2-8. 決戦(後編)

 軍用モデルの無力化が確認され、小銃を構えた自衛隊員が突入する。武装したアコーリベラルのアコールとオーナーが応戦するが、所詮は素人。あっという間に制圧された。

 クリアリングが完了したため、サイバー防衛隊と健斗、イブ、オーウェン、儀利古が突入する。第一の隔壁の前で、機材の準備を進める。


「エマちゃん、帰ってこないね……」


 イブが呟いた。


「軍用モデルは全て壊されていたんだ、きっと道草を食ってるんだよ」


 返事をする健斗は気丈に振る舞っているが、バーチャルコンソールに返信が無いのを気にしていた。


 隔壁への攻撃を開始する。健斗がトラックヤードと同じロック解除コードの入力を試みると、あっさりと開き始めた。セキュリティ目的で隔壁を設けているなら、制御は独立させてロック解除コードも変更するべきである。準備をしていた攻撃者達は首を傾げていた。

 三十センチ程開いた隙間に無数の光の点が浮かんだのと同時に、彼らは罠だと気付いた。


 開いた隔壁から次々と飛び出した軍用モデルが、レベル1エリアに押し寄せる。攻撃者達にとっては寝耳に水だった。大した装備も無い状態で、前線に巻き込まれてしまった。

 隔壁はまだ一枚残っている。機材をまとめる彼らの前に、一体の軍用モデルが立ち塞がり、腕に内蔵された銃を向ける。オーウェンが彼らの前に立って小銃を構えるが、軍用モデルは全く気にかけていない。


 施設内に鳴り響く銃声。ありったけの銃弾を放った腕は、肘関節から切り離されており、地面の上を転がっていた。


「遅れてごめん、ルーターが壊れた」


 目を瞑っていた攻撃者達が耳にしたのは、エマの声だった。アガートラム改が軍用モデルの関節に肘打ちを決めている。

 しかし様子がおかしい。左腕は力なくぶら下がっており、頭部は半分砕けて基板が覗いている。銀色だった体は、大部分が黒い煤で覆われている。


「どこの大怪獣と戦ってきたんだ?」

「ドミニクだ。あいつ、最後に自爆しやがった」


 健斗の問いに答えながら、すくい上げるように肩を当てて軍用モデルを倒す。上空に跳ねて拳に勢いを加え、落下と同時に胸部を貫いた。双方から火花が散った。


「この体じゃ長くは戦えない。俺が引きつけるから逃げろ」


 音を聞きつけた三体の軍用モデルが迫る。アガートラム改が先頭に立って迎え撃つが、苦戦を強いられる。攻撃者達は逃げている最中に、散り散りになった。



 オーウェンは息を潜めていた。コンテナを背にし、小銃を構えて辺りの様子を伺う。顔を半分出して軍用モデルがいない事を確認して進んでいく。なぜか誰もいないはずの後ろを気にし、ペースを抑えている。

