ゴキブリが笑っている
上山ナナイ
第1話 ゴキブリが笑っている
シャーロックが颯爽と現れると、丘の上の街の機械が突然壊れ出した。
「シャーロックが来たわよ!」「シャーロックだ!早く機械を止めちまわないと工場が潰れちまう!」
貴婦人たちは雄たけびを上げシャーロックを追いまわし、工場の働き手は一目散に逃げていく。
シャーロックは不思議な男だ。シャーロックが現れるといつも実験は失敗し、工場が次々と潰れていくので歩く人災と呼ばれている。街の時計代わりでもある。
「やあ。シャーロック。また手紙が来たよ。」「またモリアーティからか。ストーカーじゃないのか。そいつは。」
良き相棒であり保護者であるジョンはシャーロックのことを心配している。モリアーティはシャーロックに一度会ってその眠たげな瞳、陰のある白い美貌に一目惚れしてしまい、次々と手紙やプレゼントを寄こす。シャーロックはモリアーティのような変態には興味が無いので手紙は破り捨てているが、プレゼントの中にたまに交じっている本に目が無い。ジョンはシャーロックの知的好奇心が心配だ。
シャーロックは奇人変人であるが、始終おかしな事件が起こる不思議で退屈しないこの街を気にいっている。ジョンはこんなところからはさっさと離れた方がいいというが。
「またモリアーティからの招待状か。さっさと破り捨てた方がいい。」
『ようこそ。愛するシャーロック。
君の不思議な体質が気になる。
今度、君を標本にしたいと思っているので、ぜひ丘の上の城まで来てくれたま え。そこには数々の標本が待っているぞ。』
「さすがに標本にされるのは嫌だなあ。」
憂いを帯び中性的などこか学生の面影がある雰囲気の男であるジョンは言う。
「僕を標本にするとは面白い男だ。今回の話には乗ってみようではないか。」
ついていこうかとジョンは言うが、シャーロックはさっさと丘の上の城に上る身支度を始めてしまう。
シャーロックが丘の上につくと、突然、警官につかまり、城の中の一部屋に拘禁されてしまう。
「豪華なホテルのような部屋だなあ。」
シャーロックはベットの上に横たわりながら、ぶつぶつ喋る時計を眺めながら、笑顔で眺めている。
時計はモリアーティの声で喋る。「ようこそ。シャーロック。私の実験に付き合ってくれたまえ。君は特別に貴重なサンプルだ。」
拘禁された部屋の外から見周りの看護師らしき男が言う。
「その時計とあんまり喋らない方がいいですよ。気が狂いますからね。」
「ところでお薬は飲まれますか?」
シャーロックはもちろん静かに頷き、ちらりと他の部屋の間取りを眺め薬を飲み干す。
「ホテルのような間取りだが、なぜ看護師がいるのだろう。医学の実験だろうな。」
拘禁錬その1
「あなた。今日はうな重ですよ。」
朝の五時に雄たけびと痰を吐きながら、女がゴキブリのような笑みを浮かべながら、ハエのような男に言っている。
「ご飯はまだか。俺は癌で死にそうなんだよ。さっさと作れよ。」
男は大腸がんであり、体中に転移しており、少し動くだけで包丁のような痛みが走るので、始終「死にたくない。死にたくない。」と言っている。女はさっさと死んで欲しいと思っている。しかし男の金とこのホテルの実験代欲しさにどうするか迷っているところだ。
「あなた。さっさと薬を飲みましょう。そうすれば今度こそ治るわ。」
男と女の間にはデブの娘が走り回っており、「ごはんはまだか。ごはんはまだか。」と雄たけびをあげている。
「この薬は効かないんだよ。おれはもうじき死ぬんだ。」
拘禁錬から男の汚いすすり泣きが響いていく。女と子供はそれを見て笑っている。
拘禁錬その2
「あしきをはらうてたすけたまへてんりきょうのみこと」
老婆が一室の備え付けの祭壇の前で、雄たけびをあげながらカンカンと木の棒を叩いている。この老婆は宗教に狂っており、その家族も宗教に狂っている。毎日のお布施が欠かせず、拘禁錬の看護師も迷惑している。
「私は天理教を信じているから可愛いが憎いんだ。孫は可愛いなあ。」
「そうだな。俺は可愛いぞ。ばっちゃん。」
