非日常

沢野いずみ

01 人伝告白編



 後輩の可愛い女の子に呼び出されて、律儀に出向いた私にその子は言った。


「大野先輩と別れてください!」

「…………は?」








01 人伝告白編









 私は走っていた。体育の時でも出さないようなスピードで。

 廊下をドタドタと、大きな足音を立てて走り抜けていく私を、皆が驚きの目で見るが、気にしない。

 私が向かっている所、それは教室。

 別に授業に遅れるとか、そんな事でここまでして走っているのではない。




 そこにいるある男に、何か一言言いたいからだ。



「大野おぉぉぉぉ!」


 叫びながら、私は教室に飛び込んだ。そして、女子に囲まれハーレム状態の、憎らしいほど綺麗な顔をした男に掴み掛かった。


「貴様は、何を言ったんだぁぁぁぁ!」


 服を掴んだまま、大野を上下にブンブンと振りながら叫ぶ私を止めたのは、奴の周りにいた娘さん達だった。


「ちょっと、幸人くんになにすんのよ!」

「それはこっちのセリフだ! 大野っ! アンタ、あの子に何言ったのよ!」

「あの子って?」

「一つ下の学年の、磯部恭子!」


 私が言うと、目に前の男は少し考え、それから「ああ」と言って手を打った。


「昨日、告白してきた子?」

「そう!」

「それなら……」


 そこで言葉を止めた奴は、私を見てにこやかに笑った。

 ……殴りてぇ。

 その思いを何とか止めて、奴の言葉を待った。ニコニコ顔の男は、さも自分の所為ではないというような態度で言った。


「今村さんの許可が出たらいいよ」

「ああ?」

「その子に言ったこと」

「……お前はなんと言うことを! そんなこと言ったら勘違いするに決まってんだろ!?」

「付き合ってるなんて一言も言ってないよ?」

「付き合ってないんだからあたり前じゃぁー!!」


 叫び過ぎてゼイゼイと息をする私。さっきまで大野にくっついていた女子達は、いつに間にか離れた所でこちらを見ている。蛇に睨まれた蛙のような表情で。

 ……そんなに私は怖いのだろうか。さすがにそこまで怯えられると、こちらも傷つく。

 一つ息を吐いて、私は言った。


「いい? 私とアンタは、私の姉があんたの兄と結婚したっていうだけの関係なんだからね? 変なところで私を出すんじゃない!」

「えー?」

「えー? じゃない! 私を巻き込むな!」


 ムー、と呻いて大野は少し考えた。その姿も様になるからムカつく。ちくしょう。

 ふと、私を見て大野が笑った。……すごく嫌な感じがして、鳥肌が立った。


「じゃあ付き合おうよ」

「……はあ?」


 腕をさすったまま聞き返す。今の話から、なぜそうなるんだ。


「だから、付き合ったら本当になるでしょ? だから付き合おう」

「……誰と誰が」


 分かっていたが、認めたくないので、あえて聞いてみた。すると予測どうり、奴は、こうのたまった。周りが輝いて見えるくらいの、否、かすんでしまうくらいのすばらしい笑顔付きで。


「俺と今村さん」

「断固として拒否する!!」

「……即答はひどいなぁ」


 何が「ひどいなぁ」だ。ちっとも嫌そうな顔をしてないじゃないか。


「とにかく、私は……」


 と言ったところでドアの開く大きな音に邪魔をされてしまい、私は言葉を押し止めてしまった。せめて最後まで言わせてから入って来い。不消化って気持ち悪いじゃない。

 とりあえず、邪魔をした奴を見ようとドアの方に目を向けると……さっき私を呼んだ女の子が立っていた。

 そういえば……話を聞いてキレた私は、この子を置き去りにしてしまったんだった。

 息をはずませて、必死に彼女は声を出した。


「せ……先輩……」

「……ここにいるの、みんな先輩だけど……」


 彼女の言葉につい言ってしまった。ハッとして彼女を見ると、やはりと言うか、なんと言うか。とにかく、すごい気迫の睨みを頂いた。……可愛い子が怒ると迫力あるね。


「大野先輩!」


 ちゃんと改めて彼女は呼んだ。


「何?」


 彼女のオーラにまったく動じず、いつものにこやかな笑顔で答える大野。……もっとも、その笑顔という仮面の下は、悪魔だが。


「今村先輩と付き合ってるんじゃないんですか?」

「そんなこと、一言も言ってないでしょ?」


 もっともな奴の言葉につまる彼女。……確かに勘違いをした彼女も彼女だけど、一番悪いのは、そんな言い方をした大野じゃないか。


「じゃあ、私と付き合ってください」


 可愛い顔して強気な彼女。私としては、女の子女の子してる子より、こういう子の方が好きだ。


「今村さんがOKしたらね」

「許可する」


 即答して、大野を彼女の前に突き出した。すると、しょうがないか、といった感じで大野は承諾した。


「分かった。いいよ」

「本当ですか!?」


 この態度で喜んでいいのか。そう思う私を他所に、一瞬にして顔を喜びの色に染めた彼女。可愛いねぇ。だが、そんな彼女を次の大野の言葉が奈落の底に突き落とした。


「好きにはならないけどね」


 静まり返る教室。寒気がする空間。ここにいる皆が思っただろう。

 逃げたいと。


「先輩の……」


 フルフルと震えながら、その細い腕を、近くの机につけた。そして……


「バカぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 大声で叫んだかと思うと、その机に置いてあった筆箱を引っ掴み、思い切り、大野めがけて投げ放った。





 ――が、それは、大野には当たらず、奴の隣にいた私の顔面に命中した。




 バカーン、といい音を発して、筆箱は私に足元に落ちた。やってしまった本人の、「あっ」と言う小さな呟きの後、極寒零度のような空気が流れた。

 沈黙を破ったのは、私だった。


「やりやがったな……」


 静かに、腹の底から出るような声で言った私に、彼女はビクッと震えた。そして私はその辺にある、かばん、教科書、ノート、筆箱など、あるもの全てを投げつけた。

 教室にいた人たちは、すごい勢いで逃げ出し、私に危害を加えた彼女は、涙ながらに謝っていた。





 原因を作った張本人は、笑顔でそれを眺めていた。




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