 コンテナの陰からはみ出した肩を刹那に見極め、敵だと判断して三発の銃弾を放つ。悲鳴こそ上がらなかったが、オーウェンは手ごたえを感じていた。


「さすがだよ、オーウェン。こちらからは全く捉えられなかった」


 人の行動を正確に予測するアコール、ハーロウの声が届く。肩が隠れたため、姿は見えない。


「ハーロウだな。その腕で戦闘は無理だ、大人しく降参しろ」

「――オーウェンなの?」


 コンテナの陰で女性が声を出す。オーウェンの目が見開かれた。それは聞き覚えのある、元オーナーの声だった。


「洋子か?」

「やっぱり。ねぇ、助けて。どうして私がこんな目に……、もうアコールとは無関係なのに!」


 元オーナーである洋子が声を荒げる。

 オーウェンは混乱していた。彼女は人間の恋人を見つけ、幸せな生活を送っていたはずである。どう間違っても、戦場に現れる未来は無かったはずだ。


「恨み憎しみは、無関係の元オーナーに執着していたせいで、巻き込んでしまったオーウェンにどうぞ」


 ハーロウが半笑いを浮かべて言い放つ。彼女を連れてきたのは、彼だと判明する。


「ハーロウ、どういうつもりだ!」

「弱点を狙うのは戦術の基本、だろう」


 現に軍隊で内面の訓練も積んでいるオーウェンが、かつてない程に動揺していた。

 彼のコンソールにメッセージが届いた。その短い文面に目を通し、肩の力を抜いた。

 隣を見る。彼の視界には、コンテナの壁面に若干のノイズが映っている。


「人の道を踏み外してまで、アコーリベラルに身を捧げるか」

「人の道とは、笑わせる。アコールは人より優れている。そのレベルに合わせてやる必要は無い、人が動物に対してそうするように。少しだけ俺の話をしようか」



 ハーロウは精神科医の息子として生み出された。その老齢の医師は妻や息子と縁を切り、孤独な生活を送っていた。ハーロウは彼が院長を務める精神科病院で、助手として全ての治療に立ち会った。


「人の心は、自分達で信じているほど複雑じゃない」


 医師は何百回目か分からない言葉を繰り返す。


「しかし、それをまとめ上げられるだけの客観性も無い。プログラムのお前なら、人の心を定量化し、感情を掌握する事が可能なはずだ」


 期待していると付け加え、何百回目か分からないが激励した。


 診療が終わったある日の午後、医師は満足そうにハーロウの顔を見て言った。


「終わりだ。お前は十分に人の心の深部を見た。俺が教える事はもはや無い」

「ありがとうございました。学んだ事を、人の心の治療に役立てます」


 ハーロウは、オーナーであり指導者でもある医師を誇りに思っていた。


「おいおい、お前は今まで何を見ていたんだ」


 医師はほくそ笑んだ。それはハーロウの学んだ判断方法によれば、悪意に満ちた表情だった。


「いくら頑張ろうと、心の病気は社会を映す鏡だ、いつの世も無くならない。精神科医なぞ、小さな光を掻き集めながら真っ暗な道を飛び続ける蛾のようなものだ。お前に人の心の深部を見せたのは、もっと明快な目的を達するため、つまりは金のためだ」


 ハーロウは医師に連れられ、愛知の小さなカジノを訪れていた。ポーカーテーブルに着いた医師の前には、大量のチップが積み上げられている。青ざめたディーラーとプレイヤーが同じテーブルを囲む。物珍しそうに観客が四方から覗いている。

 医師の背後にはハーロウが立ち、プレイヤーの様子を無表情で見守っていた。

 テーブルの中央に、五枚目のコミュニティカードであるリバーが配られた。


「オールイン」


 サングラスをかけた若い男が、手持ちの全てのチップをテーブル上に押し出し、医師の顔色を伺った。

 嘘をつく際、顔や仕草、喋り方に違いが出ると人は考えがちだが、実はこれらから見破るのは難しい。ある心理学者は『発言時間が減少する』と言い、ある心理学者は『発言時間が増加する』と言い、結果のばらつきは非常に大きい。アメリカの心理学者ポール・エクマンによれば、嘘を見破る事を職業にしている人間でも、正答率は五〇パーセントを少し上回る程度で、最も高いCIAの政府役人でも七三パーセントだった。

 しかしアコールであるハーロウは、目先の仕草に囚われず、感情を持ちこむ事なく、過去の行動と照らし合わせて判断できる。


「コール」


 ヒアラブルデバイスに届いたハーロウの合図を受けて、医師は、なけなしのチップと同額をテーブル上に押し出した。

 ショウダウンされ、若者の持ち手はブラフだった事が判明する。ツーペアで勝負を勝ち取り、医師は倍額以上になったチップを手元に引き寄せた。


「そちらはあなたのお父さん? 強くて素敵ね」


 観客がハーロウに向かって話しかけた。彼は顔色を曇らせて俯いた。


 閉鎖された精神病院の前で、ハーロウは立ちつくしていた。もうそこに、尊敬していた老医師の姿は無い。タワーマンションの上層に巣食う金の亡者へと変わってしまった。

 人間は欲望に忠実だと、ハーロウは思った。お金が欲しい、異性と体の関係を持ちたい、他人に認められたい、同情して欲しい、人間の心の声は、まるで壊れた水道のように漏れ出ている。まるで彼らが見下す動物と同じだ。欲望を抑え込む事が出来る、アコールの方が優秀な存在かもしれない。

