23話

「着替えて出る?」


春祭の当日、エレーンがアレクシスの部屋へと訪ねて来ていた。昼食も終わり、そろそろ街へ出てみようと準備をしている時だった。エレーンの提案で、アレクシス達に街に馴染む様に揃えられた普段着を手渡される。


「はい。第二王子の立ち寄りはイスベルでは周知の事実ですが、今日は近郊の村や町の人も多くて、いくらお忍びで装飾を抑えていても王都流の服装では目立つんです。」


エレーン自身も、今日は何時もとは異なる装いだ。普段からドレスはシンプルではあるが淡く明るい色が多い。今は紺を貴重とした暗めの生地に、赤いリボンがアクセントになった可愛らしいドレスを選んでみた。


「とは言っても、私は直ぐにバレると思います。念のために帽子も被りますが、変に目立つより一市民として行動した方が、祭が数段楽しくなると思って。」


エレーンは一旦部屋を出て、三人の支度を待つ。

今回はリンやロイ、サイラスから服を借りる事が出来た。身近に背丈が似た者達が居て助かった。

そのまま出たら、領民に揉みくちゃにされるか遠巻きに見守られて、祭の楽しさも半減になるだろう。


部屋の中から声を掛けられ、入室すると、そこにはやや品良く、しかし親しみ易そうな服装に身を包んだ三人が立っていた。


ロバートは黄みがかった白シャツに、濃いめの茶のジャケットの中にワインレッドのカーディガン、ベージュのスラックスに革靴。首元に赤のループタイが良く映える。


ルーカスは白のシャツの上に濃紺のジャケットを羽織り、淡いグレーのパンツに濃い茶の革靴。チラリと赤いベルトが覗く。


アレクシスは黒のシャツにグレーのジャケットと濃紺のベスト、ジャケットと同じ生地のハーフパンツに、黒地の長めのソックスに黒のブーツ。結んでいるネクタイと、靴下にワンポイント入ってるワインレッドで統一されており、良く似合っている。

どれもシンプルではあったが、これならば街の中に溶け込めそうだ。しかし、彼は何やら少し不機嫌な様子である。


「……この丈しか無いのか?」


「ええ、とっても可愛らしくて良く似合っていると思います!」


アレクシスの変身ぶりに、エレーンは気分が弱冠高揚しながら元気良く答えた。それを受けて、何故かアレクシスの表情が更に曇ってしまった。


「……可愛くなくて良い。……この丈は、もう少し幼い年齢層が着るんだと思うんだけど……。」


「確かに、それはリンが二~三年程前に着ていたと記憶してますが……、確か大きめの物を買ってしまったとか言っていたけれど、アレクシスは細めでサイズも丁度良いし、何より似合っているのだから気にする事は無いと思いますよ?」


「しかし……」


端から見てみたらとても似合っているのだが。まだ納得のいかない雰囲気のアレクシスを他所に、ロバートがループタイを直しながら、エレーンに訪ねた。


「必ず何処かに赤が入っているのですね。何か意味が有るのですかな?」


「そうです、春祭は春の訪れを意味する花の色に因んで、赤、黄、ピンクを何処かに入れるのが習わしで、折角なので皆さまにお揃いの赤を入れてみたんです。」


「そうですか、これだけでも楽しいイベントになりますね。」


ほのぼのした雰囲気の中で、アレクシスだけ仏頂面だ。



しかし、それも直ぐに解消された。


ルーカスに引っ張られ街へと繰り出すと、所々の広場に出店や大道芸が祭を賑わしているのが見えた。


城門前の大きな広場では小規模では有るが、武術大会も開かれている。毎年恒例の催しだ。目新しいのか、アレクシスは先へ先へと夢中で進んで行ってしまう。


「ちょっと!どんだけはしゃいでるんですかー。はぐれないで下さいよ?」


後ろからルーカスが声を掛けるが、当の本人は聞いているのかいないのか、振り向きもしない。仕方が無いので皆早歩きで付いていく。終にルーカスはアレクシスの肩を掴み、自身の方へと向かせた。


「本当に落ち着いてって。この前の事が有ったのに危機管理意識が薄いんじゃないの?」


アレクシスはそれでもそわそわとしている。瞳がキラキラと輝いて、楽しげな雰囲気が此方にも伝わる様だ。そう思うと、年相応の表情が見て取れて、側から見れば微笑ましいのだが。


