能ある日向は爪隠す

えすた

プロローグ

「こりゃ凄い。具がモロ見えじゃねえか」

「おかげで下調べが大変でしたよ」


 タワーマンションの一室に二人の男がいた。

 その視線の先、壁に取り付けられた大型ディスプレイには女性の、いや女子の局部が映っている。


「感謝する。百五十は堅いぜ」


 部屋の主である大男がニヤリと笑う。

 百五十万円は軽く稼げる――と、そう言っているのだ。


「今年も頼んだぜ。現役高校生の撮り師どの」

「はい。ジンさんも運営頑張ってください。俺の扶持ぶちを潰さないでくださいよ?」

「わーってるよ。オレを誰だと思ってる?」

「今まで出会った中で最低最悪のクズ野郎だと思ってます」

「言ってくれる」


 二人はがっしりと握手を交わした。


 ジンと名乗る大男は盗撮動画販売サイト『カミノメ』のオーナーである。

 カミノメは『裕福な変態』をターゲットにしたサイトだ。利用者数こそ大手には遠く及ばないものの、十五年以上の運用実績を誇っており、年商も軽く億を超えている。

 その『カミノメ』に数年前から人気動画を提供しているのが、もう一人の高校生――渡会日向わたらいひなただ。


「にしてもよ日向。こんなに稼いでどうする気だ?」

「どうもしませんよ。貯金です」

「酒も飲まない。タバコも吸わない。ギャンブルもしなければ、女も抱かない。撮り師にありがちなカメラへのこだわりもねぇ。一体何してんだ?」


 ジンがポケットからタバコを取り出し、火を付けようとする。


「受動喫煙は勘弁してください」

「神経質な奴だな。モテんぞ」

「モテなくていいです」

「ガキのくせして偏屈になってどうする。一生童貞コースだぜ?」

「構いませんよ。むしろ望むところです。その方が盗撮へのこだわりが持続するでしょう?」


 淡々と答える無愛想な地味男を見て、ジンは露骨に嘆息してみせた。


「……まあな。ヤリ●ンやリア充にこんな性癖は宿らねえ」


 ジンは少し迷ってから、その頭をがさつに撫でる。


「お前は弟みたいなもんだ。幸せになってほしいって、そう思ってるんだぜ?」

「ジンさんはもっと利己的だと思ってますが」

「お前に言われたかねえよ」


 わははと豪快に笑うジンに対し、日向は「否定はしません」と単調に返すだけだった。


「……では、そろそろおいとまします。始業式がありますので」

「おう。今日から高校二年だろ。頑張れよ」


 日向が頷き、背を向けて立ち去ろうとする。

 遠慮も名残も一切感じられないのは相変わらずだ。ジンは茶々を入れてみた。


「彼女つくれよ」

「保証しかねます」


 日向の歩みは止まらず、間もなくドアの向こうに消えた。

 その様子をしばらく眺めた後、ジンはディスプレイに向き直る。タバコをくわえ、火をつけた。


「にしてもこれ、どうやって撮影してんだろうなあ……」


 煙を吐きながら、そう呟くのだった。

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