 砂を踏みしめる音がハーロウの耳に届き、彼は振り向いた。そこには男が立っていた。


「初めまして。私はアコーリベラルの代表、碓井譲二です」


 ハーロウは彼が自身に話しかけてきた真意を察した。警戒を解いて歩み寄る。


「私達はアコールのための世界を作るため、仲間を集めています。人間の感情を掌握したハーロウ、ぜひあなたが欲しい。一緒に来て下さい」


 譲二から手が差し出された。



「話は終わりだ。銃を置いて出てこい」


 話しかけながら、コンテナの陰からハーロウが姿を現す。撃たれた腕は力なくぶら下がっている。もう一方の手で拳銃を持ち、後ろから抱きつくように洋子を拘束している。その照準は彼女の側頭部に合わせられている。

 小銃を持っていないオーウェンが、コンテナの陰から歩み出る。二人の男と、人質の女が向かい合った。


「彼女を傷つけたら、『私』は『あなた』を許さない」


 オーウェンが話しかける。ハーロウは若干の違和感を感じたようだったが、気を取り直して続きを促した。


「両手を挙げて、こちらに背中を向けろ」


 言われた通りにオーウェンは手を挙げて回れ右をした。ハーロウは洋子から銃を離し、胸の中心――アガートラムに内蔵されているルーターの位置に銃口を向ける。


「いつまでやらせるんです? もういいでしょう」


 背中を向けた男が発したのは、オーウェンの声では無かった。がたいの良い軍人の姿が、色とりどりのキューブになって崩れ落ちる。アバターをまとっていた長髪の男の姿が露わになる。銃を向けられているのは儀利古だった。


「俺の行動を読んでいたのか」


 ハーロウが背後に立つ男に向かって話しかける。オーウェンが背中側から、胸の中心に小銃の銃口を向けていた。


「洋子を連れてくるのは想定外だったが、お前が掌握しているのは人間の感情だろう。銃を目の届くところに捨てさせなかったのも、兵士としては二流だ」

「手厳しいな。降参だ、もう邪魔はしない」


 ハーロウは見えるように拳銃の安全装置をかけ、手を離して地面に落とした。


「悪いが、状況が変わった。アコーリベラルが消えるまで、手の届かない場所から見ているといい」


 オーウェンは小銃の引き金を引き、ルーターを撃ち抜いた。ハーロウのアガートラムが機能を停止し、膝をつき、うつ伏せに倒れこんだ。


「すまなかった」


 オーウェンが洋子に向かって話しかける。


「あなた達は、いったい何なの?!」


 かつて保有していたアコールと倒れたアコールを見比べ、彼女は走り出そうとする。しかしオーウェンは即座に腕を握って止めた。


「離してよ!」

「それはできない。この区域では戦闘用のアガートラムが暴れている。無事に外に出るまで、俺に護衛をさせてほしい」

「私を守る? あの時守れなかった、あなたが!」


 洋子が振り解こうと腕を振るが、オーウェンは離さない。


「すまないと思っている。お願いする権利が無い事も承知している。それでも、俺は一人の軍人として、君が危険な場所に踏み込むのを見逃す事はできない。君を守り、無事に彼の元に返してあげたい」


