第4話
「二人組作ってー!」
「博人ー組もうぜー」
「良いですよ可威さん」
天月博人は、友影可威に絡まれるようになって何の気もしなくなったある日、いい加減とある人物が目についた。
体育の時間、着替えもせずに一向に参加する気が感じられない、襟足の長く女が斧男子、天月博人の隣の席に座る【
「可威さん、二海さんはどうしてあんなにこちらに関わろうとしないんですか?」
ふと気になった事を、腹筋している友影可威に尋ねてみる。
「ん?あぁ、あいつは何というか、親がやばいらしいぞ。クラスメイトが親から聞いたって話だから本当かどうかわかんないけどよ。なんでも、背中に絵があるだとか、稀理の奴にもそれがあるから人前では服を脱がないとか。親が怖がってるからクラスメイトも怖がって誰も近づきやしねぇ、そんで稀理の奴自身、話しかけても返事もしねぇと、何かよく分かんねぇ事に成ってんだよな。別に良いと思うんだけどなぁ、背中に絵がある位。俺の親だってヤンキーってやつ? だったらしいし、いや、でも近所付き合いは良いし、夫婦喧嘩ってやつしてもコントみたいで怖くねぇんだった俺の親」
「ふむ、なるほど」
友影可威の人間関係が良好なら至極どうでもいいが、二海稀理はその親が怖いからとその子供には関わるなと言われているのだと察した。天月博人にとってそれは、非常に面白くない話だった。
「いつ帰るんですか?二海さん」
天月博人はその日の放課後、二海稀理の後を追いかけようと門限を気にしながら二海稀理が帰ろうとするのを待って居た。だが、二海稀理は一向に帰る気配はなく、空が金色に輝き出した頃、業を煮やして声をかけた。
二海稀理はまるで睨む様なめで、黙って天月博人を見る。
「何……君こそ帰りなよ、偉い所の子供なんでしょ? だったら……あんまり遅いと怒られるよ」
冷ややかな声を絞り出したその表情は天月博人を怖がっているのか強張り、震えていて。何と言うか今にも死にそうな小動物が必死に威嚇しているように見えて痛々しかった。
「それは二海さんもでは?」
「僕は……君には関係ないでしょ。ほっといてよ」
「分かった」
心の壁と言う物を感じた。それは簡単に打ち砕けるものではなく、なのにその壁に守られている心そのものは壊れやすいのだと二海稀理の反応から見て取れた。
こう言ったものは一気に突いてはいけない。壊れないように何度も触れて入り口を探すべきだと、元姉、朽無心からの経験でそう思ったから天月博人は、二海稀理から離れて、家に帰った。
その日から、幾日も門限ギリギリまで学校に残って二海稀理に声をかける。暇だから教室の掃除をしたり、歌を歌って聞かせる。
そんな日々を過ごすうちに二海稀理について気が付いたのは、いつも同じ服を着ている。人との接触を怖がる。古典的なそれだっだ。世の中は広い、天月博人は、自身が一番不幸な人間だと思った事は無い、こういった子供たちが居るのを知って居るからだ。そして二海稀理よりも不幸な人は必ずいる。でも、こうとも思う、二海稀理と言う世界の主人公である彼は、その世界で一番不幸なのかもしれないと。
「どうも、ジブンです。今日もこの時間になっても帰らないんですね」
「また天月君ですか……何ですか? 同情ですか? 可哀想だとか思っちゃいました? 迷惑なので止めてください……本当に、やめて」
二海稀理は放課後、天月博人とだけ教室に残って居る時間によく震えるようになった。涙を溜めた目を見かけることが多くなった。何を想うのかは具体的にはまだわからないけれど、それが、心の壁がほぐれた合図だと思って踏み込む。
「どうして、止めて欲しいんですか? 何を苦しんでいるのですか? しっかりとした言葉にしなければわかりません、誰にも届きませんよ」
ピクリと、二海稀理が反応して天月博人に向かって顔をあげて睨みつける。
「僕の何がわかるんだ!君なんかに!」
「二海さんの事がわからないから、こうして、二海さんのことを一番知っている筈の二海さん本人に尋ねるのです。ジブンが転校してきた初日、クラスメイトにジブンは質問攻めにしたでしょう?あんな感じですよ」
二海稀理の叫びが、ほんのすこし昔、元姉である朽無心の思い詰めた叫びと重なる。天月博人は慣れた。誰かに叫びをぶつけられるのはとうの昔に慣れ切って居る。だから怯むこともなく二海稀理のもとにまで歩み寄って、落ち着いた様子で声をかける。
二海稀理はしばらく黙って「なんか違うと思う」と返した。そうやって返答するだけの心が残っていることに「そうですか?」とあっけらかんに言いながらホッとしつつ「もし言いたくなったら、我慢できなくなったら、いつでも聞かせてください」とだけ伝えてその日は身を引いた。
少しずつ、繊細な物に触れる様にほんの少しずつ関わる事で、心の壁をほぐし、二海稀理の世界に天月博人と言う登場させ、印象付けさせる。ゆっくりと、浸透させていく
(想像はしていたけれど、実際に見ると頭の血流が温まって来るなぁ)
数日続けてしつこく頼み込めば、しつこいしもう別に良いよと折れてくれるようになった。背を向け捲り上げられあらわになった素肌を見る。