「だって、剣術大会以外で祭をじっくり見る機会はもう無いかも知れないんだぞ。王城解放日ですら街へは出られ無いからな。今日は非番の兵士も多く見物に出てるんだ、何か有っても直ぐに頼れる。」


「甘い事言って……。例えそうでも自分から護衛から離れるとか有り得ないんだけど?大体、普段祭を見れないのは俺だってそうなんですけどー。王子の隣でじっとしてなきゃいけないんだし。」


「それはお前の仕事だろ。昔は結構出歩いてたんだし、経験してない俺とは全然違う。」


暫し睨み合っていたが、突然ルーカスはバン!と両の掌を勢い良く打つ。


「分かった!」


そう言うと、ルーカスはパッとアレクシスの右手とエレーンの左手を取り、互いに繋がせた。


「「?!」」


急な事に二人は驚きを隠せない。


「これで良いや。こうすれば、もう王子は暴走しないでしょ。エレーンちゃん、色々見たいだろうけど王子のお守りは宜しくね?」


思わず左手を中途半端に挙げて反対の手で指差した。


「ええっと、このまま手を繋いで?」


ルーカスは大きく頷いた。


「これではぐれないし、一緒に回れるし一石二鳥でしょー?良かった、エレーンちゃん王子を宜しくね?俺も王子も楽しみたい。エレーンちゃんは地元で慣れっこ。間を取った良い案だと思うんだよね。」


「そんな……。もしかして私一人だけで護衛をしろと?」


「大丈夫大丈夫!!王子の言う通り、イスベル兵も沢山出て来てるんだし、エレーンちゃんの腕なら問題無し。閉門の時間に城の下に有る広場に集合で宜しくね?」


先程の危機管理意識とやらの話しはどうしたのか。エレーンは開いた口が塞がらない。


「楽しい時間はあっと言う間だしね。ロバじいなんか既にどっか行ったし。」


「!?いつの間に……。」


いつ居なくなったのか、ロバートの姿が無い。護衛側の方こそ危機管理意識が微塵も無いのではないだろうか。ルーカスは周囲を見回すエレーンの肩にぽんと手を置いた。


「王子は手を離したら絶対はぐれるから、必ず繋いでいる事。これ、先輩命令だから。王子が何て言ってもはぐれるよりマシだと思って、頑張って?で、王子。これは護衛の為だから、我儘言ってエレーンちゃんを困らせないでよ?紳士たるもの、落ち着きを持ってエスコートしてよね。」


にっこり微笑まれて、それとは対称的にエレーンはがっくりと肩を落とす。


なんと言う圧力……!これは絶対話しを聞いてくれないに違いない。


例えイスベル兵が出張り安全だったとしても、一人で護衛など本当に大丈夫なのだろうか?あの夜ですら、胸を押し潰してしまいそうな程緊張したというのに、しかも手を繋いでとは、お忍びの筈が反って人目が集中してしまいそうだ。


「エレーン?」


アレクシスに呼ばれて、エレーンははっとして顔を上げる。悩んでる間にルーカスの姿は忽然と消えていた。

ざわざわと人が多く行き交う通りに、二人は置き去りにされて互いの顔を見合わせた。手はしっかりと繋いだまま。


「……本当にあんなんで申し訳無い。さすがにもうゆっくり見て回るから、手を離しても大丈夫だ。」


アレクシスは提案したが、顔は赤く、視線が泳ぐ。対してエレーンも顔が赤く染まっていたが、ぶんぶんと顔を振った。


「だ、大丈夫!折角頼られたのに、投げ出すなんて私は出来ないもの。しっかりと、護衛してみせます!」


アレクシスの手を引き、歩き出そうとする。そう。ここは護衛を立派に果たしてみせなければ!が、肝心の主が慌てて引き留める。


「いやいや、ルーカスのあれは只の冗談だから!エレーンが気にする事は無いんだ。俺もはぐれない様に気を付けるし、これでは二人で兵や街の者達に冷やかしを受ける!万が一これがサイラスどのに知れたら……。」


