第24話 観覧車

 十個目のアトラクションは、観覧車に決まった。辺りはすっかり夜になっており、どういう理屈かは知らないが、ビュレットの町はイルミネーションのように光り輝いていた。これも魔法の一種なのだろうか。



「綺麗ねー」



 観覧車に乗って、高いところから見下ろす景色は素晴らしかった。上空には満天の星空。下界にも、同じように満天の星空があった。星空のサンドイッチである。


 ふと、目の前にいるトラマルに視線を移してみた。トラマルはつまらなそうな顔をしながら外の景色を見ている。上も見ず、下も見ず、見ているのは闇夜で見えないはずのハチェットの丘の方だった。



「あんた、そんなにハチェットの丘が気になるの?」


「……ああ」



 リアは少々不機嫌になる。仮とはいえ、今は恋人同士として観覧車に乗っているのだ。もう少し自分に興味を持ってくれてもいいではないか。



「ねえ、どうしてそこまでハチェットの丘に行きたがるの? あそこには何もないのよ? あんなところで、あんたは何をしようとしているのよ」


「お前が知る必要はない」


「ぶー」



 トラマルは何かを隠している。だが、その何かはわからない。わからないからこそ、知りたくなるものなのだ。



(こうなったら、ハチェットの丘に着いたらこっそりとこいつのやることを盗み見てやろう。きっと面白いものが見れるはずだわ)



 リアは心の中で悪魔のような笑みを浮かべた。



「おい」


「へ? は、はい!」



 その悪魔のような笑みを見られたのか。急にトラマルが話しかけてきた。



「何をそんなに慌てている」


「べ、別に慌ててないわよ! そ、それで、何か用なの?」


「ああ。ちょっとお前に訊きたいことがあってな」


「私に、訊きたいこと?」



 トラマルにしては珍しいと思った。この男はリアのことなど、家畜以下のゴミのように思っていると思っていた。それが、リアに興味を持つなど、何か悪いものでも食べたのではないのか。



「お前、すごく失礼なことを考えているだろう」


「な、何でわかったの!?」


「鎌をかけただけだったが、やっぱりそうか」


「卑劣!」



 やはり、トラマルはいつものトラマルだった。リアは先ほどの考えを一瞬で取り消した。



「まあ、いい。それよりも、お前、大切なものを失くしたことはあるか」


「大切なもの? まあ、自慢じゃないけど、数え切れないほどあるわ」


「本当に自慢じゃないな」



 今回の聖剣に関してもそうだ。リアはいつも大切なものを失くしていた。その度に、周りから馬鹿にされる。



「そんなお前は、大切なものを失くして、落ち込んだりはしないのか?」


「落ち込む? う~ん。まあ、落ち込むことは落ち込むけど……」



 リアは考えてみる。落ち込んだ記憶はある。だがそれも一瞬のことだ。すぐに切り替えて、前に進もうとしていた。それがリアという人間なのだ。



「やっぱり、落ち込むけど、すぐに立ち直るわね。小さなことにグズグズしていても仕方がないじゃない」


「小さくないから、大切なものなんだろう」



 トラマルは抑揚のない声で反論する。



「う~ん。でも、大切なものって、一つじゃないでしょう? 一つの大切なものに固執して、他の大切なものを失ったら、それこそ目も当てられないじゃない。だから、やっぱり私はすぐに切り替えるかなー」


「……他の大切なもの、か」



 トラマルは誰に言うでもなく呟いた。そして、どれくらい考えていただろうか。突然、鼻で笑ってリアのほうに体を向けた。



「やっぱり、お前は馬鹿だな。失くした大切なものを、そんなすぐに忘れられるはずがないだろう」


「馬鹿って何よ! ただちょっと、人よりも忘れっぽいだけなんだからね!」


「ああ、そうだろうな。でも、俺はそんなお前が、羨ましいよ……」


「え?」



 聞き間違いだろうか。トラマルは今、リアのことを『羨ましい』と言った。何がそんなに羨ましいのか。人生の中で人から羨ましがられたことなど、数えるほどしかない。その一つが、今この瞬間だった。



「どうしたの、トラマル。頭でも打った?」


「そうかもな。お前にこんなことを訊くなんて、俺はどうかしている」


「……遠まわしに、私、馬鹿にされていない?」


「もう少し直接的に馬鹿にするべきだったか」


「馬鹿にするなって言いたいのよ!」



 いつの間にか、観覧車は終点に着こうとしていた。夜景は綺麗だった。眺めも最高だった。でも、あのトラマルの言葉が今でも耳に残っている。



(トラマルは、何か大切なものを失くしたのかな?)



 もしそうなら、探せばいいじゃないか。失くしたそのものでもいいし、代わりのものでもいい。なぜ、それをしないのか。単純思考なリアにはそれがわからなかった。


 ビュレットの町の夜空に、花火が上がった。

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