょうどいい。俺も後悔の仕方を教えてやりたかった」
椅子から立ち上がっておっさんをにらみつけた。おっさんが下卑た笑いを浮かべる。
「私が帯剣しているのはAクラスの魔導機剣。全人口の1割にも満たないAクラスの魔力の持ち主のみが許される魔導武器。その速さ、見て驚くがいい。まあ、見えればの話――ぶごぁっ!?」
結構なご高説へのお礼にアッパーカットをプレゼントして差し上げた。宙を舞ったおっさんの少し膨らんだ下腹は、初夏の波打ち際のように揺れていた。
おっさんはソファの背もたれの向こう側にひっくり返るように倒れ込んだ。
「貴様ァッ!」
おっさんが吠えた。今から反撃しますよ、とわざわざ教えてくれる甘くて優しいおっさんである。
魔導機剣は魔力を注ぎ込むことで、手にしている間身体能力強化のフィードバックを受けられる魔導武器だ。FクラスからAクラスまであり、最高のAクラスは使用魔力量も大きいがその分圧倒的な速さと膂力を手に入れることができる。
最低でもCクラス上位レベルの能力強化を受けた目でなければ、視認することすら不可能だ。
――通常ならば。
俺は強くなりたかった。
だからよく学び、よく鍛えてきた。
平時には魔導兵士は興行として闘技を行うが、その参加者中に1人だけナックルダスターの魔導武器を使っているAクラス魔導兵士の男がいた。
いくらでも殺傷能力が高い武器がある中で、殴打の威力を引き上げるだけのナックルダスターを使っていた男は間違いなく格闘に天賦の才を持っていた。
俺はそいつから技術を盗むことにした。
足さばき、重心の位置、上半身の身のこなし、そしてもちろん腕の振り。それらを個々に観察し、それを少しずつ全体のイメージとして統合していく。
1ヶ月を費し、俺はその兵士の格闘技術を完全にコピーした。
あとは実戦経験を積む必要があったが、残念ながら現役の兵士は俺なんかを相手にはしてくれない。仕方がないのでイメージトレーニングで代用した。
とにかく毎日毎日、1日中闘技を観戦した。一方の兵士を自分と仮定し、その相手の一挙手一投足を頭に叩き込む。それから、そのデータをもとに独りでそのイメージと打ち合う。
仮想的を作り出すために集められたその情報は、その後自分の戦術の幅の拡大にも大きく役立った。
早朝の澄んだ空気を吸いながら、真昼の日照りを受けながら、夜の冷気に包まれながら、来る日も来る日も目の前にいもしない敵と戦い続けた。
生活のすべてを求道に捧げていた。鍛錬以外の何もかもを捨て去っていた。
魔力のない俺が、誰よりも強くなるために――。
俺にはそうする以外に道がなかったのだ。
入学試験は、俺に与えられた初めての真剣勝負の舞台だった。
正直怖かった。今まで積み重ねてきた時間がどんなに長くとも、仮想は仮想。すべて無意味だったかもしれない。それをまざまざと見せつけられるかもしれない。
だが、すべては杞憂だった。俺は強かった。俺は強くなっていた。
「――ふッ!」
頭に血が上った単細胞程度なら、たとえAクラスであろうと目をつぶってでも一撃で沈めることができる程度には――。
――バキィッ!
呆れから脱力して右に突き出した右の拳が、おっさんの顔の中心にめり込んでいた。
向こうが超高速で動いてる分、こちらからタイミング合わせて殴ってたらさすがにおっさんの首がもげてしまう。いくら腹の立つおっさんとはいえ、家族もいるだろうし何も殺すことはない。
おっさんの体は慣性の力を失い、そのまま崩れ落ちるように床に倒れ伏した。そしてそのままぴくりとも動かなくなる。
「ふん……」
俺はニヒルに笑っておっさんを見下ろした。目を開けたらかっこよく引導を渡してやろうと思っているのだが、おっさんが起き上がる気配はない。
そのままの構図で固まること数分。
「ふん……」
ちょっと表情筋が疲れて笑みが崩れてきたのでもう一度ニヒルに笑い直した。
しかしやっぱりおっさんは動かなかった。
「……え、死んでないよな?」
俺は少し不安になりつつしゃがみこんで、仰向けに倒れ込んでいるおっさんの顔を見下ろした。
白目をむいている。拳がめり込んだ鼻からは血が垂れている。呼吸は……あるようだ。とりあえず気絶しているだけらしい。
かといって、あの勢いで不意の衝撃を食らえばかなりのダメージになることは間違いない。昏倒したということは、ちゃんと治療しないと後遺症が残ったりするかもしれない。
仕方ない。喧嘩を売ってきたのは向こうだし自業自得ではあると思うが、一応人を呼んでこよう。
と、俺が親切心を発揮しようとしたそのときだった。
「な、なんの音ですか!?」
若い男が部屋の扉を開けて飛び込んできた。
そして床に転がるおっさんとその脇にしゃがみこむ俺を見て目を丸くした。
「ひ、人殺し――!」
その後俺がどんな嫌疑をかけられ、おっさんが保身のためにどんな嘘をつき、俺にどんな処分が下されたか――なんてことは、魔力のない者は学院に入学できないなんてふざけた事実と違って、言わなくても誰にでもわかることだろう。
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