第47話 マコトの1日

「お、今朝はタコ飯か」

「うん。昨日安くタコが買えたからね」


 メリルに遅れて起き出したマコトが匂いで朝食を当てる。秋も深まりそろそろ朝起きると少し寒いといえる頃になってきた。

 それでもメリルはマコト達よりも先に起き、朝食の支度を整えていた。炊き立ての釜からは昆布だしとタコの香りが混ざった食欲をそそるいい匂いがあふれている。


 地球では特にヨーロッパでは宗教上タコを食べてはいけない生き物だとされているところもあるが、そういう地域でも港町ではかなり親しまれている食材である。

 世界は違うものの、港町であるシューヴァルとその周辺地域も例外ではなく、タコはなじみ深い食材として広く流通している。


「げ、オヤジに母さん、タコなんて食うの?」

「うん。美味しいよ?」

「クルス、好き嫌いせずに何でも食え。母さんが作った料理はハズレなしだから大丈夫だぞ」

「うう……うおおお!」


 タコを食ってる両親を否定するわけにもいかず、クルスは半ばやけになって目をつぶり、タコを食う。


「……ありゃ、なんだ。結構うめぇわ」

「だろ? 食わず嫌いは損するから見たことない食材でもどんどん食え」


 かくして夫と息子はタコ飯を次々と胃袋の中に入れていった。


 メリルが嫁いでからはマコトの食生活は劇的に改善した。

 彼女は6歳のころから都市国家シューヴァルから招いた講師により料理の腕を仕込まれてきたので料理のレパートリーも大幅に増え、味も格段に良くなった。食事が楽しいものになったのはかなりでかい変化だ。


 以前の物は薔薇の騎士団団員やお虎が見よう見まねで作った物なので、ろくに下ごしらえも下味も付けずに調理するものだから、はっきり言ってしまえば「まずい」上にレパートリーも「カボチャのスープとジャガイモの煮っ転がし」あるいは「具材をテキトーに切ってナベに放り込んだだけのシチュー」というものぐらいしかなかった。


 生きるための栄養を取るため、いわば「燃料補給・・・・」みたいなもので実に味気なく、食を楽しむような物ではなかったのだ。




「フーム。これなら人間の成人男性1人を抱えても問題無さそうだな」


 クローゼはハーピーの有志たちに麻袋に様々な重さの重りを入れて、それを持たせても問題なく飛べるかどうかという「積載量」をはかっていた。

 馬力は想像以上にあり、人間の男1人抱えても問題なく飛べるほどだ。


「では次に飛行速度の計測を行いたい。スタート地点から、まずは重り無しであの旗のある位置までどれだけの速さでたどり着けるか調べよう」

「よぉクローゼ、調査は順調か?」


 そこへマコトが視察にやってくる。久しぶりに見るクローゼの瞳は輝いていた。


「おお、閣下ですか。いやぁ、閣下には感謝しかありませんな。ハーピーの生態を間近で観察できる機会なんてそうは無いですからなぁ。しかも今回の調査には研究費がおりる。これ以上素晴らしい事は無いですな」

「まぁ、急ぎだし重要な研究だからな。しっかりデータを取ってくれ、頼んだぞ」


 マコトがハーピーに関するデータをクローゼにお金を払ってでも取らせているのは、ハーピーを戦争に使うためだ。それには彼らの身体能力のデータを取る必要がある。


 荷物は何キロまで持てるか、何時間飛び続けられるか、どれくらいの速度で飛べるか、さらにはどれだけの重さの装備や荷物をもって、何時間の間、どれくらいの速度で飛べる、あるいは滞空出来るのか? といった要素を把握しておかないと実戦投入は不可能なのだ。


 特にハーピーにまつわる身体能力のデータは1200年前を境に無くなってしまったので新たに取り直す必要があったのだ。

 順調にデータは取れているようなので一安心と言ったところか。




「閣下、こちらが新たに出来た石けん工場となります」


 昨年の冬、エルフの厄災(地球で言うインフルエンザ)で多数の国民が死んだのを忘れてはいない。

 その対策のため石けん工場を建設していたのだがようやくそれが完成したとの報告を聞いて視察にやってきたのだ。


 中に入るとアブラヤシから油を搾るための装置や、廃油や搾った油の煮炊き用大なべといった設備がずらりと並んでいた。

 管理者の説明によると既に生産ラインは動いていて、石けん作りが現在進行形で行われているという。


 ちなみにこれら工場は冬場の農作業が出来ない期間、農民への仕事を提供するという意味もある。

 彼ら自身も夏場に刈り取った大麻(この辺に自生する大麻は地球ではヘンプという、マリファナは取れない繊維採取用の大麻だった)を冬場、ロープや麻袋、麻布などに加工する内職をやってはいるが、工場勤務はそれよりも金になるので農民、ひいては国民を豊かにする効果がある。