「もう迷惑だから、やめようか。私は早く出たいな。こんな宗教嫌だし。」
「お前はこの宗教が嫌だって、みことさまの罰が当たるぞ。さっさと出ていけ。」
「ばっちゃんの言うとおりだ。母さんはここから出て行けよ。ここの実験代は儲かるんだ。俺はみことさまから愛されてるんだ。」
「その祭壇、看護師さんに捨ててもらおうかな。」
「はやくお前も入れよ。」
「そうだよ母さん。母さんも入信しようよ。」
看護師は母親だけでも出そうと機を伺っている。
拘禁錬その3
ファシストのネトウヨ教授とその学生がなにやら実験している。
「この肛門にキリスト様の十字架を入れればお前も今日からキリストだ。」
この教授はペニス羨望があり、学生もまたそうだ。そのため性器も小さい。
「これでおれはビッグになれる。海外でも相手にされる。」
この学生はペニス羨望を抱く辺境の島国の日本人であり、そのため性器が小さいことを気にしている。外国人のように大きな性器があれば、自分が大物になれると信じているのだ。
朝、シャーロックが眠りから目覚めると看護師がそばにいる。「あなたの寝顔を眺めていました。」「薬が効かない体質なんですかね。もっと増量しましょうか?」
「いくら盛っても僕は平気だよ。」
「モリアーティさんはもっと盛れと言っていますが、僕の判断で止めておきますね。それとどうやってここから出るんです?僕もここに拘禁してやるって脅されてるから働いてるんですよ。」
シャーロックは時計との会話に飽きたので叩き壊すと扉が急に開いた。そうするとファシストのネトウヨ教授がゴキブリのような笑みを浮かべ、壁に這っており「おれは人智を超えた。おれは人智を超えた。」と言いながら飛びかかって来た。その学生は「包茎が治ったから、おれは頭が良くなった。」とい何事かブツブツ言いながら気が触れている。看護師はそれを払いのける。
「モリアーティさんは『人間血清』を作るよう政府から依頼されているんです。モリアーティさんは良い方なので悪人に目を付けておりますが、貴方のことを特別に気に入っているんです。どうぞ『人間血清』にはならないように。それとこれを着ろと。」
シャーロックは女性もののドレスを渡されるが、看護師に断ってしまう。
「僕はあの変態に興味はないので。」
「そうはいってもモリアーティさんから貴方がシャワーに入るよう言われてるんですよ。入りますか?」
「もちろん入るけど、それが?」
「いや別に。」
看護師はすまなさそうにそそくさと退散してしまう。シャーロックはホテルの一室のシャワールームにさっさと入って身体を流してしまう。
「夕食のお時間ですよ。今日は拘禁錬から出たのでモリアーティさんと食べて下さい。」
「ジョンとしか食べないけどなあ。」
そうするとモリアーティからいきなり殴られ、シャーロックは気を失ってしまう。シャーロックは引きずられ、モリアーティの部屋のベッドにつながれてしまう。
「やあ。モリアーティ。これはどういうことだい。僕を殺す気なのかい?君の城は不思議な所だね。でも僕はもっといいところを知っているよ。」
「あの悪党どもの『人間血清』はことごとく失敗した。お前が逃げるからだ。シャーロック。誰も僕からは逃げられないのに。何で僕の花束まで捨てるんだ。知ってるんだぞ。」「ところでお前のジョンはなぜ保護者気取りなんだ。僕の方がお前の保護者なのにな。」
「ジョンの方がいいなあ。優しいからなあ。」
モリアーティは謎のうすら笑いを浮かべながら言った。「お前を花のように踏みにじってやりたいよ。」
「お前のような売春宿に通ってるような下品な奴に用はないけどなあ。」
モリアーティはそれを聞いてむっとした顔で言う。
「お前は永遠に生かして飼っておく。僕の特別な標本だ。お前には何の薬も効かないが、改造してやる。お前は僕と永遠を過ごすんだよ。」
「僕はジョンと過ごしている方が楽しいよ。」
「お前を綺麗なまま飼っておく。」
「別に君に飼われたくはないけどなあ。ところで目もとに君は皺あるけど、顔面マッサージのやりすぎなの?よくわからないな。そんなに美容に興味があるなんて。」