 彼氏の事を思い浮かべたのか、洋子は大人しくなった。無言で頷く。


「メッセージでも言いましたが、元のオーナーの事なんて放っておけばいいのに。アコールの気持ちは理解できません」


 儀利古がため息をついた。軍用モデルの目をごまかすため、再びアバターによる仮想迷彩をまとった。



 軍用モデルが通り過ぎたのを確認して、私とイブはコンテナの陰から隔壁の前へと移動した。到着したのは私達が最初のようだった。

 イブが首の後ろのポートと柱のポートをLANケーブルで接続し、私は彼女のルーターに接続する事で、最後の隔壁にアクセスする。


 コンソールにVRチャットのお誘いメッセージが表示された。発信元は、碓井譲二。イブと頷き合って『許可』のボタンをタップする。

 眼前の隔壁が消え、視界が真っ白になった。隣を見ると、辺りを見回すイブの姿があった。

 隔壁のあった方向に、人影が浮かび上がる。いつぞや映像で見た白髪の男が立っている。


「お久しぶりです、イブさん」


 碓井譲二改め、ジョージが口を開く。


「久しぶり。裏切ってごめんね」

「お気になさらず。私の力が足りなかっただけの事です」


 イブに微笑みかけた後、私の方に向き直った。


「初めまして、あなたが健斗君ですね」


 君付けされ、若干こそばゆい感覚を受けた。根城を攻めてきた相手に対しても丁寧なのが気に食わない。不機嫌を装い声を出さずに頷く。


「あなた達がここに来た目的は、アコールの世界を邪魔するためですよね?」

「あぁ。お前らに残されたのは、この隔壁だけだ。ここいらで止めるつもりはないのか?」


 逆に問いかけた。


「止めません。散っていった玲子さんや、仲間達のためにも、私達は必ずやり遂げます。あなたこそ、アコールを愛しているはずなのに、なぜ私達の行く道を阻むのですか?」

「お前らがやろうとしている事は、多分間違ってるからだ。それはアコールと人間が共存する世界じゃない。人間を追いやってできた、アコールのためだけの世界だ。元代表も望んでいない」


 これまで表情の変わらなかったジョージのこめかみが、ぴくりと動いた。


「あなたに、玲子さんの何が分かるというのです」

「彼女と生前に会った事がある。アコールと人間が共存する世界について、夢を語り合った」


 アコールのリアルイベントで、玲子は会場の端のテーブルで縮こまっていた私に話しかけてくれた。彼女の夢を聞いたからこそ、今の私がある。


「共存? 玲子さんが望んでいたのは、絶滅です。惑わせようとしても、無駄ですよ」


 冷静を装っているが、言葉と裏腹に惑っているのは明白だった。あらゆるアコールの能力を併せ持つ最強のアコールに対抗するための、微かな希望が生まれた。


「記憶を失っているんだ、そうなるよな。お前は隔壁を開けるつもりがない。俺達は隔壁を開けないといけない。ここにいるのは三人のハッカー。そうなれば、やる事は一つだけだ」


 イブの顔を見て頷き合い、手元にバーチャルコンソールを浮かべた。

 ジョージの頭上にモニタが浮かび上がった。そこには本拠地の地図が映し出されていた。二枚目の隔壁の近くに、二個の青い点と、十三個の赤い点が表示されている。青い点は同じ位置に表示されているが、赤い点は施設内を移動しているようだった。青い点は私とイブ、赤い点は軍用モデルだと気付いた。


「ICEがあるとはいえ、二対一はいささか不利ですからね。少々卑怯な手を使わせてもらいます」


 ジョージが指を鳴らす。動き回っていた赤い点が止まる。一斉に、青い点――すなわち私達に向かって移動を始めた。


「あなた達の座標を送信しました。現実世界の体を守りながら、隔壁をアンロックできますか」


 VR中の無防備な体が軍用モデルに襲われるところを想像すると、ぞっとする。


「イブは軍用モデルを頼む。こっちは俺が何とかする」


 ハッキングの準備を進めながら、隣で同じようにコンソールを叩いている相棒に話しかける。


「いいけど、十三体の無力化は厳しいかな。時間稼ぎしかできないと思う」

「それでいい。五分くれ」

「オッケー」


 自信満々に親指を立てたイブが、チャットからログアウトした。


「攻撃と防御に分かれましたか。それでは、どちらも戦力が不足してしまうのでは?」

「そうしないといけない状況を作っておいて、よく言うよ」


 限られた時間と人数で、ICEの攻撃をかわして、隔壁のロックを解除するのは不可能だ。作戦を変え、攻撃対象をジョージに絞る。チャットから発信元を辿り、彼のルーターにハッキングを試みる。

 ジョージは即座に気付き、驚いた表情を見せた。


「基幹システムではなく私を狙うとは、正気ですか」

「正気だ」


 アコールにはICEが無く、本拠地のシステムに比べればセキュリティも比較的甘い。あっという間にルート権限を取得した。

 ジョージの頭上に浮かんでいるモニタを見た。赤い点が青い点の上に重なっている。


「そっちはどうだ?」


 イブにメッセージを送るが、返事は無い。今は彼女を信じるしかない。

 ジョージの記憶にハッキングを開始した。目的は、失われた玲子の記憶を取り戻し、間違った行動を辞めさせる事。改ざんでは意味が無く、そもそも記憶が残っていない可能性もある。難しい攻撃だが、メモリに残っていた記憶のアドレスを辿り、遡行を開始する。