そう言ってアレクシスは身震いした。エレーンはそれを見て首を傾げる。父が知ったとして、なんにもならない筈なのだけれど……。


怯える彼の様子もさほど気にせず、エレーンはどうするべきか少し考えあぐねていた。が、ふと見知った顔を見掛けて声を掛けた。

通りの反対側に、派手な出で立ちの初老の夫人が声に気付いて此方を見る。原色の青いドレスに、真っ赤な大きな飾り羽が付いたコサージュが胸元を飾り立てている。


「あら、エレーンちゃん!久し振りね。元気だったかい?」


駆け寄り、ひしとエレーンと抱き合う。

縦にも横にも大柄な夫人に抱き締められ、エレーンはすっぽりと胸に埋まってしまう。アレクシスがきょとんとしているのに気付いて、夫人はエレーンの肩を掴んで向き直した。


「この一年の間に彼氏が出来たのかい?!そんな年頃になったんだねー。仲良く手なんか繋いじゃって!見せつけてくれるわねー!」


エレーンは驚いて直ぐに否定したが、信じていない雰囲気に慌てた。どう言っても照れだと解釈され、二人は半ば説明を諦めた。続けて、とにかく力を貸してくれるようにお願いする。


「変装?衣装ならどーんと任せておくれよ!うちには売る程有るんだ。」





アレクシスは街の北側のやや大きめの広場に設立された大小様々なテントの一つに居た。渡されたカツラを被り、鏡を覗き込む。

綺麗に整えられた金髪の少し長めのおかっぱ頭だ。慣れない容姿をしげしげと見詰める。


エレーンが声を掛けた夫人は、各地を巡業しているサーカス団のオーナー夫人で、名前はビアンカと名乗った。毎年春の祭ではいつもこの場所で長年営業していて、マルシュベン家とも顔見知りらしかった。

変装の為にサーカスの小道具を借りる事になり、二人はそれぞれのテントに別れて準備をしていた。が、カツラを被るだけの変装は直ぐに完了してしまった。


違和感が拭えずに鏡をまだ気にしていると、カーテン越しに声を掛けられた。アレクシスが入室を了承すると、見事なストレートの黒髪を揺らしてエレーンがビアンカと共に入って来た。


お互い余りの変貌振りに見合ったまま暫し固まる。


エレーンは普段最低限の化粧しかしないが、今は派手過ぎない程度にしっかりと施されて、素朴さから一転して少し大人びた雰囲気だ。一見処かまじまじと観察しなければ本人とは分からないだろう。


対して自分はカツラを被っただけとはいえ、髪色がガラッと変わった事と、髪型が変わった事により、此方も誰も王子だと気付かないだろう。自分で言うことでも無いが、品の良いどこぞの坊っちゃん程度に収まる筈だ。


固まっている二人を他所に、にこにこと自身の作品を見てビアンカはご満悦だ。


「これなら、何処へ出掛けようと誰もあんた達だと分からないだろうね。これで気兼ね無くデートも出来るってもんだ。」


誤解が解けていない事に、エレーンはまた慌てた。その慌て振りに、ビアンカの解釈が正される事は無く、とにかく行っておいでと強引にテントの外へと追いやられた。夕方の公演を見においでと念を押されて。



二人は街の中央へと向かって歩き出した。


「……なんだか、誤解されたままですみません。」


ビアンカにはアレクシスを王子殿下だと説明しなかったのだが、それが反って誤解を招いたのかとエレーンは一人反省する。

夫人に限らず、殿下の恋人だと誤解が広がってしまったら仕事に支障が出てしまうのでは無いだろうか。イスベルだけでは無く、王城内なら尚更だ。今後気を付けて行かねば、アレクシスに迷惑が掛かるかも知れない。

ぐるぐると考えながら歩いていると、ずっと黙って前を歩いていたアレクシスがくるりと振り向き、右手を差し出した。


どうしたのかと手を見ていると、ぐいっと左手を取られ、そのまま繋ぐ。


「あの!アレクシス?」


呼び止めても、そのままずんずん進んで行く。始めはあんなに嫌がっていたのに、どうしたと言うのだろう。

人通りが多い通りに差し掛かり、エレーンは不安になった。


「誤解を招く様な行動はアレクシスの立場に迷惑を掛けてしまうので、止めた方が……。」


ルーカスに任された時と違い、手を繋ぐ事に抵抗を覚える。手を引かれながら、何とか抵抗してみたもののやはり彼相手だと何故か力が上手く入らない。

進みが止まり、アレクシスはちらりとエレーンを見る。先程街へ繰り出した時の様な、キラキラした瞳がそこには有った。


「今は王子でもなんでも無い、只のアレクシスなんだ。しかも誰も俺達に気付きもしない。こんな所で立ち止まっていても、気にしてる風も無い。こんな好機、楽しまなければ勿体無いだろう?」


