第62話 多種族国家ならではのいがみ合い
季節は巡り、暖かな日が訪れるようになったころ。
いつも通りマコトが酒場 「剣と盾」で情報収集をしていたらとある農民が仲間との話をしていたが、その内容が気になったので彼はそれに耳を傾けていた。
「なぁチャド、お前生まれ変わったら何になりたい?」
「何だよいきなり」
ウイスキーの薄い水割りをチビチビとやっていた男がそばにいた友人に問いかける。
「俺は生まれ変わったらワーシープになりてえな。一日中寝て過ごして、仕事らしい仕事と言えばただ毛を刈られるだけ。
それに弱すぎるらしくて兵役も免除ときたもんだ。あいつら見てると今みたいに日の出から日没まで働き続けるのがバカらしくなってくるよ」
「ハハッ、傑作だ。生まれ変わりなんてもの信じてる奴はお前が初めてだよ」
「いやいや真面目な話だぜ? 3食昼寝付きで労働も兵役も無い。俺だって1日中寝て過ごしてえよ」
「あーそうかいそうかい。じゃあそうなるように万色の神にお祈りでもしたらどうだ?」
それなりににぎわい穏やかだった酒場だったが……
「オイ店主! 飲みに来てやったぞ! って、何だぁ?」
最近この国に移住した若いドワーフがカウンターで飲んでいるダークエルフの男を見て声を上げ、途端にけわしい顔をする。
「チッ、黒い長耳か」
「これはこれは。誰かと思えば乳飲み子に酒を飲ませていると噂の肉の塊じゃないですか」
「お客さん。エルフとドワーフはお互い仲悪いってのは俺もわかってはいますがこの店は性別や身分、それに種族に関係なく平等に接します。
この国の王と言えどこの店ではただの客です。誰かをえこひいきすることはありませんよ。その辺ご了承いただけませんか?」
ドワーフに気付いたダークエルフも同じような口調で返し、店内に険悪な空気とピリリとした緊張感が走るが、マスターのエディは熊の様な身体からは想像もできない位口調は丁寧だが、
どう猛な肉食獣のような威圧感のある声を2人にかけて火消しにかかる。
「分かったよ、マスター。とりあえずウイスキーをストレートでくれ」
「まぁ店主がそう言うのなら仕方ありませんね。店主、ワインをもう1杯いただけませんか?」
騒ぎにはならずにお互いにお互いの事を飲み込んで大事には至らなかった。
地球においては同じ人間であっても肌の色や信じる宗教が違うだけで差別や対立が起こり、科学技術が発達した現在でも解決していない問題だ。
ましてや種族すら違うとなるとその根深さはより深くなる。
マコトの国、ハシバ国は他に例を見ない「多民族国家」ならぬ「多種族国家」であり、その辺の協調を維持するための不断の努力を必要とされている。
別の日……
「ハァーッ……ハァーッ……マンドレイク……マンドレイク……」
マンドレイク達を見つめるドリーの瞳はとろんとしており、明らかに危ない臭いを漂わせていた。
「頭の花……おいしそう……根っこの体……おいしそう……頭から丸かじり……丸かじり……」
「おいドリー、こんなところで何やってるんだ?」
「う、うわっ! 閣下!?」
「大丈夫かお前? 様子がおかしいぞ? 変なものでも食ったか?」
「い、いえ。食べたというよりは食べたい……あ、いえ。何でもありません」
(あーあ、やっちゃったなぁ)
ドリーは時々マンドレイクたちを見て食欲を誤魔化していたがまさか国王にばれるとは思っていなかった。去っていくマコトを見て彼はバツが悪そうに後悔するのであった。
マコトがオヒシバ達の仕事ぶりを見ようと視察にやってきた時に彼は理解してくれるよう求めた。
「オヒシバ、お前らマンドレイク達にはそれなりに重い税を課している。すまない」
「良いんですよ。ボクたちを悪い人間から守るにもお金がかかるんですよね? そのためならきちんと税金は払いますよ」
一応マンドレイクやワーシープといった弱すぎて兵士としては役に立たない「戦力外」の者達には「兵役免除、および彼らを守る対価として」税を重くしていると説明している。今のところは納得してくれているようだ。
もちろん見返りもあるように、マンドレイクやワーシープの居住区周辺を厳重に見回りするようにシフトや巡回ルートを組んでいる。
特にマンドレイクの居住区では以前拉致未遂事件が起きたのもあって、なるべく監視の目を光らせるようにしているのだ。
ある者にとっての平等は別の者にとっての不平等である。
例えば、酒場 「剣と盾」で起きたエルフとドワーフの出来事もそうで、嫌いな種族を入れる酒場はお互いに不満をためやすい。「敵の味方は敵」なのだ。
他にも、たとえば人間と植物型魔物の税金を「平等に」取ることにすると「植物型魔物は人間と違って食費が肥料代程度しかかからないのに同じ額しかとらないのは不公平だ」と人間側が不満を溜めてしまう。
だからといって植物型魔物の税金を理由なく重くすれば良いというわけではない。それも植物型魔物側に不満が溜まる原因となる。
そこの「落としどころ」を探る、あるいは納得させる理由を見つけるのが王の手腕の見せ所だ。
マコトはそれなりにいい理由を見つけて納得させている。上々と言えるだろう。
「ジェイク、種族間対立の事件は起きたか?」
「今はお互い言いたいことを飲み込んで我慢してくれている、といったとこだぜ。強いて言えばワーシープの牧場やオークがあつまる場所に石が投げ込まれていた事ぐらいか?」
「分かった。引き続き監視を頼む」
王は配下にそう指示する。本格的な種族間対立にはならないで欲しいという思いと、もし事になっても毅然として対応しなくてはならないという責任感が日増しに大きくなっていく。悲観こそしないが楽観視も出来ないだろう。
【次回予告】
「多民族国家」ならぬ「他種族国家」へと成長したハシバ国。
それゆえに起こる対立およびすれ違いにマコトは黙って見ているつもりはなかった。
第63話 「種族間対立の火消し」
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