第55話 出産

 それは慰民祭が終わっておよそ1ヵ月がたったある日のことだった


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」


 マコトが目覚めてみるとメリルは既に起きていた。だが様子がおかしい。その顔が苦痛で歪んでいた。


「!? メリル!? どうした!? まさか!」

「うん。とうとう来たみたい」


 メリルがつらそうな顔で応える。陣痛だ。急いで城内に設けられた分娩室へと担ぎ込まれる。


「ハァ、ハァ、ハァ、あぐっ! うぐうああああ!」


 破水して初めての産みの苦しみを体験するメリル。13歳の小柄な身体には厳しい激痛に身をもだえさせる。


「メリル! しっかりしろ!」

「あ、あなた。うん、大丈夫。ちゃんと産むから。ぐううう! うああああ!」


 マコトは妻の手をしっかりと握り、必死に祈る。メリルは叫び声を上げながらただただ痛みに耐える。


 朝から始まった出産は初産ということもあって長引き日没後まで続いた。

 そして……


「ウゥオギイィヤアアアアア! ウゥオギイィヤアアアアア!」


 夜中に鼓膜が破れそうなほどの大声で彼は産声を上げた。


「ハァ、ハァ。ふぅ。産まれた」


 だが子供を母親に見せることなく、赤子の父親とその配下数名と共に別の部屋へと行ってしまう。




「閣下、いかがいたしましょうか」

「ううむ……」


 取り上げられたマコトの息子。彼の身体は全身が赤みががっており、ひたいからは小さいながらも角が2本生えていた。つまりは、取り換え子として産まれたオーガだ。

 取り換え子、それは人間の父親と人間の母親の間に産まれたにもかかわらず、魔物が父親であった場合のみ産まれる魔物の子が生まれる現象だ。

 まさか自分が体験するとは、思わなかった。


「取り換え子か」

「閣下、いかが致しますか?」

「もう見せるしかないだろ。産声は聞かれてるから死産したとは言えんし、それにコイツは俺の子だ。俺には……殺せない。せっかくこの世に産まれたばかりだってのに、死ぬ所は見たくない」


 マコトは意を決して妻に産まれたばかりの我が子を見せることにした。


「メリル、大仕事が終わった直後だがびっくりするかもしれない。でも見てくれ。これが、俺達の子供だ」


 マコトは自分の息子を母親と対面させる。彼女はしばらくの間ただじっと見つめ……


「……かわいい。ツノもちっちゃくてかわいい」


 そう漏らして彼女はそっと我が子を抱き、安堵の表情を浮かべる。その顔は幼いながらもれっきとした母親の物だった。


「あなた、あなたからしたらやっぱり人間の方が良かった?」

「まぁな。でもこうし無事に産まれてくれただけでも良かったと思うよ。決してこの子の事は人間じゃないってだけで否定したりはしないさ」

「そう。私も同じかなぁ。こうして痛い思いをしてまで産んだんだし。それによく見るとオーガでも結構かわいい所もあるしね」

「そうか。今日は本当に疲れただろう。ゆっくり休め」

「うん。お休み」




クルスの日記

後アケリア歴1239年 8月3日


 母さんがオヤジとの子供を産んだ。俺は義理の兄貴になったわけだ。

 わけなんだが……その子供ってのが取り換え子として産まれたオーガだという。

 オヤジは俺の子供だから種族は関係ないと言っていたが、出来れば人間の方が良かったかもしれない。

 ただでさえ血のつながらない兄弟でギクシャクするってのに種族まで違うとなると、不安だ。




【次回予告】

母親になったのは何もメリルだけではない。荒々しい「オーガ」もそうだった。

第56話「乳母 お虎」

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