第44話 それぞれの想い

 丘の上に上ってみた。そこには、綺麗に長方形に切り取られた墓があった。墓には、



『マリア』



 と短く刻まれている。あの七色の指輪は、この墓の下にでも埋まっているのだろう。



「そういえば、あんた、死ぬとか言っていたわね。あれ、どうしたのよ」


「ああ、あれか」



 トラマルは特に興味もなさそうに呟いた。



「やめたよ。見つけたからな。俺も、代わりの大切なものってやつを」


「え!? あの短い時間の間に!?」



 トラマルとリアが別れてから時間はそんなにも経っていない。それなのに考えが変わったということは、あの短い時間の間に何かがあったということか。



「聞こえたんだよ。声が」


「声? それって、宇宙からの電波がとか言うあれ?」


「どれだよ。違えよ」



 トラマルはツッコミを入れながらも、少々顔が赤くなっているようだった。



「お前の声だよ。いつまで経っても決断できなかった俺の耳に、お前の声が届いた。そしたら、なぜか生きないといけないな、って思ったんだよ」


「……? なんで、私の声で? 私、何か言ったっけ?」


「覚えていないならそれでいいさ。まあ、とにかく、たまにはお前に感謝しないとな、って思ったよ」


「本当!? いやぁ、私も少しは『勇者』らしくなってきたってことかなー」


「調子のいいやつだ」



 トラマルは目の前の墓に祈りを捧げると、クルリと振り向いて歩き出した。



「え? どこに行くの?」


「影になるために、ってとこかな」


「……は? 意味がわからないんだけど」


「そのうちわかるさ」



 トラマルが月を目印に歩いていると、その隣にいつの間にかリアが並んでいた。



「……いや、お前はレオ王国に帰れよ。『勇者』なんだろう? みんなが帰りを待っているぞ」


「私、決めたの。『勇者』って言っても、私はまだまだ未熟だからね。だから、まずは一人をしっかり守れるようにしようかなって」


「その一人って、まさか……」


「そう、あんた」



 リアは満面の笑みでトラマルを見つめた。こんな笑顔を見せられては、トラマルも小言の一つも言えなくなる。



「迷惑?」


「ああ、迷惑だな。なぜなら、俺もお前を守るために生きようと思っていたからだ」


「いいじゃない。お互いがお互いを守りあえば」


「……まあ、それもいいだろう」


「ふふふ」



 リアはうれしくなったのか、声を隠し切れずに笑った。



「それよりも、お前、聖剣はいいのか?」


「どうせ粗悪品の聖剣でしょう? いらないわよ。それに、私、レオ王国を抜けるから」


「『勇者』ではいられなくなるぞ」


「大丈夫よ。『勇者』ってのはね。守るべきものがいれば、いつだって『勇者』になれるものなんだから。レオ王国が認めた『勇者』じゃなきゃ真の『勇者』じゃないってのも、おかしな話でしょう? だから、私はこのまま脱走します!」


「ふっ、それもいいだろう」



 トラマルとリアは二人で夜道を歩く。目的地はない。どこまでも続く道を、二人は互いを守りあいながら進むだろう。それが、『勇者』と〈影の一族〉の新しい姿だった。

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