第122話 帝都決戦 後編

「雑魚が」


 ヴェルガノン帝国皇帝デュークがぼやくように一言吐き捨てる。

 偃月えんげつの陣形で総大将である皇帝自身が敵陣に切り込み、愛用の武器である剣、いや『剣の形をした鋼の塊』を振り回し、ハシバ国の軍勢を次々と刈り取っていく。

 景気よく相手を血祭りにあげる中、憎むべき相手が姿を表す。裏切り者のシグリッドだ。


「シグリッド……裏切者め! 何しに来た!?」

「あなたを止めるためにやってきました。しかし裏切り者とは心外ですな。裏切るためには相手を一度信頼する必要があります。私はあなたの事を信用したことなどただの1度もございませんよ?」

「よくもそんなふざけきったセリフが吐けるな!! 人間という僭主せんしゅから王権を取り戻すための『聖戦』を邪魔をするだけでも腹立たしいのに!」

「あなたごときが正義を語るとは。まるであなたが毛嫌いする人間そのものみたいに傲慢ごうまんじゃないですか?」

「もういい。貴様としゃべっていても舌が疲れるだけだ。邪魔をするなら斬って捨てるぞ!」

「良いでしょう。私も本気を出させてもらいます」


 そう言ってシグリッドは腰につけていた黒いロウソクに火をともす。辺りが、暗くなり始める。


「……何をするつもりだ?」

「これは闇の魔力を込めて作られたロウソク。ともすと辺りを闇に包む特別製のものです。これで私は昼間でも夜中であるかのように全力を出せるんです。

 ところで、吸血鬼の何が恐ろしいかご存じですかな?」

「魔力か?」

「……違う!」


 そこまで言ったところでシグリッドの全身の肉が爆発するように膨張する!


「あらゆる生き物を超越する、圧倒的な力! 岩をも粉砕する、暴力だ!」


 屈強なミノタウロスですら比較にならないほどにシグリッドの全身の筋肉が膨れ上がった。




「フー……フー……言っておくがこの姿だと手加減はできんぞ」


 筋肉の塊とでもいうべき右の剛腕がうなる。デュークはそれを自らの武器で受け止めるが常人なら弾き飛ばされるような衝撃が走る。


「くっ!」


 皇帝は飛び退いて距離を作る。そして持っていた武器をフルスイングして相手に斬りつける! だが相手はそれを腕で受け止め、ダメージを与えることが出来ない。

 シグリッドの膨れ上がった筋肉はその1本1本の筋繊維自体が鋼鉄のような硬さがあるが、同時に衝撃を吸収、分散するしなやかさと柔軟性をも兼ね備えるミスリルをもしのぐ堅硬な鎧であった。


「……化け物め」

「貴様に言われたくは無いがな」


 皇帝に化け物呼ばわりされた肉体が激しく膨張した吸血鬼の左の拳がデュークの顔面をとらえる。一撃で頬骨が粉砕し、肉がつぶれる。だが彼には不死化の施術が施されており、破損部分が即座に修復され、元に戻る。


「貴様も十分化け物だな」

「フン」


 皇帝は再び剣をふるう。が、今度は相手に白刃取りで受け止められてしまい、致命的な打撃を与えるには至らない。


「ぐっ!」


 デュークは皇帝となってから初めて相手に苦戦を強いられている。自分の持つ『剣の形をした鋼の塊』を真正面からぶつかっても生き延びれる生き物など、いなかったからだ。

 シグリッドは上に放り投げるように剣から手を離す。一瞬だけ相手のボディががら空きになる。その一瞬を逃すことなく、樹齢100年を超える杉の木のように太い右腕がデュークの胸をとらえ、背中側に大きく突き出るように貫通した。

 例え不死者アンデッドと言えどここまでのけがを負ったらただでは済まないだろう。


「ぐ……」


 デュークが内臓を外へ垂れ流しながら剣を落とし、地に大の字になって倒れ込んだ。

 勝負が決したのを知ってシグリッドはロウソクの灯を消す。膨れ上がった筋肉はしぼみ、また元の端整な顔立ちへと戻っていった。


「勝負あり、ですね」

「いや……まだ負けたわけではない……私は死ぬ。これで2度目だ。だが、私は生き続ける。『死そのもの』となって……生き続けよう!」


 そう言って懐に隠し持っていた呪術が刻まれたナイフを自らの首に突き刺し、瘴気をささげた。




【次回予告】


4000年の時を超え、奴が復活する。


第123話 「『渇き』 降臨」

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