第5話 目的

「だからね、私は〈影の一族〉を倒すまで城には戻れないのよ。せめて聖剣が無事ならまだ可能性があったけどね。それもあなたのせいでなくなったし、やっぱり責任をとってあなたが私にやられるしかないと思うわけよ。わかる?」



 宿屋の二階にある一室。その中央にあるテーブルの席に、向かい合わせにトラマルとリアが座っている。そして、リアが延々と何かを訴えかけるように話しているのだった。



「おい」


「何?」



 トラマルに話しかけられて、リアはいったん会話を中断した。



「俺は二つ部屋を用意したはずだ。しかも、丁寧に二階と一階に分けてお前との接触を極力避けようともした」


「ふむ」


「それなのに、何でお前が俺の部屋に堂々と来ているんだよ!」


「私が来たかったから!」


「俺とお前は友達か!? 何でそんなにフレンドリーなんだ!」



 リアは勝手にトラマルの部屋の紅茶を用意し、自分で飲みだした。これではこの部屋の主は誰なのかわかったものではない。



「まあ、固いことは言わない。あ、チョコレートもあるじゃん。この宿、見た目は安っぽいけど結構いい宿ねー」


「勝手に食うな! あと、何気に宿屋に失礼だからな、お前!」



 トラマルはリアの手からチョコレートを奪い取り、自らの口の中に入れた。



「あー! 私のチョコレート!」


「俺のだ!」



 トラマルはため息をつき、椅子に掛けなおす。



「それで、お前は俺にどうしてほしいんだよ」


「私に倒されてほしい!」


「お前、よく馬鹿だと言われないか?」


「失礼ね。たまにしか言われないわよ」


「たまには、言われるんだな」



 素直に敵に倒される馬鹿はいない。それを言うほうも馬鹿だし、第一、敵と一緒の部屋で仲良くしているこの状況がすでに馬鹿馬鹿しかった。



「悪いが、今はお前のようなやつに捕まるわけにはいかない」


「……今は?」



 今は、ということはいつか別の時ならばいいのか、ということになる。トラマルの表情を見ていると、冗談ではなさそうだ。



「それじゃあ、いつならいいのよ」


「俺が、ハチェットの丘の上に着いたらだな」


「ハチェットの丘? 先の戦争で地図上から消えた場所じゃない。そんなところを目指していたの? 何のために?」


「野暮用だ」


「野暮用ね~。でも、それが済んだら別に私が倒しても、捕まえてもあんたは文句ないわけだ」



 リアにしてみたらいい情報だ。何もここで必死になって戦わなくても、ハチェットの丘まで行けばトラマルは戦闘を放棄するかもしれない。



 リアが大臣から言われたのは〈影の一族〉の討伐である。その方法は指定されていない。ならば、楽に〈影の一族〉を倒せる方法をとってもいいはずだ。



「なるほど。なら、私も一緒についていくわ」


「そう来ると思ったが、ダメだ」


「何でよ」


「むしろ、何で敵であるお前と一緒に行動しなければならない。いつ寝首をかかれるかわかったものじゃないんだぞ?」


「私がそんな卑怯者に見えるの?」


「十分見える」


「心外だわ!」



 リアはわかりやすいポーズをして怒りをあらわにした。だが、トラマルの目にはあまり怒っているようには見えない。あまり怒るのに向いていない顔つきなのだ。



「だが、まあ、俺はハチェットの丘での用事が済んだら、別にお前に倒されてもいいと思っている。もはやそれしか目的がないからな」


「ふむ……」



 リアは考えた。それほどまでの用事とは何なのか。本当に野暮用であるとは思えない。きっと何か重大な使命があるのだろう。もしかしたら、王国を揺るがすような重大な計画を立てているのかもしれない。これはぜひとも、トラマルが成そうとしている用事を訊くべきだった。



「教えない」


「まだ何も言っていないわよ!?」


「言わなくてもわかる。どうせ、俺がハチェットの丘でやろうとしていることは何か、と訊こうとしたのだろう?」


「うぐっ」


「ほらな。だから、教えないって言ったんだ」


「ケチね」


「敵に教える必要がどこにある」



 トラマルはリアの目の前にある紅茶を奪い取り、一気に飲み干した。



「あ、私の紅茶!」


「ぷはっ。はい。これでもうお前がこの部屋にいる理由はないな。さっさと自分の部屋に戻れよ」


「う~」


「唸っても知らん。じゃあな」



 トラマルはリアを無理やり部屋から追い出し、鍵を閉めた。リアは恨めしそうに鍵をしめられたドアノブを睨んでいる。



「ふん。いいもん、いいもん。こっちはこっそりと後をつければいいだけだもんねー」



 リアはトラマルが見ていないことをいいことに、舌を出して悪態をついてから一階に下りていった。


 もうすぐ、暗闇が街を支配する夜になる頃だった。

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