 これもまた国力をつけるための大事な要素なのだ。


 なおこの石けん工場はマコトの住む城下町だけでなく元ミサワ国やランカ国、リシア国の領内にも同様の施設が建設、稼動されている。国内各地にくまなく石けんを流通させるためだ。ついでに言えばシューヴァルに対しての貴重な「輸出品」にもなる。




「準備はどうなってる?」

「順調です。予定通り明日には発令できるよう手はずを整えています」


 昼過ぎになり、マコトは国内に石けんの割引券の配布する御触れを出す準備の様子を視察していた。

 石けんで手を洗う習慣が付けばエルフの厄災の原因である、地球で言うインフルエンザウィルスを殺菌できるので予防になる。


 さらに石けんで身体や服を洗う習慣が出来れば汚れを落として清潔になり、他の病気も防げる。(配布する際その説明もする予定)

 この世界の洗剤事情は地球から来た王により改められつつあるが、地方では今でも例を挙げれば「発酵させた人間のオシッコ」という物が使われており、それを正すためでもある。


 幸い、御触れに先行して石けんを受け取った洗濯女(衣類洗濯を仕事にしてる女たち)からの評判は上々で、彼女からの噂話を聞いている主婦も多く、口コミで広く浸透するだろうとは思っている。

 更にラタトスクも使い、正しい知識の国民の間に流通させることに余念がない。いつの世も、いや情報源や流通経路が限られているこういう世界は、正しい情報の価値は計り知れないものがあるのだ。




「マコト様ですか。今のところは順調です。来年の春には生徒の受け入れが可能になるでしょう」


 この日最後に訪れたのは建設中であるハシバ国立の神学校。学費が既存の神学校の20%オフでなおかつ優秀な講師を招いた本格的な学校になる……予定である。

 いつの日かぶつかるであろうヴェルガノン帝国は不死者アンデッドで構成されている。その「特効薬」になるのが光のマナを使った魔法だ。その使い手である聖職者を確保するための施設として急ピッチで建造が進んでいる。


 これは10年後のマコトが後悔したリストの一つである「聖職者の確保が出来なかった」を解消するためというのもある。人材の育成というのは時間はかかりすぐできるというものでは無く、作物同様種をまき、育て、収穫まで根気強く待つ必要がある。

 未来のマコトからの情報ではヴェルガノン帝国侵攻までの逆算をすると余裕はあまりないのは確かだがそれでもやった方が良い未来が来るだろうと期待して建設させているのだ。運営的には大赤字なのが見えているが人材確保のためあえて承知の上だ。




「ただいま」

「お帰りなさい、あなた」

「クルス、ただいま」

「ああお帰り、オヤジ」


1日の仕事を終えてマコトは城に戻ってきた。


「あなた、その……私、妊娠したみたい」

「妊娠!? 妊娠したのか!?」


待っていたのは妻からの嬉しい報告だ。2人の間に子供が出来たのだ。


「か、母さん妊娠したのか!? って事は、俺の義理の弟か妹って事か?」

「そうだな。お前お兄ちゃんになるぞ、しっかりやれよ」

「ああ、分かったよ」




クルスの日記

後アケリア歴1238年 11月7日


 母さんが言うには妊娠したらしい。俺にとっての義理の弟か妹になるそうだ。

 しかしガチでオッサンな37歳(もうすぐ38になるらしいが)のオヤジと、俺と2~3歳くらいしか違わない母さんが子作りをしてるのを想像するとぞっとする。

 20歳以上も歳の離れた夫婦って……俺も一応は王族だが、やっぱり王様やお貴族様の考えは分かんねえ。




【次回予告】


倒さなくてはならない敵であるハシバ国包囲網。

それの実力を見るために軍を派遣する。

第48話「威力偵察」

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