「噂通り、背中に絵が合ったでしょ?これで満足?」
「青痣は絵とは言わない。いいか?これは絵ではない」
立場与神の血族の養子と言う立場を与えられてから、伊矢見懐木にしか見せなかった素が思わず漏れ出る。その雰囲気を感じ取ったのかビクッと二海稀理は震えた。
「おっと、ごめんなさい。少し調べることが出来た。今日はこれで。明日はジブン居残らないので」
「あっ……」
天月博人はそう言って、教室を後にする。後ろから感じるその視線に振り返る事は無かった。次の日の学校でもその視線は天月博人に刺さり続ける。授業が終わり、残っている二海稀理によって距離感が少し後退してしまった二海稀理の荒れた髪をあやすように撫でて「任せなさい」とだけ言ってい残らなかった。
さらにその翌日、天月博人は自身の荷物である手帳を開いてとあるページを破いて差し出した。
「先生に理由を言って、頼み込んでようやく聞き出せた稀理さんの家の住所ととある相談所に繋がる電話番号です。勝手に決めるなと思うかもしれないから、勝手なことをするなと思うかもしれないから、此処からは稀理さんの選択次第。できれば受け取って欲しいと思う」
フリガナの振られた住所に三桁番号が書かれた紙を二海稀理はしばらく眺めた。何を想って居るのかは想像はできないが彼は震えていた。その震える手で、彼は紙を受け取ってくれたのだ。
「ありがとう……さて、電話はどうしようかな……公衆電話はお小遣いとかもらった事無いし……職員室の電話は……また説得ですかね……」
「おーい、博人」
最後の難関、電話をどうしようか考えた時、友影可威が顔を覗き込んでいた。
「聞いたぜ?この学校、公衆電話あるだろ。それ使おうぜ。俺の小遣いやるよ」
何時から聞いてどこまで聞いていたのか知らないけれど、財布を見せつけながら言ってきたその言葉に「良いのか?」と確認をする。すると友影可威は「俺も気にしてたんだ。何とかしてやれねぇかなって」と笑って見せた。彼はいい人だと思った。そんな友影可威の後ろでは両手を合わせた担任がまるで「許可撮るの手間取ってまーす」と言いたげに謝る仕草をしていたのが見えて思わず見て見ぬふりをしたくなり苦笑いをしそうになった。
二海稀理が友影可威から震えながらもお金を受け取り、公衆電話にお金を入れる。対応してくれるはずだ。証拠だって二海稀理と言う身体がある。問題ないはずだと天月博人は思いながら、友影可威と先生とで二海稀理を見守る。
ボタンを音が、重い空気に更に重しとなっていき、緊張感が高まる。ガイダンスが始まり、二海稀理はピ、ピ、と天月博人のメモ用紙を読みながら、ボタンを押して居ると。どこかに繋がった。
「あっ、あ、あ」
何を言えば良いのかわからないのだろうか、二海稀理は言葉を詰まらせた。電話の奥からはどんなようなのかを尋ねる声が聞こえる。暫くこのままだと切られてしまうだろう、そうなる前に天月博人は語り掛ける
「稀理さん、もう我慢しなくていいんだ。ただ、想う事を言えばいい」
すると二海稀理は泣き出して、見た事が無いほどに震えて。
「た、助けてください!」
叫んだ。
「久しぶり、なっちゃん」
「あっ来てくれたんですねヒロ!今日はどんなお話をしてくれるんですか?」
「その前に、入って2人とも」
久しぶりにやって来た井矢見稀理の病室に、友人となった友影可威、二海稀理を誘い入れる。二人は何所か入り難そうな表情で病室に入り、天月博人の左右に陣取る。
「こっちの坊主の人が自称、コントする元不良の親を持つ友影可威」
「自傷じゃねぇって!?、おっと、えー友達の影に、可能な限り威張ると書いて友影可威だ。よろしくな!ちょっと思ったんだけどこの漢字の並び最悪じゃねぇ?親に抗議した方がいいか?」
「今言うな、えっとこっちの後ろの髪が少し長い人が今、施設住まいの二海稀理」
「あ、えと、あの……ふ、二つの海に、稀な理?と書いて二海稀理です」
「わぁ!ヒロの友達なんですね!私は井矢見懐木です!井戸で弓矢を見ると書いて井矢見、懐かしい木と書いて懐木です!よろしくお願いします!可威君はこう、スポーツ少年って感じで格好いいです!稀理ちゃんはなんだか可愛いですね。アイドルみたいです!」
「あ、あの。僕、お、男です」
「男なんですか!? わー凄いです!こんなにかわいい男の人見た事無いですけど、とてもいいと思います!」
「え、えへへ」
二人を井矢見懐木に紹介し終わると、天月博人はいつもの様に井矢見桐乃ベッドに座り込む。
「あっ何か聞かせてくれるんですね!今日はどんなお話ですか?」
「4人でできるゲームとかやろうかなって考えたけど、記憶が鮮明なうちにね」
連れの二人は適当な空きベッドに座り、これから始まる静かな時間を共有する。友影可威は「もしかして俺もこうやって話に出されたのか?」と小声で言い、これから自身のことを話される二海稀理は、恥かしそうに顔を赤くした。
「今回の話は、気持ちを叫んだ男の子の話をしようか」
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