そう言いながら、また手を引いて歩き出す。


「あの、楽しみなのは分かるけれど、手を繋がなくても……。ゆっくり見て回りましょう?」


アレクシスがまた振り替えると、その表情は神妙な面持ちに変わっていた。


「……もしかして嫌だった?」


神妙と言うより、何となくしょんぼりしている様な気もする。青い瞳は同じなのに、髪型が違うからなのか初対面のいたいけな子を苛めている様で何だか変な感じだ。


「決して嫌とかでは無くて、その……誤解を招く様な行動は自重した方が……。アレクシスだって、最初は嫌がってたでしょう?」


雰囲気に飲まれて、エレーンの主張は弱々しくなってしまった。でも、今後の為を思うと、認識を改めておかないと。


「……嫌じゃないなら別に構わないだろう?それに俺も嫌がってたんじゃなくて、エレーンの立場とか色々気になっただけだし。今はお互いに立場が無いようなものだから、エスコートするよ。……一緒に楽しんで頂けますか?お嬢さん。」


アレクシスはわざとらしく、お辞儀して手を差し出した。これには周りも何だなんだと注目し始めた。

突然の事態に恥ずかしさが込み上げたが、アレクシスがペロッと舌を出して笑ったのに釣られて、エレーンも自然と笑顔になる。その笑顔に今回は負けておくことにしよう。


「勿論です。エスコートは宜しくお願い致しますね、紳士様。」


そっと手を取り、笑い合う。

何処からともなく口笛が聞こえた。ちらほらと拍手までされる始末だ。途端に恥ずかしくなり、慌てて野次馬の群れから逃げ出した。

走りながら、二人は大笑いしてしまう。待ち合わせの時間までまだまだ有る。今日は目一杯楽しめそうだ。



取り合えず、出店が多い中央の商業区へと小走りで向かった。

居住区や小さな広場では皆各々料理を運び出して宴会状態だったが、商業区には出店が立ち並び、呼び込みの声が飛び交う。

様々な商店も祭特別のセールが開催されいて、今日だけはアレスにも負けない賑わいだ。

界隈は常に料理の良い匂いが鼻を刺激して、そんなつもりは無かったが、自然と小腹が減ってくる。


アレクシスがあれは何だ、此れは美味しいのかと質問責めして来るので、すっかりエスコートでは無くなったが、エレーンはくすくすと笑いながら順に説明して行った。

民芸品の木彫りの置物や、輸入品の陶磁器なども見て回り、太陽はすっかり真上に来ていた。



「これ旨いな。」


貝の串焼きを頬張って、アレクシスは目を真ん丸にする。少し人通りが少ない道端の縁石に腰掛け、買って来た戦利品を膝に広げて行儀悪くも大試食会開催だ。

王子殿下に道端に座らせるなどと最初は躊躇ったが、多くの人でベンチや席は埋まってしまい、そこかしこに腰掛けている人を目にするので、これも祭の通過儀礼としてエレーンは腹を括ったのだった。


自分も海老の串揚げを一口食べる。絶妙な塩加減とカラッと揚がった衣でとても美味しい。元々美味しい物が、祭の雰囲気で旨さが倍増した様だ。


「これも美味しいですよ。」


何となく海老の串をアレクシスの方に向ける。アレクシスはどれ、と言って身を乗り出して串にかぶりついた。


「?!」


突然の事に声を失った。

アレクシスはモグモグと海老を味わっている。


「うん、確かに旨いな。この塩加減が堪らない……。……?!」


固まるエレーンを見て、アレクシスははっとした。二人共みるみる顔が赤くなる。


「すまないっ、両手が塞がってたのでついっ!いやっそんな問題じゃないな!俺とした事が行儀が悪かった!」


「いっいえ、此処に座っている時点で行儀なんて言えないしっ!仕方無いですっ。」


旅の途中、自身の頼んだ料理を勧めて取り分ける事も有ったが、手にしている料理を直接的に家族意外に食べさせる事は生まれて初めてでエレーンは内心ドギマギしていた。甥っ子に食事を食べさせるのとは全く違う。とてつもなく恥ずかしいのは何故なのか。