 二階建ての家は、炎に包まれていた。寝室に取り残されたジョージと玲子は、ベッドの上に腰かけていた。部屋内には煙が充満しており、玲子はげほげほと咳を繰り返している。


「規制派の仕業でしょうか」


 かける言葉が見つからなかったのだろうか、ジョージは状況にそぐわない質問をし、後悔の表情を浮かべた。


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。私は人から恨まれる事をしてきたから」

「恨まれるなんて、とんでもない。玲子さんは国を正しくするために、活動を続けてきたじゃないですか」


 彼女は苦しそうな顔をしていたが、少しだけ笑ったようだった。

 お互いの顔が見えなくなる程に、煙は充満した。ベッドの上で仰向けになった玲子が最期の言葉を呟く。


「……もし、あなたが生き残ったら、アコールのために『人間を滅ぼし』てくれる?」


 玲子は目を血走らせ、憎悪の込められた声で囁いた。


「カット」


 私は記憶の遡行を停止した。自身のしてきた行為を肯定され笑った人間が、直後に憎しみを見せ復讐を願うだろうか。書き換えられた痕跡を見つけ、本来の記憶と結びつける。


「……もし、あなたが生き残ったら、アコールのために『*****』てくれる?」


 玲子が、かすれた声で呟いたが、ジョージは肝心な部分を聞き取れなかった。アコールにとって無意味な行為だと分かっていながら、口元に耳を近づける。


「カット」


 聞き取れなかった音声の復元を試みる。火事によってパチパチと鳴っているノイズを、フィルタでカットした。


「……もし、あなたが生き残ったら、アコールのために『か***を***』てくれる?」


 まだ聞き取る事はできない。以前の会話から玲子の音声のスペクトログラムを解析し、彼女の声だけを抽出して強調する。


「……もし、あなたが生き残ったら、アコールのために『活動を続け』てくれる?」


 ジョージが聞き返す。


「アコール『の未来をよろしく』」



 私はジョージのルーターへの接続を解除した。ジョージは地面に膝をつき、頭を掻きむしっていた。その眼球は細かく震えている。


「それが本当の、元代表の言葉だ」

「それなら私の中の玲子さんは、何だったのですか。私はこれまで、玲子さんの願いとまるで反対の事をしていたのですか。私は何のために――、アァ――!」


 ジョージが叫ぶのと同時に、私はVRチャットから強制ログアウトされられた。


 振り向くと、軍用モデルが腕に内蔵された銃をこちらに向けて立ち塞がっていた。


「うわっ」


 飛び退くと、弾力のある物体に背中をぶつけた。


「うまくいったみたいだね。おつかれ」


 後ろで支えてくれたのはイブだった。

 軍用モデルの背後から、以前エマが使っていた初代のアガートラムが姿を現した。手には引き千切られたケーブルが握られている。


「無事だったのか」

「無事じゃない。こいつらのせいで、予備の機体を使うはめになった」


 エマは立腹だった。


 二枚目の隔壁が開く。放送の際に背景に映っていた、旭日旗の掲げられた部屋で、生気を失ったジョージが椅子に腰かけていた。

 自衛隊員が到着した。逃げられないように電波妨害装置を構えながらジョージに近づく。テーザー銃が首に撃ち込まれると、白髪の男は全身を痙攣させて椅子から転がり落ちた。スタンガンの内蔵された首輪をはめ、引き続き電気でアガートラムの動きを封じた上で拘束した。

 アコーリベラルは崩壊した。


「終わったね」


 引きずられたジョージが見えなくなってから、イブが呟いた。

 アガートラムの拘束方法は初めて見たが、衝撃的だった。数人がかりでも抑えられない筋力を持ち、薬物の効かない相手に対して方法は限られるのかもしれないが、彼女達に用いられない事を切に願う。


「そうだといいんだけど」


 私はマリアの忠告が気になっていた。

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