2 ぷるん
「――俺の話したいことは以上です」
新コンセプト『日常』シリーズについて、日向は一通り説明し終えた。
直近の作業計画についても簡単に話し合い、日向は来週の学校再開から早速盗撮を行い、カミノメ側にサンプルを提供することとなっていた。
「特に質問などなければ次の話に移りたいのですが」
「特にねえが、細かい打ち合わせはどうするんだ?」
「すいません、今日は絶対に外せない用事があるので。明日以降で構いませんか」
「構わん」
ジンが了承する前に、日向は次の準備に取り掛かっていた。
「今日はこの話で最後です。コメントをうかがうだけなのですぐ終わります」
その手にはSDカード。二日前の練習会で盗撮したばかりの映像が収められている。
日向は慣れた手付きでセットし、再生させた。
二人はしばし動画を眺める。日向は時折説明を加えた。
「――ぷるんのコンセプト、どう思います?」
「……いいんじゃねえか」
ディスプレイに映る女性参加者の胸や尻、太ももを視ながらジンが了承した。
『ぷるん』とは盗撮動画販売サイト『カミノメ』上のアカウントであり、撮り師である日向の第二アカウントにあたる。
そのコンセプトは女性の部位――特に胸や尻など『ぷるんっ』と擬音語の聞こえてきそうなセクシャルな部位に絞って盗撮する、というものである。
「
「もちろん。JKPはカミノメでも上位ランカーですからね。ネームバリューは大きい。同作者の姉妹アカウントだとわかれば、それだけで食いついてくる人も大勢いるはずです」
対して『JKP』は日向の第一アカウントで、日向自身が通う
「でもぷるんではJK以外も撮るんだろ? JKPの信者が騒がないか?」
「信者と呼べるほどのファンは意外といないんですよ。それにキャラクターで語るつもりはありません。重要なのは作品です。ファンを唸らせる作品を作り続ければいい。そうすればたとえキャラを使い分けていても、ついてきてくれますよ」
ジンが懸念しているのはJKPというキャラクターに対するファンの心理だった。
たとえば貧乳キャラを愛する絵師が巨乳キャラを描いた場合、ファンはその絵師に対して失望することがある。お前は
しかし同志を納得させる作品を描き続けば、そんなことは問題にならない。作者ではなく作品で満足させればいい、と日向は言っているのだった。
「そうだな、あとはぷるんで活動する暇があったらJKPで活動しろ、と怒りを露わにするかもしれないってのはあるだろうぜ」
「そんな意見は知りませんよ。私生活まで干渉されるいわれはありません」
「――ふっ。大したものだ」
熱狂的ファンの意見に左右され、振り回される撮り師は少なくないが、自分を貫く日向には心配無用のようだ。
「で、本音は何だ? JKP一本でも忙しいだろうに、わざわざ新しいアカウントを作った理由は?」
「JKPは高校卒業したら終わりですからね。そもそもそれまで継続出来るのかも怪しいですし」
「まあな」
何といっても高校が舞台になっており、一年から三年まで何十何百という女子がターゲットになっていて、恥部も含め既に多くの盗撮動画がアップされている。
通報でもされれば確実に春高にメスが入る。下手をすれば警察も介入した、本格的な捜査になるだろう。
そんな日向の懸念はジンも知っていた。
その上で自信に満ちた回答を贈る。
「だが、そこはお前がヘマしない限り安心していい」
法的措置をくぐりぬけるため、カミノメには数々の措置が施されている。
サーバー運営を日本国が干渉しづらい外国に構えたり、招待されていない者にはコンテンツの一切を見せない完全招待制を敷いていたり、新規招待候補者について複数人の利用者で審査するエコシステムまで成立している。
違法なパラダイスを守ろうと、運営だけでなく利用者も一丸となって協力しているのだ。しかもただの素人ではない。カミノメはコンセプトが『裕福な変態』なだけあって、利用者には裕福な環境を手にするほどのエリートが集まっている。実際、弁護士や警察関係者、果てはハッカーまでいたりする。
「ありがとうございます。助かってます」
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべるジンに対し、日向も同じような笑顔で返す。
「ぷるんだけじゃねえ。JKPでも『日常』シリーズを始動させるんだよな。校内の日常風景を丸々撮るたぁ正直の沙汰とは思えねえ。大丈夫なのかよ? カメラとかバレねえのか?」
「そこは抜かりありません」
「……大した自信だな」
ジンは日向の背後にいるであろう存在を想像する。
セキュリティの固い高校への侵入を許し、明らかに高性能なカメラを労することなく用意できる人物。あるいは組織か。
いずれにせよ、ただ者ではない。ハッカーと呼べるレベルの技術者がいてもおかしくはなかった。
ジンとしては日向のバックを洗い出したいところだったが、こう見えて日向は鋭い。そもそもバック自体がこちら側より手強い可能性がある。
下手をすればこちらが丸裸にされてしまう。ジンは踏み切れないでいた。というより詮索は控える方向に倒していた。
「まあいい。期待してるぜ」
「はい。それでは」
日向が一礼して部屋を出ると、ジンは動画再生を止めてディスプレイの電源を切る。
その頭は日向を支えるバックへの興味で満たされており、何とかして調べられないかと思索に耽ったが、結局返り討ちに遭うリスクを超える策は思い浮かばなかった。
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