どうしようかと考えていると、ずいっと目の前に貝の串焼きが出される。


「?」


意図が分からず、アレクシスに視線を移すと、真っ赤になりながら前のめりになっている。そこには言い知れぬ気迫すら感じられた。


「これも旨いぞ。……俺だけ行儀悪いとか嫌だし。はい。」


まさか自分もかぶりつけと?!


エレーンは驚きながら首を振る。


「いえいえ!そんな端無い事出来ませんっ。アレクシスが食べて下さい!」


それでもアレクシスは口元に串を近付けて来る。


「は・い!」


「~!!」


こうなったら絶対引かない。そうに決まってる。短い付き合いなのに経験則がそう言っているのだ。うっすらとマルシュベンに向かう馬車での出来事を思い出す。あの時も、自分は根負けしたのだった。


「~!! 」


意を決してエレーンは勢い良く貝の串にかぶりついた。そのまま串から引き抜き味わう。


「……美味しい。」


歯応えの良さを噛み締めると旨味がじんわり口の中に広がる。


「美味しいですね、新鮮で臭みも無くて。」


海育ちで海鮮は慣れているが、やはり雰囲気がそうさせるのか素朴な塩焼きがとても美味しい。しかし、アレクシスを見ると片手で顔を隠して俯いている。


「アレクシス?」


アレクシスは覆っている指の間からエレーンへ視線を投げる。


「?」


どうしたのか、無意識に小首を傾げてしまう。何か失礼な振る舞いをしてしまっただろうか?いや、端ない事はそうなのだが…。


「……本当にやるとは思わなかった……。何だこれ、物凄く恥ずかしい!エレーン、良く出来たな?!」


アレクシスはまるで初めて会った相手を見るかの様な、驚きの入り交じった表情でこっちを見てくる。


「!、アレクシスが食べろって言ったのにそんな言い方無いと思うっ。」


アレクシスの言い種に、少し腹立たしかったが自身の行動を振り返ると、エレーンは恥ずかしさにみるみる顔が赤くなる。二人共真っ赤になりながら俯いていた。


二人の前を人が通り過ぎて行く。時たま、顔を赤くして俯く二人をちらりと見る者も居たが、誰もが屋台のメイン通りに足早に向かい、気にも留める気配は無い。


その内、アレクシスが大きく笑い出した。

何がそんなに可笑しいのか、肩を震わせている。


「あー……。雰囲気についつい充てられたのかも知れない。これも祭の醍醐味なのかな。お互い食べさせるとか、こんなの想像もして無かった。はーっ……。今まで祭は城から遠くに見る物だったけど、こんなに浮かれた気分にさせるものだったんだな。」


そう言って、また笑いを噛み殺す。

エレーンもぼかんと見ていたが、ふふっと笑いが込み上げて来る。


「食べさせ合うと言うか、アレクシスが勝手に食べて勝手に食べさせたんだわ。」


「そんな事無い。エレーンだって勢い良く食べた癖に。」


アレクシスがじとっとした視線を送って来たが、お互い堪らず顔を見合わせて笑ってしまう。


「冷めたら折角の料理が勿体無い。まだ見て回りたい所も有るし、食べてまた移動しよう。」


残りの料理も急いで食べる。さすがに二人で食べさせ合う事は無かった。






「何してんの?!」


ルーカスは奥まった場所にある、こじんまりとしたカウンターバーに来たが、先客を発見して飽きれ果てた。祭で盛り上がっている中、此処は周りの喧騒から離れ静かにひっそりと営業していた。穴場を呑み仲間のマルシュベン兵に聞いて、うきうきと来てみれば、予想外の人物とかち合ってしまったのだ。


「何って何です?私だって静かに呑みたい日も有るんですよ。貴方こそ、坊を放って何をしているんです。苟も王子直属の騎士でしょう?こんな所で油を売って、給料泥棒にも程が有ります。」