「これは医学の研究のやり過ぎなんだよ。放っておいてくれないか。」
「君は街の嫌われ者の挙句、神に愛されたがっているではないか。」
そうするとモリアーティは突然コーヒーを入れはじめ、シャーロックに飲ませる。
「僕はゾボドリンクの方がいいけどなあ。ジョンと飲んでるし。」
「お前はブ―ドゥ教か何かにでも入っているのか。知らないぞ。そんな飲み物は。じゃあ今度から僕のお気に入りにしておいてやる。お前はそのコーヒーをもっと飲め。今夜は徹夜で天体ショーだ。城の頂上にはいい天文台があるんだよ。きっとお前も気に入るだろう。」
黄昏の空になりシャーロックは城の頂上に連れて行かれた。そこには豪華な天文台があり、シャーロックはモリアーティに手を引かれ、辺りを見回す。
「おや。天秤座と祭壇座が並んで夜空に映っているではないか。これはどういうことだ。」
「人間が死ぬ時、人の誕生時の太陽の位置と火星との距離はきわめて多く、これは単なる偶然ではない。ここは僕のプラネタリウムだ。君は僕の宇宙の中心だ。この『仕事』が終わったらもうすぐ彗星が落ちて僕は死ぬ。君にそれを見届けてもらいたい。」「僕はここでいつでも天国から吹く風を待っているんだ。君が必要だったんだシャーロック。」
そうするとモリアーティは突然歌を歌い出した。
光の主よ、
昼は地を 陽に照らさせ、
闇の夜を 明るくする。
かがやく星で
我が心 よみがえり
約束を 映し出して
夜明けを望む
夕べの賛美 主にささげる。
創られた すべてのもの
声合わせ 共にうたう
主のみさかえを
聞きたまえ、我が祈りを
我が罪を ゆるしたまえ。
やすらぎとなぐさめを。
与えるものよ。
暗い日も、明るい日も、
とこしえに願うときも、
ただ祈り、求めるのは…
「君のような宴会芸で大根をぼりぼり食ってるようなやつがそんな歌を歌うとはねえ。」
そうするとモリアーティはさらにむっとした顔で言う。
「おまえといると心がやすらぐんだよ。」「僕は君と魂の救済を求めている。僕をこの地獄から救ってくれないかシャーロック。あのゴキブリの笑いはもう飽きた。」
「辛さに耐えきれなくなったとき、自分を傷つけた人間に救いを求めてしまうものだ。お前は空虚な心を抱えて、誰も愛することが出来なくなった人間の方なのだよ。」
その時、彗星が落ちたが、モリアーティは生きていた。
拘禁錬に住んでた人間達は、拘禁錬その2の母親を一人残してハワイに行こうとし溺死した。思うにキリストがきもかったそうだ。
母親はもうひとりのまともな息子に引き取られた。
事件を解決したシャーロックはジョンの元に帰った。
窓から風が吹き抜け、流れ星が過ぎ去り、地平線の彼方に落ちていった。
黄昏の夜、ジョンは憂いを帯びた深く黒いまなざしでシャーロックとコーヒーを飲んでいる。
「もう二度とモリアーティの誘いには乗らない方がいい。」
「どうしようかな。ここはひとつ君の案に乗っておくかな。」
ジョンはシャーロックのためにコーヒーカップの底にたまったミルクをかきまぜてくれた。
「僕は既婚者だが、君を愛している。」
ベーカー街でジョンはどこか遠い過去の思い出を見ているようにシャーロックに言った。
「僕と一緒に行かないか。」
「どこへ?」
どこへいくつもりだシャーロック
「人は努力して働くことや、努力して生きることは出来ても、努力して誰かを愛することはできない。」
これは私がシャーロックについて書いた記録である。僕の名はモリアーティだ。
わたしは墓石です。
モリアーティがここに建てました。
決して死ぬことのない、
とこしえの思い出の印にと。
いままで政府からの依頼でゴキブリ達を始末してきたモリアーティの身体が、シャーロックを思い墓から蘇る。今はいないシャーロックを求めて。シャーロックどこにいる?僕はまだ君を探している。
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