第46話 中央突破
侍同士の
部隊の指揮官らしき地侍風の男の下に人が集まる。どうやら状況報告らしい。
「よっしゃ、行くか」
そして男は大声を上げた。
「おい始めるぞ! 鉄砲前に出ろ!」
男の部隊が前進を始める。と、二百メートルほど離れた所に居た別の部隊が、岸和田勢に向かって鉄砲を撃ち始めた。
「おいおい、何やってんだあいつら」
「何でも一番が格好いいとか思ってんじゃないの」
「おーい、バテちまうぞー」
「あれ、弾の無駄遣いだよねえ。届いてないもん」
「コラおめーら、向こうばっか見てないで、正面も見ろよ。いつ突っ込んでくるかわからんのだぞ」
指揮官の男はそう言ったものの、何故か岸和田勢は攻撃を仕掛けてくる様子がない。待ち伏せでもしているのか。実際には、総大将の中村一氏が城の前で釘付けになっているために動けないのだが、一揆勢はそんな事を知る由もない。出てこないんなら、いっちょやってみるか、男は思った。
「おめーら、ど真ん中ぶち破るぞ!」
そう叫ぶと、先頭を切って駆け出す。仲間たちも声を上げてすぐに続く。すると他の部隊も釣られて走り出した。その流れは一点に集中する。今や細く尖った一振りの槍と化した一揆勢が、動きの取れない岸和田勢の真ん中を貫かんとしていた。
一揆勢の先頭を走る指揮官の男が再び叫ぶ。
「よし鉄砲、撃て!」
号令一下、最前列を走る鉄砲衆が撃つ。もちろん狙いなど定めない。そんな必要はないからだ。岸和田方は侍たちはともかく、雑兵たちの多くは士気も低く、鉄砲の一斉射撃に逃げ惑い、一揆勢に道を空けた。
もちろん中には迎え撃った侍もいた。しかし元より数で劣り、しかも総大将不在の岸和田勢の事、一点突破の圧力に耐えられるものではなかった。結果、やすやすと一揆勢の岸和田侵入を許したのだ。松明の火が踊った。
銃声、雄叫び、歓声、怒声、悲鳴、それらが渾然一体となった音が岸和田の町に響く。一氏と与力たちは動揺した。それを見て竜胆が高らかに笑う。
「当たり前だろう。
「貴様!」
佐藤次郎左衛門が斬りかかった。しかし竜胆はそれを横なぎの一閃で弾き飛ばす。それを見た河毛源次郎も竜胆に斬りかかる。さらには他の与力衆も刀を抜いて走り寄ってくる。
だが人が密集し過ぎた。互いが互いの壁となり、刀を振り回す事ができない。河毛の刀を軽くかわすと、竜胆は懐から玉を取り出し、地面に叩きつけた。もうもうと煙が上がる。
「殿をお守りしろ!」
佐藤は叫びながら一氏の馬の前に立った。その右肩の上に、とん、と足が乗った。竜胆の右足が。佐藤次郎左衛門を踏み台に、服部竜胆は高く飛び上がる。中村一氏の頭上を取った。それはもはや、首を取ったに等しい。だが。
竜胆の目が一氏を捉え、その刀が振り下ろされようとしたとき、煙の向こうから
「てああああっ!」
間髪置かず繰り出される突き。孫一郎渾身の一刀を竜胆は刀の腹で受けた。そして脇に流す。いや、勢いに押されて流しきれない。その僅かな動揺を逃さず、孫一郎は竜胆の懐に飛び込み、額に頭突きを食らわせた。
「頭も使う!」
目に星が飛んだ竜胆は二歩、三歩下がる。その竜胆の耳に聞こえたのは、刃が風を斬る音。咄嗟に片手で孫一郎の頭をつかみ、向こう側に飛び越えた。その寸前まで竜胆の脚があった場所に、銀色の風が巻いた。
竜胆は振り返る。煙が晴れて行く。一氏の馬の前に三つの影が立っていた。甚六、海塚、そして孫一郎。竜胆は察した。
「なあるほど、みぞれか」
そして呆れたように微笑む。
「でもだったら、みぞれに聞いたんじゃないの、これから中村一氏がどうなるか」
「おまえは聞いたのか」
孫一郎の問いに、竜胆は首を振った。
「まさか。聞く訳がない」
そして修羅の如く笑った。
「この世界に絶対はないのだから」
竜胆の向こう側に黒い煙が立ち上っている。岸和田の町が燃えているのだ。町の大通りを津波のように押し寄せてくる一揆勢の影。町からは大半の住民が避難していたが、まだ少数ながら残っている者もいた。逃げ出してくる男は斬られ、女子供はさらわれる。
「一氏だぁっ!」
「大将首ぃっ!」
叫び声が叫び声を呼び、人の群れは唸りを上げて押し寄せてくる。
「殿を守れ!」
与力衆は一揆勢の前に立ちはだかった。もはや竜胆を取り囲む事はできない。それを見て、一氏は何も言わず馬を下りた。そして刀を抜いて竜胆に対峙する。
「古川殿」
隣に立つ孫一郎に声をかけた。
「後で話してもらえるかな」
「では後ほど、ご説明つかまつります」
孫一郎は改めて刀を構えた。
「四対一か。これは大変だ」
竜胆は平然とそう言って笑った。しかし。
「いいや」
その声に、竜胆は振り返る。
「五対一だ」
朱色の着物に白袴。長刀を背負った長身の剣士が立っていた。
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