ロバートがカウンターでチビチビと酒を呑んでいた。


「護衛からソッコー消えてた人に言われたく無いですー。大体、護衛の長たる者が一番に居なくなるっておかしいでしょ?!……いや、俺は途中迄は面白そうだから後ろからちゃんと付いて行ったんだけど。それが、テントから出て来たら……。」


「テント?」


一人で笑い出すルーカスを、ロバートは怪訝な表情で伺う。


「はーっ!ロバじい何で先に離脱しちゃったのさ、あれ相当面白かったのになー!」


「?」


「……そんでその後イラっとしたから置いて来た。何あれ?爆発すれば良いのに。」


「??……貴方の話しはたまに要領を得ないんですよ。結局、大丈夫そうなんですね?」


「変装してたし、誰もこの国の王子だと見分けられないでしょ。だから置いて来たんだし。たまには皆羽を伸ばした方が良いんだよ。」


ルーカスは運ばれた酒を一気に飲み干した。空かさずお代わりを頼む。


「本当に暇さえ有れば酒ばかり。あまり酔いもしないのに、何でそんなに呑みたがるのやら……若いからと言って無茶をするとその内体を壊しますよ?」


小言を聞かされ、当の若者はふん、と鼻を鳴らす。


「今の唯一の楽しみは呑むことなんですー。王子付きになってから、時間が無さすぎて女の子一人口説く時間も無い。とっても淋しい男なのー、俺は!」


そう言って、また次の酒を仰ぐ。


「……そんな胸の内を聞かされても。大体、不自由している様には一切見えませんね。そもそも貴方の恋人は戦いの中に有るのでは?」


「……不自由して無いとか、それって女の子に?それとも戦いに?」


「さあ。貴方が其ほどまでに女性を求めているのを見た事が無いので。寧ろ捌くので忙しいでしょう。色んな意味で、ですが。城に戻ったらまた大変でしょうね。」


「まーねー、俺モテモテですから。」


さらっと何時もの節が出たが、何処と無く力が無い。ロバートは眉を顰めて、様子を伺った。


「?……恋人が欲しくなりましたか。まあ、貴方も良い歳ですしね。何なら私から何方か条件の良い娘さんを紹介しましょうか。私も仲人に引っ張りだこで大変なんですよ。」


またお代わりした酒のグラスをくるくると回し、ルーカスは上の空だ。


「……そういうんじゃ無いんだよね。」


「……ならば、武術大会にでも参加して来なさい。ここでぐだぐだ管を巻いても何も得るものが無い。時間の無駄です。そうでなくとも、先の海賊を取り逃がす体たらく。根性を叩き直してらっしゃい。」


ぴしゃりと言い切るロバートの言葉に、ルーカスはずるずるとカウンターに俯せに倒れ込んだ。


「ここで呑んでるロバじいはどうなんだっつーの。……武術って言うか体術大会だったんだよね……。やれない事も無いけど、剣と違って直接的だからね。怪我は勘弁。」


言われるべくも無く、ルーカスはもう既に会場へと見に行き、内容に撃沈したのだ。


「……剣ばかり上手くても駄目なんですよ。あらゆる状況に合わせた対処が必要な場合も有るのです。御託は良いから行って来なさい。上司命令です。」


えー!と不満の声を上げるルーカスに、ロバートは無視を決め込んでぐびりと酒を呑んだ。





南門前広場で開催されている武術大会は、立場関係無く自由受付で、兵士は元より腕自慢の一般人も参加する。規模こそ小さいが、この祭一番と言えるほどの賑わいを見せていた。

ルーカスは受付を済ませ、控えのベンチに腰掛ける。一応兵士時代に一通り習いはしたが、大きな筋肉が付き辛い体質は、一通り鍛え抜いて、加えて身長が有るにも関わらず他に比べて打撃力が今一つなのが悩みだ。差が有るならまだしも、同じ身長の相手を打ち負かすのは当時から苦労した。

ダメージを押さえ、速さで勝負しなければ勝ち目は無い。


座っているベンチが大きく揺れる。横を見ると、レオナルドと弓兵のアーガスがにこにこしながら隣に座っている。意味も無く、腕の筋肉を見せびらかす。



「あ、これ終わったわ。」



肩をバシバシ叩かれながら、ルーカスは小さくぼやいたのだった。

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