第19話 来客2名
エルフェンの部族を迎え入れてから数日、彼らの居住区周辺の森に看板が立てられた。
「エルフ居住区につき伐採を禁止する」
という文字と共に伐採禁止を意味するマークが描かれていたその森の中には、ぽつりぽつりと移動式住居が設置されていた。
これはダークエルフたちが遊牧民の移動式住居を参考に作ったもので、人里から離れた森や草原に家を構えたり、いつ追い出されてもいいように分解して持ち運びが出来る(と言ってもロバ数頭に載せる必要があるが)ようになっているのだ。
今のところ既存の住民との衝突も表向きには無く、何とか共存しているようだ。
(ふ~ん。ダークエルフの居住区か)
その看板をもの珍しそうに見ている、この辺りでは珍しい頭にターバンを巻いた男がいた。
「なぁ兵士さんよ、ちょっといいかい?」
彼は近くをパトロールしていた兵士をつかまえてあることを尋ねた。
「今のところわが国ではこれが限界ですな」
「うーむ」
ディオールとマコトは自分たちの国の現状について話し合っていたがあまりいい結果は出ない。
正義とは力である。そして力というのは大体数だ。
質はそこそこ、いや平均以下でも数さえ揃えれば何とかなる。
だがマコトの勢力は兵の数も領民の数も周辺国と比べて明らかに足りない。
ミノタウロスの傭兵部隊やダークエルフの部族を受け入れて質は大幅に増強されたがそれでも数はまだまだだ。
引き続き移民受け入れは続けているものの、わざわざ都会を捨ててド田舎の国に移り住むという者はなかなか現れない。特にマコト率いるハシバ国の隣には大きく発展している都市国家シューヴァルがある以上、移民はどうしてもそっちに行きがちだ。
さすがに配下にゴブーとお虎しかいなかったころに比べればはるかにマシではあるが、相変わらず厳しい綱渡りのような国家運営である事には変わりなかった。そんな中だった。
「執務中の所失礼いたします、閣下。自分の事を閣下に雇ってほしいと名乗り出ている男がいます。いかがいたしましょうか?」
「わざわざ俺を指名か、珍しいな。まぁいい、会って話を聞こう」
マコトが王の間に着くと男が待っていた。ターバン頭と薄ら笑いをした目、それに口元の不敵な笑みが悪い意味で印象的な、地球で言う中東風な格好をした男だった。
「君は俺に雇ってもらいたいそうだな。名は何て言う? それと、前職は何をしてた?」
「ヒヒヒ。おう。俺はジェイクってんだ。魔物相手に食い物や日用品の売買をやってた。前は別の王に仕えてたけどプライベートでドジ踏んで怒らせちまってさぁ。それで干されたんでここまで流れ着いたってわけさ」
「魔物相手の商売か。武器の密売はしてねえだろうな?」
「いやぁ~、そいつはさすがにバレたら危なすぎるからやらねえな。いや本当に本当だぜ?」
魔物に対しての取引は基本黙認されているが武器の供給だけは人間以上に禁止という暗黙の了解がある。魔物に武器を持たせると大抵山賊や強盗になるからだ。
「ジェイクと言ったか? 雇ってもいいがお前には何が出来る?」
「ヒヒヒ、よく聞いてくれたな。この国は出来たばかりで人手不足なんだろ? 魔物でもいいってんなら俺が声をかけるぜ。ゴブリンの家族は50世帯、コボルトは30世帯、オークとオーガはそれぞれ20世帯、トロルは10世帯ほど話がつけられるぜ」
ジェイクと名乗った男はそう告げる。慢性的な人手不足に悩まされているマコトにとっては悪くない申し出だ。
「ディオール、どう思う? 俺としては採用したいんだが」
「ふむ。今の我が国は労働力と軍事力の確保が急務ですから魔物と言えど確保できるのならありがたい話でしょうな」
「分かった。その中から俺の国民になりたい奴に声をかけてくれ。多少だが報酬を払う。今から俺の元でしっかり働いてもらうぞ。念のため忠誠を誓ってくれ」
「ヒヒヒ。話が早くて助かるぜ。俺はジェイク、拾ってもらった分の働きはするから期待してくれよ」
男の胸から緑の光球が飛び出し、マコトのスマホの中に入っていった。
「じゃあ給料は払うし、仕事の資金も与えるからキビキビと働くんだな」
「おう任せとけ。さっそく声をかけてくるから期待して待ってな。んじゃあな」
そう言って彼は手を振りながら城を後にした。
「ディオール、一応あいつの足取りというか「裏」を取ってくれ」
「かしこまりました」
彼の姿が完全に見えなくなったところでマコトは指示を出す。
見た目が全て。とは言わないが身なり、特に表情が悪いと良くない印象を与えがちだ。口が悪いとなればなおさらである。
口が悪い程度ではマコトは動じないし出来れば人を疑いたくはないとは思っているが、わざわざ辺境のド田舎を訪ねるとあれば何かしら言えない事もあるだろうと思っての事だ。
ジェイクといき違うように1人の兵士が男を連れて王の元へとやってきた。
「失礼します、閣下。魔物研究をしていると名乗る者が閣下と挨拶のために謁見したいと言っております。いかがいたしましょうか?」
「挨拶がしたい? ふーん。律儀な奴だな。わかった、会おう。にしても今日は客人が2人も来るのか、忙しいな」
兵士に先導されてやってきた男は結構な細身で、縮れ気味の茶髪に清潔な服装をした、マコトと同程度年をとったと思われる見た目をしていた。
「あなたがここの王ですかね? 私はクローゼと言って、魔物の研究をしている身です。この国では魔物に市民権を与えて国民として住まわせているとの事なので、研究のためにここに移り住むことにしたからよろしく頼みますよ」
「魔物研究か。言っとくが研究費は期待できないぞ? いいのか?」
「構いません。遠出をしなくても魔物と身近に触れられるだけでもその辺の王が出す研究費以上の価値はあります。ではよろしく」
研究者らしく口下手なのか簡単に挨拶をして彼は去っていった。
少しずつだが人が集まりだし、国らしい国へと近づいている。マコトはまだ少しだけしかなかったが、確かな実感を感じていた。
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