世界の異物

 空を見上げる白い狼、黒い鳥の視界を借りたオペレーター達も、『それ』の姿を見ていない少女でさえも。

 込み上げる恐怖に、悪寒に震える。


 一人―――肌を刺すような殺意も掻き消す程の、それ以上の憎悪を以って、『敵』を睨む黒い義体機人マキナンド。愛機からばら撒かれる機関銃が、化け物の纏うSS粒子の膜に成す術なく弾かれるのを睨みつける。


 『敵』は、脚を使い地に降りた。重量感溢れる鈍重な動きが、その異常なまでの質量を感じさせる。サイズはFi-24より一回り大きい程度だが、存在感は何十倍とも何百倍ともいえる『それ』。


 弾丸は効かない、そう判断するや否やライバーはアルバートの落とした刃渡り二〇センチの高周波ナイフを拾い上げる。通常の力でどうこうできる次元はとうに超えているだろう。

 相手が強いと確信できるから、最初から全力を賭す。ありったけの黒雷をナイフへ流し込んだ。人の身で、化け物の下へ駆ける―――倒さねばならぬと、生存本能の告げる異形の下へ。


 『それ』は、鈍重な身体とは裏腹に、予想をはるかに上回る機動を見せた。重力波機関とシュオーデル粒子を駆使したその動きは、果たして人型の義体機人マキナンドにでさえ再現できるか疑問の残るものだった。


 ―――それを戦闘機レベルの巨体で行う異常。操縦者パイロットが居たなら即死するであろう常識を置き去りにする速度に、物理法則を嘲笑う機動に、しかし。

 その男は反応した。

 地面を抉る刺突を、軽く身を翻し―――いなす。


 巨人と戯れる人を連想させる規格比に、戦いと形容してよいのかすら怪しい。


 「何っつー動きだよ………あの化け物も…黒雷も………」

 全身に光の無い電撃を纏い、人の域を超えた戦いに身を投じる。これまで手加減していたかの様にも感じられる一つ次元の違う戦闘だが。


 その実―――唐突に速度が上がったわけではない。


 思考を置き去りにする判断、反応、未来予知にすら迫る、経験からくる予測能力によって。

 異形の放つ弾丸、近接攻撃の回避から、高周波ナイフでの反撃までを実践するに至る。人知を超えた兵器に対抗するライバー自身、充分人間を辞めていると言えよう。


 ―――――しかし。


 文字通り刃が立たない。


 黒い刃が粒子の壁を越え、人工筋肉を切り裂き血潮をぶちまけようとも、装甲に傷を付けようとも。


 全く意に介さず猛攻を続ける兵器を相手に、人間では疲労もある。肝を冷やす横薙ぎを、間一髪で躱し、すれ違いざまに刃を振るい。乱数任せに撒かれる機銃弾を、瞬きする余裕もなく読み切る。


 息が上がり、肩を上下に揺らすも、気は抜けない。少しでも意識を途切れさせればたちまち死が顔を見せるのだ。


 <応援を呼んだ!一旦離れるんだ!>

 通信機から流れる矢澤大佐の声に、一歩大きく下がる。


 閃光と轟音、目の前に広がる黒球が、異形の防御膜を蝕んだ。

 耳をつんざく、次元の捻じれる異音に全身を揺らされ、衝撃波を肌で感じながら―――ライバーは眼前の様子に息をのんだ。


 数機の帝国雷撃機から放たれた重圧魚雷が、計算された軌道を描き直撃、いくつも重なった黒球に覆われた異形は――――――無傷の姿を現す。


 霧散したSSフィールドに、反応も見せず、何処か鬱陶しそうに帝国機を見上げ(?)ていた。





 さらなる追撃、機銃掃射を受け、腕や触手を破壊された化け物に―――


 一閃、ライバーの居合切りにも似た神速の剣は、残像すら残さず異形の脚を刈り取った。


 グラリと大きく体制崩す。崩れた重心、吹き出す血しぶき、黒い鉄塊は地を揺らす叫びを上げる。



 『『ギアア″アアァァ″ア″アアァァァ』』




 金属の擦れるような、脳を掻きむしるような声が、戦場の空に木霊した。


 『それ』は、この場から這いずり出る様子で、機体を引きずり宙へ浮く。


 数ある蛸足を広げ、今一度叫ぶ。威嚇ともとれる咆哮の後。


 触手の先端から―――無数の熱線を放射した。



 全方位、球体状に、無作為に乱射された熱線は、鉄筋コンクリートを容易く断ち切り、空中の航空機は爆発四散。跡形もなく黒球に帰す。


 「……………………」


 四方八方が崩れ、刻まれ、視界は破滅一色に染め上げられる。

 破壊の限りを尽くし、傷ついた『得体の知れない何か』はその場から忽然こつぜんと姿を消した。


 誰の理解も追いつくことなく、その戦いは幕を閉じた。



 ■■■



 「…………立てるか?」


 脚を負傷したあたしは、黒い鳥の肩に手を回し何とか立ち上がった。

 何故かこっ恥ずかしくなんて、顔が熱くなる。


 「うん…………。痛覚はもう収まった」

 そう呟いた。片足を引きずりながらも倉庫外へ向かう。


 安心できる力強い腕に支えられ、あたしは口端が持ち上がるのを抑えられなかった。


「ありがと、お父さん………助けてくれて…」

「おう、当たり前のことだ」


 不愛想な返事が返ってくる。極めてお父さんらしい言い方、人の為に何か言おうとすると、この英雄はすぐに照れるのだ。


 「あれ?『お父さん』はやめて『ライバー』って呼ぶんじゃなかったのか?」

 彼は後頭部に手を当てる。あたしはいたずらっぽい笑みを浮かべ―――ぎゅっと、彼の腕を抱きしめた。


 「ふふっ…………おとうさん」

 「なぁ、お前の言う「お父さん」という言葉に「父親」以外の意味を感じるんだが……………」


 「そんなことないよ…………」



 『世界で一番あなたのことを想ってくれる人』

 


 であり、そして世界で一番想っている人―――それがあたしの…



「おとーさん♡」

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