09 四月編



 この状況はなんだろう。













 09 四月編











 私の目の前には姉。私の斜め前には義兄。そして隣には大野。

 もしかしなくても、こんな風に我が家で座るのは、姉が義兄を紹介したとき以来である。

 私の出したコーヒーを俳優のようにすすっていた義兄が、不意に口を開いた。


「本題なんだけど」


 綺麗に微笑む義兄を見て、私は生唾を飲み込んだ。


「幸人を引き取らせてもらおうかと思って」


 ……え?

 驚いてまじまじと義兄の顔を見てしまったら、「惚れちゃった?」と訊かれた。

 義兄さん。隣にあなたの奥さんがいるのに、義妹をくどいちゃいけません。

 私は義兄に言う。


「冗談ですか?」

「まさか」


 そう言って義兄は笑う。姉さんを見ると、にっこりと微笑み返された。

 も、もしかしなくても、本当の話ですか、これは。


「あ、あの……姉さんはそれでいいの?」

「私は綺麗な弟と住めるのは嬉しいわよ」


 うん、そうだよね、あなた美形好きだったよね。忘れてたよ。

 ちらっと大野を見ると、涼しげに微笑んでいる。


「大野は、すでに話聞いてたの?」

「ううん、今日はじめて聞いたよ」


 はじめて聞いてそんな冷静なんだ、すごいな、大野。たとえ次の日に住む家が変わってても、すぐに順応できるタイプなんだな。

 感心していると、姉が訊いてきた。


「華はいいの?」

「は?」

「幸人くんが私達と暮らすことになってもいいの?」

「ああ、全然問題なむぐっ!」


 不意に隣から伸びてきた手によって、口を塞がれた。何だ! と目で訴える。大野は口を私の耳元まで近づけた。


「俺がいなくなったら、華子さんが疲れてるときに家事をやってくれる人、いなくなるよ。買い物が多いときに荷物もちしてくれる人、いなくなるよ。朝華子さんを起こしてくれる人、いなくなるよ。勉強見てくれる人、いなくなるよ? いいの?」


 ……それは結構困る。

 どう返事をしようか悩んでいると、大野はもう一言付け加えた。


「数学、また赤点になっちゃうかもしれないよ」


 それは困る!

 私は姉と義兄に向かって言った。


「本当に申し訳ないんですけど、大野に今いなくなられたら私、すっごく困るんです! 大学進学まででもいいんで、どうかここに住ませて下さい!」


 お願いします! っと、最後に付け加えると、姉と義兄は一瞬ぽかんという顔をして、大笑いした。

 わ、私何か変なこと言った?

 おろおろしていると、義兄がお腹を抱えて言った。


「い、いや……こんないい反応してくれるとは思わなかったよ。いやあ、言ってみるもんだ」

「ほ、本当ね……華が、こんなこと、言うなんて!」


 姉もクスクス笑っている。それがなんだか気に障って、私はむっとしながら言った。


「そんなにおかしなこと言っていません!」

「ふ、ふふっ……華、今日はなんの日ーだ?」


 今日? 昨日が三月三十一日だったから……












「四月、一日……」

「エイプリルフールでしたー!」

「まっ、まさか! 今までのは全部うそ!?」

「そうだよ、華子ちゃん」


 未だにお腹を抱えながら、義兄が応える。

 そ、そんな!

 絶望に打ちひしがれていると、やっと笑いを抑えた義兄が、姉さんを立たせていた。


「じゃあ、俺達は帰るよ。いやあ、いいこと聞いたなあ」

「ええ、満足したわぁ。じゃあねー、華、幸人くーん」


 姉は義兄に引きづられながら、笑顔でずっと大野を見ていた。

 なんとか復活した私は、隣に座っている大野の胸元を掴む。


「お、大野、あんた、まさか」


 大野はにっこり笑った。


「もちろん、わかってたよ」










 次の日に、大野の頬に綺麗な手形がついていても、私は悪くないはずだ。


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